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さて、スタート……の前に、水玉遊び経験者の私は皆に注意した。
「皆、足元ふわふわするから気をつけてね」
「走りにくそうですねー」
「うわ、ホントだ」
ユノ、露草がその場で足踏みをして顔をしかめた。少し皆で足踏みをして慣らしてから、私達も遅れて走り出す。その直後だった。
「うわっ」
「おい、押すな!」
「きゃあっ」
悲鳴が聞こえ、大量の水しぶきが前方で上がった。
「な、なに?」
「どうやらクラッシュのようだな」
トオルの言う通り、スタート直後に起きたのは大混雑のクラッシュだった。次々と水の膜が破れ、水に沈む人が続出する。
「おーっと。今年もやはりこれが起きましたね。はーい、水の膜が破れた人は失格ですよー。残念でしたー」
「ふざけんな! こんなにすぐ破れるなんて聞いてねーぞ!」
岸に上がってきた人がレニスさんにくってかかる。レニスさんはへらへらと笑って答えた。
「まあ、言ってないからね。というか、君、冒険者だよね。どんなクエストもまずは情報収集から。これは基本だよー」
「くそっ」
そんな会話をよそに、私達は全力で走っていた。少し遅れたのが幸いして全員無事である。
「うほっほー! 一番だぜい!」
そんなはしゃぐ声が聞こえ、前を見る。先頭を走るのは見覚えのあるドワーフ、ユーゴさんだった。
ユーゴさんはそのまま先頭を走り続け――いきなりこけた。
「うおおっ!?」
当然水の膜は破れ、沈むユーゴさんを待機していた小舟が回収している。
「ユーゴったら何やってるのよー」
「カレン、ジョーイ、気をつけろ! なんか浮いてたぞ!」
「なんかってなんだよー……うわっ」
「きゃあっ」
カレンさん、ジョーイさんも続けて転び、脱落する。そこへ、レニスさんの声が遠くから聞こえてきた。
「おっと。先頭集団が第一のトラップにひっかかったみたいだねー」
「足元注意じゃな」
トラップ? 私は隣にいたトオルと顔を見合わせた。
「なにかあるみたいだな」
「うん。気をつけよう」
トオルの言葉に頷き、私はまた走りだした。しばらく走ると先ほどユーゴさん達が転んだ場所に着いた。
立ち止まりじっくりと湖面に目を凝らす。すると、水色のボールが浮かんでいるのが見えた。
「ボールが浮いてる! 気をつけて、かなり見づらいよ!」
「え? きゃあっ」
「うおっ」
注意するのが遅かったのか、ユノ、ルーゼフさんが転び、水の膜が弾け飛んだ。
「ユノ、ルーゼフさん!」
「大丈夫ですよー泳げますからー」
「俺達の事は気にするな。行け!」
ルーゼフさんの言葉に背を押され、私は前へ向き直って走りだした。水面に浮くボールを避けて前へと進む。
ボール地帯を越えると、何人かの人達が立ち止まっている場所に来た。
「なにかな?」
「あっ波があるよ、リンちゃん!」
露草が指差す先を見ると、確かに水面が波うっている。湖なのに? と疑問に思って波の発生している場所を探すと、魔女の格好をした女性がこちらに杖を向けて小舟に乗っていた。きっとあの人が風を起こすか何かしてるんだな。
風にのって、ここにもレニスさんの声が聞こえてくる。
「さてさて。第二の関門を無事に潜り抜けられるのはどのくらいいるかなー?」
「タイミングが大事じゃな」
村長のアドバイスにトオルが、確かに、と頷く。
「そんなに高い波じゃないしな。タイミングを見て一気に走り抜けるぞ」
「待って。右からだけじゃなく、左からも来てるよ」
露草が指摘した通り、波は右と左、両方から交互に打ち寄せている。左の小舟にも波をおこす人が乗っているみたいだ。
「ちょっと厄介だね」
「ああ。だけど、タイミングを合わせて行けばなんとかなりそうだ」
「そだね。よーし、頑張ろ、リンちゃん、トオル!」
「うん!」
私達はタイミングを図り、一気に走った。ダッシュ訓練の成果か、スタートダッシュは上手くいった。
一つ目の波を余裕で避けて、二つ目はちょっとギリギリ。三つ目で露草が足を取られた。
「露草!」
あっという間に波に攫われ、水の膜が破れた露草は湖に沈んだ。
思わず足を止めた私に露草が叫ぶ。
「うちは平気! リンちゃんとトオルは頑張って!」
「ああ。行くぞ、リン」
「うん……露草、ありがとう!」
露草は小舟に向かって泳ぎながら、手を振ってくれた。
もう小島はすぐそこだ。でも、気を抜かずに慎重に進もう。
波を潜り抜けた人達が次々に小島に上陸している。私達もなんとか無事にたどり着いた。
さすがにここまではレニスさんの声も聞こえない……と、思ったら。
『おやー? 先頭集団はもう小島に着いたみたいだね。早いねー』
『うむ。なかなかのものじゃな』
え? どこからかレニスさんと村長の声が聞こえる。不思議に思って辺りを見回すと、巨大な法螺貝が椅子に置かれていて、隣には村人が立っていた。
どうも、あの法螺貝から声が聞こえてきているらしい。
「なにやってんだ。行くぞ」
「あ、うん」
トオルに声をかけられ、私は法螺貝から目を離す。今は気にする時じゃないよね。
地面に着いた以上、水の膜はかえって邪魔なので、ナイフで切って消滅させる。
そして私とトオルは小島の中心地に向かって再び走りだした。
走る、走る、走る。小島には森があり、中心地まで一本道が通っていた。
迷わなくてすむのはいいのだけど、ここにもトラップは仕掛けられていて、縄やら落とし穴やら、古典的な罠に引っ掛かる人続出だった。
『現場のサキツさーん。今どんな感じー?』
「ええ、トラップに引っ掛かる人が多いですね。十数人いた先頭集団が、もう後数名といったところです」
『ふむ。まだまだじゃな』
相変わらず放送は続いている。
「あ、トオルここ注意ね!」
私はなんとなく嫌な予感のする場所を避けて走っていた。すると、何度目かの時、軽快な音楽と共に機械的なボイスのインフォメーションが聞こえてきた。
――スキル【直感】、取得しました。
久し振りのスキル取得だ。しかも直感。トラップだらけのこの場所にもってこいのスキルだった。
私はさらに勘が鋭くなった気がした。今までよりも、嫌な予感が鮮明に感じられるのだ。
「トオル、足元ロープ! 右は落とし穴ある気がする!」
トオルに注意しながらも、走る速度は緩めない。そうして走っていると、先を行く数人が見えはじめた。
「――あれ?」
見覚えがある。確か、昨日見たような……?
金髪の戦士風の男性と残りの人達は、追い付きつつある私達に気付くとスピードを上げた。私達も必死に追い上げる。
「リン、社が見えたぞ!」
トオルの言葉に前を見ると、確かにこじんまりとしたお社が森の中にぽつんと建っていた。
私達は我先にお社に殺到した。
「小石はこの箱に入れてください。ちゃんとお参りしていってくださいね」
お社には深緑色の民族衣装を着た女性が立っていて、私達にそう指示をした。
「ちっ。面倒くせえな」
先にお社に着いていた四人組みが舌打ちしながら指示に従う。私達も同様に小石を箱に入れ、両手を合わせてレーヴに祈った。
――村人の代わりに感謝を捧げます。あと、できれば一番になりたいのでよろしくお願いします。
「よし」
こっそり自分の分もお願いして、私は閉じていた目を開けた。
「お参りしていただき、ありがとうございます。さあ、これをどうぞ」
「……え? これ、さっきの?」
女性が差し出したのは、先ほど箱に入れた翠色の小石だった。
「いや、違う。何か彫ってある」
「あ、本当だ」
よく見ると小石の真ん中に字のような物が刻まれていた。もっとも、日本語じゃないから読めないけど。
「……まあ、とにかく。行くぞ」
「そうだね、行こう!」
後は来た道を戻るだけだ。私達は小石をインベントリに放り込み、再び駆け出した。




