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 レーヴ像でなにやらイベントらしき事があったけど、その後は何もおこらず。

 結局、あれはなんだったんだろうと首を傾げながら二日目は過ぎた。


 そして村に来てから三日目の今日。採取に行って帰ってきたら、村人達の動きがなにやら慌ただしい。気になって、ひとまず足を止めた。

 他のプレイヤー達も気になっているようだけど、声をかけて話を聞けるプレイヤーと面倒そうに追い払われてしまうプレイヤーとに分かれるようだ。


「何かあったのかな?」

「みたいだね」

「聞いてみましょうー」


 さて私達はどうだろう。

 なんだか緊張して足取りが重くなってしまう私と違って、ユノはいつも通りのマイペースで村人に声を掛ける。


「こんにちはー何かあったんですかー?」

「ん……ああ、あんたらは確かマーズばあさんとこの……」


 やや頭髪が薄い男性は、私達を見て険しい顔を少しだけ緩めた。どうやら私達は追い払われないらしい。

 村人からのクエストを受けていたかどうかで対応が変わるのかな?

 男性は少し考えた後、暗い表情で話しだした。


「……実はな、明日のパレードに出る予定の娘が何人かで森に行ったんだが、モンスターに襲われてな」

「えっ、あ、あの、まさか怪我したんですか?」


 パレードに出る予定の娘って、ミシャ役のマリーも入っているのかな。

 心配になって思わず口を挟むと、私をちらっと見てから男性は話を続けた。


「いや、帰ってきた奴らはなんとか無事だった。ただ、マリーがな……」

「マリーもいたんだ。マリーはどうしたの? まさか……」


 露草が眉を潜め、私も嫌な想像をしてしまったけれど、男性はいや、と首を振った。


「怪我とかじゃない。というか、それ以前にまだ保護出来ていないんだ。捜索隊を作って探しに行ったんだが、モンスターが多くてな。一旦帰ってきたところだ」

「じゃあ、マリーはまだ森にいるんですかー?」

「そうだ。あんた達も森から帰ってきたんだろ。何かわからないか?」


 私は露草やユノと顔を見合せ、首を振った。今日はNPCの村人が多いとは思ったけど、特に気にしていなかったし、マリーらしき人影も見ていない。

 男性は溜め息をついた。


「そうか……こんな時に限って村長もいないし、まったく……」


 愚痴めいた呟きをこぼす男性から視線を外し、露草とユノを見る。二人が頷いたのを確認して、私は再び男性に視線を戻した。


「あの」

「だいたいあの村長はいつもいつも……ん、なんだ?」

「マリーを探すのを、私達も手伝わせてください」


 きっぱり、と言い切ったつもりだったけど、緊張して語尾が震えてしまった。


 ――クエスト【村娘の探索】を受けました。


 脳裏に響くクエスト受注のインフォメーションを聞きながら、私達はこれからの行動を相談して、一旦ログアウトすることにした。

 すぐにでもマリーを探しに行きたかったけど、もうすぐ強制ログアウトの時間だから仕方ない。焦る気持ちを抑えながらマーズおばあちゃんの店に向かった。




 そして、再度ログインした私達が森に来てから三十分以上が経つけど、マリーは見つからない。


「もっと奥に行っちゃったのかな」

「もう少し捜索範囲広げてみます? でも、これ以上は初めての場所ですよー?」

「さっきから強そうなのちらほら見るしねぇ。どうする? リンちゃん」

「……出来るだけ慎重に、少しずつ進もう。見つかりそうなら全力ダッシュで!」

「わかりましたー」

「はいよ」


 私は再び先頭に立ち、慎重に歩きだした。奥に行くほど辺りは薄暗くなってきて、嫌な予感がし始める。

 いやだなあ、なんか強いのがいそう。

 獣人のこういう勘はよくあたる。ことさら慎重に進んでいると、一匹のモンスターを発見した。

 鹿型の……いや、鹿?

 【闘鹿】の名前通り、鹿のモンスターなんだけど、なんていうか。


「……マッチョで二足歩行の鹿なんて誰得なんですか」


 愕然とつぶやいたのはユノだ。伸びていない語尾が彼女の驚愕を如実に伝えている。

 その鹿は、ユノの言葉通り二足歩行で上腕二頭筋の発達したマッチョだった。やや猫背ぎみに歩くマッチョな二足歩行の鹿。

 ……認めたくない。鹿っていうのはもっと、こう。あんなのじゃなくて。

 ……うん。


「見なかったことにしよう」

「そうだね」

「激しく同意します」


 私達はマッチョな鹿から目を逸らしてその場を後にしようとした。

 踵を返し歩きかけ、私はふと足を止めた。ゆっくりと振り返り、もう一度鹿がいる方向を見る。

 なぜそうしたのかはわからない。ただ、なんとなく――そう、なんとなく気になったのだ。


「……マリー?」


 そして私は気付いた。

 闘鹿が進むその先に、一人の少女がいることを。

 少女はこちらに背を向けているけど、その背で揺れる金髪の三つ編みには見覚えがあった。


「え? あ、ホントだ。マリーだよね、あれ」

「こっちに気付いてませんねー……どうします? このままだと……」


 確かに、マリーらしき少女は私達に背を向けたままで、私達にも、あのモンスターにも気が付いていない。

 木陰に座り込んでいる少女に闘鹿はまだ気付いていないようだけど、あのまま歩いていったら確実に気付いてしまうだろう。

 どうしよう。

 悩む間にも、闘鹿は一歩ずつ、マリーらしき少女に近づいていく。


「えーと。わたしがファイアでも撃ってこちらに引き寄せましょうか?」

「それからは? ちょっと勝てなさそうだよ?」

「うーん。逃げましょうか?」

「いや、でもマリーは?」


 ユノと露草が話し合う間も、闘鹿の足は止まらない。

 一つ深呼吸をして、私は二人に言った。


「――私が誘き寄せて、逃げるよ。マリーをよろしくね」

「えっ!?」

「リン、危ないですよ!」


 露草とユノが驚いて引き止めようとする。それを耳にしながら私は茂みから立ち上がり、パーティーから脱ける。同時に手に持っていた小石を闘鹿目がけて投げつけた。

 投擲スキルは持っていないけど、DEXが高いおかげか小石は狙い通りの放射線を描き、闘鹿の肩に当たる。

 闘鹿の細長い顔がこちらを見た。

 さあ、後は逃げるのみ!


「リンちゃん!」

「後でお説教ですからねー!」


 露草とユノの言葉を背中に、私は追ってくる闘鹿を連れてその場から逃げ出した。




「って、速すぎるーっ!!」


 逃げ出してすぐに、考えが甘かったことを悟る。想像以上に闘鹿は速かった。

 木々を薙ぎ倒す勢いで迫ってくる筋肉マッチョな鹿に、恐怖しか感じない。なにこれこわい。


「でも逃げ切る!」


 決意を口に出して自分を鼓舞し、私は更にスピードを上げた。目指すは、森の出口。距離はあるけど森エリアから出れば、流石に追って来ないと思う。いや、そうならいいなあ、というだけだけど……他に手はないしなあ。


「っと!?」


 ひゅっと何かが頭を掠めた。もう一度来たそれを今度はしっかりと確認する。

 角だ。闘鹿が枝状の角で私を突き刺そうとしていた。

 うわああ、近い! 気がついたらすぐ真後ろまで来てるよ!

 距離を取る為に茂みを飛び越えたら、なんと別のパーティーがバトル中だった。


「ああっ。ちょっとそこ通ります、すみませんー!」


 プレイヤー達のど真ん中を突っ切って逃げながら、謝罪の言葉を投げる。呆気に取られるプレイヤー達とゴリラっぽいモンスター。

 これでもしも闘鹿が彼らに襲いかかっていたら、私はマナー違反をしてしまったことになっただろうけど、幸い闘鹿は私をロックオンしているようで、脇目もふらずに追い掛けてきてくれた。

 ポカーン、と見送るプレイヤー達にもう一度ごめんなさいー! と謝っておく。恥ずかしくって仕方ないけど。ああ、もう、さっさと逃げ切ろう! うん!


 ――走る、走る。

 獣人の瞬発力や勘、鍛え上げた素早さを駆使して必死で走る。

 でも逃げ切れない。


「うわああ、もう、しつこいよーっ!」


 流石に集中力が切れてきた。やばいなあ、さっきから攻撃が掠めてる。闘鹿のHPバーは真っ赤で、私の何倍も格上だ。多分一撃食らっただけで死に戻る。

 ちらりと、それでもいいかなと思う。

 これだけ引き離せば露草やユノも、マリーも無事に帰れるだろうし。所持金が減るのは痛いけど、まあ、また稼げばいいし……レアアイテムなんて持ってないしなあ。

 と、そこまで考えたところで頭を振った。

 いやいや、駄目だよ弱気になっちゃ。もしも、私が死に戻ったら、皆はどう感じる? 私だったら責任を感じる。そんな気持ち、露草やユノに味わわせたくない。


「……とは言っても、本当にやばいんだけどね」


 なにしろ、木や藪など障害物の多い森の中を全力疾走しているのだ。少しでも気を抜いたら……


「っとお!?」


 突然、がくんっとつんのめった。地面から突き出ている木の根に足を引っ掛けてしまったのだ。うわ、さっきのでフラグたてちゃってたの!?

 私はそのまま体勢を崩して転んでしまった。

 闘鹿が私目がけて突進してくる。あ、詰んだな、これ。

 ぎゅっと固く目を瞑って衝撃に備える。そこへ、聞き覚えのある澄んだ声が響いた。


「――展開。【アイスコフィン】、【サンダーランス】」


 同時に二つの呪文が詠唱され、はっと目を開いた私の前で青と黄色の光が踊った。氷と雷を浴びせられ、闘鹿が悲鳴に似た咆哮をあげる。


「今だよ、お姉さん」


 緊張感の無い声に促され、私は立ち上がりながらククリを握りしめる。

 筋肉の塊のような闘鹿に、どうやったら攻撃がはいる?

 見上げた目に、闘鹿の首筋が見えた。――そう、急所狙いでいくしかない。


「――せいっ!」


 感電したのか麻痺を起こしている闘鹿の懐に一足で飛び込んで、その首筋にククリをあて、横に引く。クリティカルの音楽が一瞬流れる。何度かそれを繰り返し、そして私が離れた瞬間を狙って降り注いだ炎の雨の後、闘鹿は光になって消えていった。

 いくつかのステータスがアップする音が聞こえ、そして、静寂が戻る。


「お姉さん、大丈夫?」


 そんな中、のんびりとしているけどどこか楽しげな声がかけられる。

 ゆっくりと振り返ると、藍色のローブを身に纏い杖を手にしたエルフの少年が、にこにこと微笑みながら私を見ていた。

 柔らかそうな白い髪が、木々の隙間からこぼれ落ちた陽光に当たって雪のように輝いている。


「えっと……ありがとう、助かったよ。エル……」


 エルフ君、と呼び掛けようとして慌てて飲み込む。

 そう、私を助けてくれたのは白髪のエルフ少年だった。エルフ君もここに来ていたんだね。


「どういたしまして。僕はもう森を出るけど、お姉さんはどうする?」

「あ、私は……パーティー組んでる友達が奥にいるから」

「送ろうか?」

「う、ううん。そこまでは……大丈夫だよ、多分」

「そっか。じゃあ、気をつけて」


 たったそれだけの会話で、あっさりとエルフ君は踵を返し、立ち去ろうとする。

 思わず私は声を張り上げた。


「待って!」

「え? ……なに?」


 エルフ君は足を止めて私を振り返ると不思議そうに小首を傾げた。やばい、引き止めてしまったけど、特に言いたい事はないんだよね。


「え、えーと、その。な、名前」

「名前?」

「そう! 私はリンって言うの。君は?」


 咄嗟に気になっていた事が口から出たけど、うん、これでようやくエルフ君の名前がわかるかな。

 エルフ君は少し考えた後、小さく笑って言った。


「フール。愚者だよ、リンお姉さん。――またね」


 ひらり、と片手を振ってエルフ君は今度こそ立ち去った。エルフ君……ううん、フール君のおかげで助かったな。

 落ち着くと、露草やユノからコールが何度もきている事に気付いた。これは……きっとお説教コースだね。

 一難去ってまた一難。

 私はさてどう言い訳しようかと頭を悩ませるのだった。




 露草とユノに合流して、散々叱られて、もうこんな無茶はしないように、と言い含められてようやく許してもらえた。

 そして、マリーには感謝された。


「探しに来てくれた上に助けてくれて、本当にありがとう! でも、ごめんなさい。私はまだ帰れないの……」

「マリーはさ、明日のパレードで使う花を採りに来たんだって。ユノと話したんだけど、一緒に探してあげない?」

「そうなんだ……うん、いいよ」


 私が頷くとマリーはホッとしたように笑顔を浮かべ、もう一度感謝された。美少女の笑顔って、いいね。眼福です。


 話がまとまり、私達はモンスターに見つからないように注意しながら花を探した。ここでも私の勘は冴えていた。

 なんとなくで動いていたら、白い石碑が建っているお花畑を発見したのだ。


「わあ! すごいわ、リン。私、この花がこんなに咲いているところ初めて見た!」

「い、いや……その、偶然だから」

「リンちゃんやるね! 獣人って勘が良いって聞いてたけど、本当なんだねー」

「ひゅーひゅー」


 皆に褒められて顔が赤くなる。あと、ユノ。口笛吹けないなら無理しなくていいから!

 ミシャが好きだったという花は、中が淡いピンクになっている大輪の白い花で、一面に咲いている様子は可憐で見応えがあった。


「それにしても、この石碑なんでしょうねー」

「ミシャ様のお名前がかかれているけど……わからないわ。ここの話を聞いた事もないし」

「うーん……取り敢えず、花を摘んで帰ろうよ。村の皆も心配してるだろうしさ」

「そうですねー、そうしましょうかー」

「そうね」


 ユノとマリーが石碑について話し、露草の言葉に頷いて花を摘み始める。私も花を摘む手伝いをしようとしたけど、その前に気になっていた石碑に近づいてみた。

 灰色がかった白い石碑は、レーヴ像を思い出させる。

 ふと思いついてレーヴ像の側で貰った謎の鱗をインベントリから取り出すと、目の前にメッセージが現れた。


 ――【レーヴの鱗】を石碑に捧げますか?

 《YES/NO》


 ……え。

 えええーっ!?


 ぎょっとする私に気付いて、露草達がやってくる。


「ど、どうしたのリンちゃん。えらい顔になってるよ?」

「れ、レーヴの鱗が、その、石碑に」

「はいはい、落ち着いて下さいー。ほら、深呼吸してー」


 はぁー、ふぅー。……うん、落ち着いた。

 そして私がレーヴ像で貰った謎の鱗の事を話すと、今度は露草とユノが興奮した。


「い、YESを押してみようよ! 何が起きるのかな!」

「待って下さい! 念の為に戦闘準備を整えないと!」

「そうだ、あの武器試そう!」

「え、えー……と?」


 二人のハイテンションについていけない私は、ついマリーと一緒に後ろに下がってしまったけど、石碑の前に連れ戻された。う、うん、まあいいけどね。

 そして皆が固唾を飲んで見守る中、YESを選択した。

 ……のだけど。


「……あれ?」


 しーん、と静寂が満ちる。もう一度YESを選んでも、やっぱり変わらない。


「……何もおきませんねー」

「うーん。条件が満たされていないのかなー?」


 皆して首を傾げる。その後、色々と試してみたけどやっぱり何も起こらず、私達はマリーを連れて村に戻った。

 一応、ミシャの好きな花も一輪摘んでおいたけど何かの役にたつのだろうか。

 最近はよくわからないことが多くてもやもやするなあ。


 ちなみに。帰る途中でゴリラっぽいモンスターと素手でやり合っている村長らしき人物を見かけたけど、今度こそ見なかったふりをして通り過ぎた。うん、私は何も見なかった。

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