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19

 VRの世界にダイブするのは、うたたねをする感覚に近いと私は感じる。

 たゆたう意識がゆっくりと浮上して唐突にはっきりと目覚める。するとそこはもう一つの世界、《World》の中なのだ。




 目を開くと相変わらずの狭い馬車の中で、私は木箱にもたれて座っていた。


「戻ったか。そろそろらしいぞ」

「あー、うん。あれ? ルーゼフさんは?」


 荷台には私とトオルしかいなかった。トオルは荷台の入り口で外を眺めている。


「ここは狭いからと言って、また御者席に戻った」

「ふーん……」


 確かに、荷台は木箱がいっぱいだからルーゼフさんには窮屈かもしれないな。

 私は伸びをして立ち上がった。VRの中でもなんとなくいつもと同じ行動を取ってしまう。

 上下に揺れる中をゆっくりと慎重に歩き、トオルの横に移動すると、外を眺めるために幌に手を伸ばした。

 風が吹き込み前髪をさらりとなびかせる。瞬いた目に飛び込んで来た景色に、私は息を呑んだ。

 湖が見えた。

 斜めに傾いた太陽の光を受け、輝く青。空の色そのままの水面は雲も映るほどに穏やかで、水鳥達がゆったりと泳ぐ姿が見える。

 シルト村の近くにあるという湖が間近に見えていた。


「うわあ! 湖だよ、トオル! 青い! おっきい! 潮臭く無い!」

「落ち着け」


 わあわあとはしゃぐ私をトオルは橙の瞳に呆れの色を乗せて見た。


「なんでそんなに騒げるんだ……」

「だって、湖初めて見たから。へー、湖って、結構大きいね。もっと小さいのを想像してた」

「小さかったら湖とは呼ばないだろ」


 まぜっ返すトオルは無視して、大きく息を吸ってみる。海のようなのに波は無いし、潮の香りもしない。

 これが湖なのかー。なんだかVRの中だけど、ちょっと感動だな。今度、リアルでも行ってみようかな。 そんなことを思いながら、私は暫くの間穏やかに揺れる湖を眺めていた。




 馬車は湖に沿って走り、やがて空が赤みがかった頃にはシルト村に到着した。

 ――そして現在、私達は叱られている。

 武器屋ガーデンの店主さんはお怒りであった。


「遅いと思ってたら納品の武器を使って、紛失しただと!? なに考えてやがる! ったく、これだから最近の若いもんはよぉ」


 うう、まったくもってその通りです。でも店主さんも言うほど年とってないですよ。口調はなんか年寄りくさいですけど。


「あ゛あ!?」


 く、口に出してないのに凄まれた!?

 とにかく、ひたすら頭を下げるしかない私達だったけど、なんと店主さんの奥さんが取り成してくれたのだ。


「まあまあ、そんな頭ごなしに怒鳴らないでもいいじゃない。なんでもモンスターに襲われたっていうし。ちょっとくらい武器が無くなっても、ちゃあんと馬も馬車も無事だったんだし。そこら辺を考えてやったらどう?」

「む、まあなあ……」


 店主さんは並んで頭を下げている私達の前で深々とため息を吐くと、仕方ないと呟いた。


「ラズの言うことにも、まあ、一理くれえはある。無くなったっていっても、何本か、だしな」

「では……」


 ルーゼフさんがそっと頭を上げるのに合わせて私も顔を上げてみると、店主さんが腕組みのまま頷くところだった。


「ああ。まあ、多目に見てやるよ」


 ――クエスト《湖畔の村への配達》クリア!


 店主さんの言葉が終わると同時に弾むような音楽が鳴り、クエストのクリアを告げた。


「はい、じゃあこれが今回の報酬ね」


 奥さんが腕輪とコインを渡そうとする。でも、私達には躊躇いがある。

 それを見た店主さんは、肩をすくめて言った。


「いいから、とっとけ。それよか、祭りまでしっかり働いてもらうからな」

「そうよ。はいはい」


 ぽんぽんっと奥さんが私達に報酬を渡していく。1500Cと……若草の腕輪?


 アクセサリ:【若草の腕輪】 DEF+3 Lcrk+5

 水耐性10%


 わあ、低いけど幸運が上がるし、水耐性がついてる。


「あの、ありがとうございます」


 ルーゼフさんやトオルと一緒にお礼を言って、早速左腕に着けてみた。うん、細くて軽いから、着けていても気にならないな。



「さあ、じゃああなたはこっちに来てくれる? お祭りの準備を手伝ってもらいたいの」


 そう私に言って、店主さんの奥さん――ラズさんは店を出る。トオル達は、そのまま店主さんの手伝いらしい。


「頑張ってね。ルーゼフさんも、頑張ってください」

「おう、そっちもな」

「ああ、ありがとう。リンさんも気をつけてな」


 トオルとルーゼフさんに声をかけ、店主さんに会釈してからラズさんを追って外に出た。

 外は日が落ちて薄暗くなりはじめていた。でも、家々からは温かな明かりが漏れているし、あちこちで篝火が焚かれているから歩くのに支障は無い。


「どう? うちの村は。田舎でしょう」

「え、ええと」


 ラズさんは答えに詰まる私を見て楽しげに笑うと、ごめんね、と謝った。


「答えにくい質問しちゃったね。田舎だけど、いいとこだからさ、お祭りまで楽しんでいってね」

「は、はい」


 今度は素直に頷けた。確かに田舎だけど、人々の顔には笑顔があふれているし、祭りの前で活気もある。こうして辺りを見回していても、すごく楽しそうで……


「……あれ?」

「ん? どうかした?」

「あ、いいえ……なんでもないです」


 一瞬、人混みの中に見知った人影を見た気がした。白い髪の……いや、でも気のせいだろうな。

 私は軽く首を振り、ラズさんを追って再び歩き出した。



 ラズさんに連れられて着いた先は、薬の看板を出しているお店だった。


「マーズさん、いる?」


 ラズさんがドアを叩くと、中からちょっと小太りのおばあちゃんが出てきた。


「おや、ラズかい。どうかしたかい? 火傷の薬ならあるけど腹下しはまだだねえ」

「いやだ、マーズさん、違いますよ」


 二人はなんだか楽しそうにお喋りを初めてしまう。私はどうしたらいいのかな。

 所在無く佇んでいると、ようやく話が一段落したのか、ラズさんに手招きされたので素直に従う。


「それで、この子がその冒険者の一人でね。採取の手伝いを頼もうかと思ってるんだけど、どうかな?」

「そうだねえ」


 おばあちゃんは私を丸い眼鏡越しに眺め、にこにこと笑った。


「こんばんは、冒険者のお嬢ちゃん。あたしは薬師のマーズっていうものだよ。祭りに必要な材料を集めてもらいたいんだが、いいかね?」


 ――クエスト《祭りの準備手伝い3》が発生しました。


 マーズおばあちゃんの言葉と同時に、新しいクエストが発生したことを告げるインフォメーションが響いた。答えはもちろん、イエスだ。


「それじゃあ、頑張ってね」


 ラズさんとはここで別れて、中へと通される。薬屋の中は、いろんな匂いでいっぱいだった。


「獣人のお嬢ちゃんにはちょっとキツイかね? すまないね、我慢しておくれ」

「いいえ、これくらいなら大丈夫です」

「そうかい? ああ、ユノが来たね。ユノ、露草も連れておいで」


 マーズおばあちゃんに呼ばれて出てきたのは、二人のプレイヤーの女の子達だった。

 私と同じくらいの年頃の、剣士風の格好をしている女の子と、水色のローブを来ている女の子の二人組だ。


 まさかいきなり他のプレイヤーに会うなんて……こ、心の準備が出来ていないんですが!?


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