閑話:神月姉妹、昼食の風景
意識が覚醒する。
深い眠りから覚める時のように、水底から浮かび上がるように、《リン》は現実に――《理央》に戻った。
理央はVRギアを外し、大きく息を吐き出した。時計を確認すると時刻は午後一時半。
予想外の出来事があってログアウトが出来なかったため、予定より遅くなってしまった。身体はしきりに水分や食事を求めている。
「あー、お腹すいた。奈緒、今日のお昼ご飯なーに?」
理央が二階の自室から一階に降りると、今日も元気な妹が膨れっ面で出迎えてくれた。
「お姉ちゃん、おそーい! 今日のご飯は湯豆腐だよー」
「ごめんねー、ちょっと予想外の事が……湯豆腐?」
「予想外? あ、座って座って。準備は出来てるよー」
「ね、ねえ奈緒?」
「なーに? お姉ちゃん」
「今……夏、だよ?」
七月も後半に入り、ますます眩しく照りつけている太陽を窓ごしに見やり、理央は常識を探すような声音で問いかけたが。
「あっつい時にあっつい物を食べる! 通だよねー」
曇りの無い奈緒の笑顔に理央は頬を引きつらせる。
「えっと、他のはないの?」
「冷奴もあるよ! いっぱい食べてね!」
「……奈緒」
「なあに?」
やはり曇りの無い笑みを浮かべる妹に、何かを悟ったかのような優しい微笑みで理央はそっと呟いた。
「……ダイエット、始めたんだね」
「……ううっ。ゆ、油断したんだよーっ! ちょっと、ちょっとだけケーキバイキングで……」
「うんうん」
豆腐ダイエットに(強制的に)付き合うことになった理央だった。
神月家では、節電とエコを兼ねて、出来るだけエアコンの類いは使わないようにしている。オート体感気温システムなんてもっての他である。昼間は窓を開けて、旧式の扇風機を使用するのが日常だった。
しかし、この時ばかりは二人とも無言でクーラーをつけた。暑かったのだ。
「それで? 何があったの?」
「あー、それがねー……」
いつものように会話に花を咲かせる姉妹。今日の話題は、先ほど遭遇した羽飛び兎との戦いの様子と、新たに獲得したスキルについてだ。
「なるほどなるほどー」
姉の話を全て聞いた妹は一つだけ忠告した。
「PKKには気をつけてね、お姉ちゃん」
「ならないよ!? いくらスキルが向いていてもPKにはならないし、もとからゲームシステムで禁止されてるよ!」
「わかってるよ、冗談だよー」
心の中では、姉のアバター《リン》がいったいどこへ向かって成長しているのか好奇心を覚えつつ、奈緒はそう笑顔で誤魔化す。明らかになるのは、βテスト最終日、すべての日程が終了してからだ。
「βテストが終わったら、なんのクラスになったか教えてね、お姉ちゃん」
「え、……うん」
暫し迷ってから理央は頷いた。なんとなく嫌な予感がしたが、ここはリアルなのだから、気のせいだろうと振り切って。
βテスト最終日まで、残りは約一ヶ月と一週間。
昼食を終えた理央は、茶碗洗い等の家事を済ませて自室に戻ると、再び《World》の世界に飛び込んだのだった。
主人公所有スキル一覧
《パッシブスキル》
【かくれんぼ】Lv4【夜目】Lv2《New!》【誘き寄せ】Lv1《New!》【見習い毒使い】Lv1
《アクティブスキル》
【鑑定】Lv4【調合】Lv2【鍵開け】Lv4
短剣スキル《二連撃》Lv2
《獲得称号》
【牙を持つ小動物】




