18
シルト村への配達中、羽飛び兎に襲われた私達。
納品予定の武器をルーゼフさん曰く“じゃんじゃん”投げまくっていると、あることに気が付いた。
「ルーゼフさん、ちょっと気付いた事があるんですけど……見ていて下さい」
腰に差していたククリを抜き、手に持ったナイフと打ち合わせてみる。
甲高く澄んだ音が空気を振るわせ、同時に羽飛び兎達の長い耳がぴくり、と動く。
そしてなんと、次の瞬間、何匹もの羽飛び兎達が私に向かって一気に押し寄せてきた。そこまでは想定していなかった私が思わず固まっていると――
「せいっ!」
豪風一蹴、ルーゼフさんの大鎚が目の前に迫る羽飛び兎達をぶっ飛ばした。
「あ、ありがとうございます」
「いや、だが確かにこれはいい方法だな! 次々頼む!」
「え? いえ、えっと……はい」
何かが違うけど、まあいいや。
実は『羽飛び兎達は金属の音が気になる、もしくは好きなんじゃ?』と思っただけなんだけど。
今の様子を見る限り、たぶんこの推察はあたっているのだろう。なら、ルーゼフさんの言う通り、次々誘き寄せられるかもしれない。
よし、やろう。
なによりも、これ以上納品する武器を投げないで済む、という大きな利点があるしね!
その作戦はうまくいった。うまく行き過ぎて、油断してしまうくらいだった。
何度めかの作戦の後、久しぶりに聞く軽快な音楽が脳裏に響いた。
――《スキル【誘き寄せ】を取得しました》
「え?」
誘き寄せ? 確かにそのまんま誘き寄せているけど、なにそれ。
「危ない!」
一瞬呆然としていたらしい私は、ルーゼフさんの強い口調に我にかえった。
気がつくと、目の前に白い毛玉が迫っている。
「きゃうっ」
「わっ!」
ルーゼフさんの攻撃を潜り抜けてきた一匹の羽飛び兎が、私に体当たりしてきたのだ。慌てて右に避けて――うわっ!
脇腹にダメージ、HPバーががりっと削られる。
さ、避けたとたんくるりと回った羽飛び兎に蹴られた! あの短い脚に回し蹴りされたと思うと、ダメージ以上になんか精神的にダメージが!
私は心の中で受けたダメージに悶えながらも、油断なくククリを構えた。
さあ、いつでも来い!
「きゃう……」
だが、羽飛び兎は来なかった。それどころか、躊躇っているように見える。
来ないなら、と威嚇でククリをかざすと明らかにびくっと体を震わせた。もしかして……
ある疑惑を持った私は、まず落ちていたダガーを左手で拾い、先ほどと同じように振りかざしてみた。
なんの変化も無し。
これはやっぱり、そういうことなのかな。
私はそのままダガーを投げつけて、一歩踏み出した。
狭い馬車内では逃げ出す場所は限られている。逃げる羽飛び兎を追って、右手のククリを一閃。
長い耳の中間辺りを軽く切り裂き、ダメージを与えることが出来た。
「きゅうぅぅ……」
すると、羽飛び兎はへろへろと力を無くして床に落ち、なんとそのまま消滅したのだ。確かに私のククリには毒があるし、これは毒による追加ダメージによるものだろう。
だけど、私のククリには本当に僅かしか毒がないのだ。
僅かな毒にも強いダメージを受けた羽飛び兎。その事から考えられるのは、一つだけだと思う。
目線を入り口に向けると、ルーゼフさんが大鎚を振り回し、押し寄せる羽飛び兎達を威嚇しているのが見える。
「ルーゼフさん、何か布って持ってないですか?」
私は逸る気持ちを抑えて、インベントリを開きながらルーゼフさんに尋ねた。
「じゃあ、いきますよ? ルーゼフさん、うまくいった時はよろしくお願いしますね?」
無言で頷くルーゼフさんは、大きめの布で鼻、口を隠している。私も同様に口や鼻を布で覆って、手の中にある包みを見た。
包みの中には、トオルに渡した残りの毒草の粉末が入っている。とても効果が薄くて、役に立たないと思っていたけど、この敵になら。
「――えいっ」
出来るだけ広範囲に、を心掛けて、私は包みの中身を羽飛び兎に向かってぶちまけた。
きゃうっ、きゅうぅ、と次々地面に落ちてゆく羽飛び兎。
「やった!」
「おお、狙い通りだな!」
思わずルーゼフさんとハイタッチして喜んだけど、あれ? いつの間にか緊張しなくなってる。まあいいか。
とにかく、思ってた通りだ。羽飛び兎、物凄く状態異常に弱い!
「どんどん行きますから、本体が居たら、とどめお願いします」
「ああ、わかってる」
馬車を止めてもらって、残りの羽飛び兎に毒の粉をまいていく。ばたばたと落ちる様子が、なんだか殺虫剤をまかれた蚊みたいだ……
「お、いたぞ!」
地面に落ちた羽飛び兎の中に、一匹だけ頭上に赤いHPバーを表示させたままの羽飛び兎がいた。さすがに本体はしぶといらしい。
だけど、その本体に向けて振り下ろされた大鎚の一撃で残りのHPバーもゼロになった。
――羽飛び兎撃破だ!
ドロップアイテムは【ふんわり兎毛皮】と150C。ちゃんと事前にパーティーを組んでいたおかげで、私にも入手出来ていた。でも、そんなことよりも!
「やったあーっ!!」
「うおお、やったぞー!!」
さっきまでの緊張状態からの解放と勝利の嬉しさで、私もルーゼフさんもハイテンションになって、はしゃぎまくった。もう一度、何かのインフォメーションがあった気もするけど気にしない。
二人で喜んでいると、幌がばさりと音をたててまくられた。
え? 本体と一緒に分身達も消えたよね?
「あれ? なんか二人ともいないと思ったら……なんで馬車が止まってんだ?」
馬車の中から顔を出したトオルは不思議そうにそう言った。
「――と、いうことがあったんだよ」
改めてシルト村に行くために動き出した馬車の中で、私とルーゼフさんは羽飛び兎のことをトオルに話した。ちなみに、さんざん投げまくった武器は、少し馬車に戻ってもらって探したけど、全部は見つからなかった。
紛失した分は、もしかしたら弁償かもしれない……
とほほ、だよ。
「オレがログアウトしてる間にそんな事があったとはな……悪いな、リン。ルーゼフさんも、すみません」
「え、別に謝るようなことじゃないよ。まさかあんな敵が出てくるなんて思ってなかったし。ね、ルーゼフさんもそう思いますよね」
いきなりトオルに謝られて焦った私は、慌ててルーゼフさんにも同意を求めた。ルーゼフさんは苦笑しながらも頷いてくれる。
「ああ。まあ、油断があったのは確かだが、それは全員に言える事だしな。……それにしても、全部が終わって武器を拾う手伝いはする、とは。相変わらずの悪運だなあ」
「え?」
「ちょっと、ルーゼフさん」
トオルが苦い顔で止めたけれど、ルーゼフさんはまあまあ、というように片手を降って話しだした。
「トオルはな、なんというか、微妙に間が悪い奴なんだ。レアアイテムを拾いに出かけて、拾ったはいいものの強めの敵に絡まれることもよくあるみたいだしな」
ルーゼフさんの言葉に、私はばつの悪そうな様子のトオルを見た。そういえば、トオルと最初に会った時がそんな感じだったなあ。
「それでついたスキルが……おっと。言ってもいいか?」
「……いいですよ」
「よし。で、ついたスキルが【鏡合わせの幸運】て、いうんだよ」
「鏡合わせの幸運?」
「……レアドロップとかの確率が上がる代わりにレアモンスターとか、そこまでじゃなくても、近くにいるモンスターを引き寄せる確率が上がるんだよ。ただし、どっちも一以下の確率だから、ほんっとに時々だけどな」
「でも、いいこともあるだろう?」
ルーゼフさんは私を見てにやり、と笑う。それでトオルがますます苦虫を噛み潰したような顔になった。
え、ちょっとトオル、なにその顔?
――とは思ったけど、ルーゼフさんがからかってるのは明らかだし、それでトオルの妙な罪悪感も無くそうとしているみたいだし、まあいいか。
なんか今回まあいいか、とかばっかりだな、と考えたら、なんとなく頬がゆるんだ。
「……なに笑ってんだよ」
「いや、べつに。あはは」
「そうだな、あっはっは」
やばい、まだテンションが高いらしい。ルーゼフさんとにまにま笑っていたら、すごーく引いた目でトオルに見られた。
「い、いや。でもさ、【鏡合わせの幸運】だっけ? 考えようによっては良いスキルだよね」
「ああ……まあ、レアアイテムとかもドロップしやすくなるしな」
「そっちもだけど、そうじゃなくて。だって、こっちに実力がついて装備とかもばっちりなら、強めのモンスターを倒せるかもしれないよね?」
「おお、その通りだ」
トオルは私の言葉に呆れた顔をしたけど、ルーゼフさんは笑顔を浮かべ肯定した。
「今回の敵のように、弱点さえ掴めばなんとかなる敵もいるしな」
「そうですよね、今回の羽飛び兎のように……あれ?」
もしかして、今回もだったりして?
ふと浮かんだ疑問。そっと伺ってみれば、二人ともその考えに行き着いたのか、微妙な雰囲気をまとっている。
…………。
「……いや、でも、今回は武器配達のクエストだったから、羽飛び兎が出てくるのは当然だよね!」
「そ、そうだな! なにしろあいつが出てきたのはトオルがログアウトしてからだというしな!」
「……いや、でももしかしたら」
「いやいや、違うよ違う。ねえ、ルーゼフさん?」
「ああ、違う。うん、きっと違う。違う気がする、あっはっは」
「……はあ」
うん、違う違う。私は何故かブルーになっているトオルから目をそらし、新しく入手したスキルの詳細を調べようとした。
「……え?」
あれ? 新スキル、二つあるんですけど。
しかも、二つ目が……
スキル【誘き寄せ】
取得条件:一定数以上の敵を誘き寄せて倒す。
効果:罠や囮行為に若干の補正がかかる。
スキル【見習い毒使い】
取得条件:自らの手で作り上げた毒によって多くの敵を抹殺する。
効果:状態異常を与えやすくなる(微)
……うん、まあいいか。
私はどんどん高くなってきているスルースキルを発揮して、何事も無かったかのようにウィンドウを閉じた。
そして、シルト村に着くまでに一旦ログアウトすることをトオルやルーゼフさんに告げ、目を閉じたのだった。
私のゲームアバターである《リン》が、変な方向に育っているような気がするけど、きっと気のせいだと考えながら。




