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目を開くと、いつもの見慣れた天井。私の部屋のベッドの上である。
『――ゲームオーバー。リトライ?』
「……NO」
ゲームオーバーを告げ、リトライを尋ねるシステムボイスに否定の返事をして、私は溜め息を吐きながらベッドから上半身を起こした。すっかりやる気が削がれてしまい、電源を切ってVRプレイ用機器を頭から外す。
視線を横に向けると、壁際に置いてある細長い姿見に、少し髪が乱れた地味めな女が映っているのが見えた。
中肉中背で、髪は肩を覆う程度の長さ。少し童顔で、顔立ちは整っているのに今一つぱっとしない女の子。
神月理央、つまり私自身の姿だ。
この春に入学した初々しい女子大生にしては、化粧っけもなにもない非常に女子力の低い外見だけど、最近染めたばかりの栗色の髪は気に入っている。
高校は規則が厳しかったので、この程度のお洒落でも結構嬉しかったりするのだ。うん、いい色だよね、と自画自賛してみたり。
寝転がっていたせいで乱れた髪を手櫛で整え、外したゲーム機をサイドテーブルに置いた。
私が遊んでいたのは、VR――仮想現実のゲームだ。
かつては夢と言われたVRが実用化されたのは、私が子供だった頃。
当初はどんなに小型でも一抱えはあった機器も、改良に改良が進み、ブレスレットタイプやヘッドギアタイプなど、軽量、小型化に成功している。それに併せて価格も下降し続け、今では一般家庭でごく普通に買えるようになっており、ゲームといえばVRが基本だ。
勿論、それが全てというわけでは無く、懐かしの非VRをこよなく愛すゲーマー向けにそういった作品も細々と作られている。
「お姉ちゃーん、ご飯出来たよー」
さて、これから何をしよう。そう考えていると、妹が私を呼ぶ声が聞こえた。 もうそんな時間なんだ、と時計を見て驚き、私は部屋を出る。少しのつもりが、熱中し過ぎてしまったようだった。
「ごめんねー、奈緒。手伝うつもりだったのに」
制服にエプロン姿で、テーブルに朝食を並べている可愛い妹、奈緒に心を込めて謝る。母親は父の単身赴任についていってしまったので、今は妹と二人、家事を分担して暮らしている。
「いいよ。そろそろ慣れてきたし。後片付けはよろしくね」
「うん、それは任せて。今日は午後からなんだ」
「えー、いいなぁ。あたしは、今日も部活。ちょっと遅くなるかも」
テーブルにつき、他愛ない会話を交わしながら朝食をとる。奈緒は私の二つ下で、高校二年。私よりも女の子らしい性格で、料理も上手だ。特に、卵焼きのふんわり加減は絶品だと思う。
しかも、私と違って人目を引く美少女なのだ。明るくて可愛くて、運動神経も抜群。陸上部のエースでもある。我が妹ながら、なかなかのチートっぷりだと思う。
「あ、そうだ。これ、お姉ちゃんにきてたよ」
「え? 手紙?」
妹の超人ぶりをしみじみ考えていた私に、奈緒がテーブルの端に置いてあった封筒を差し出した。箸を置いて受け取り、封筒の裏を見た私は首を傾げる。
「この会社名、どっかで見たことあるけど……どこだったかなぁ?」
「開けてみたら?」
思い出せない。首をひねっていると、奈緒に開封をすすめられる。ちゃんと食事を済ませてから、勧めに従い読みはじめた。
「――えっと? βテストのご案内? なにこれ」
中に入っていた紙には、新作MMORPGのテスターに私が受かったと書いてあった。抽選? そんなの出したっけ?
よく読んでみると、私が出した別ゲームの抽選に外れて、このテスターに回されたらしい。
「そんなことってあるの? だって、その新作って今話題になってるやつだよね?」
奈緒が不思議がるのも当然だ。かなり大手の会社だし、新作ゲームの評判も高い。テスターになりたい者は多いだろう。
「うん、それについても説明されてる。今回の新作は、幅広い客層を狙ってるみたいで、オンライン初めて、のテスターが欲しいみたい」
応募した時、オンラインはプレイした事がないって質問欄にチェックつけたからなー。きっとあれでだな。
「でも、オンラインかー」
「やらないの?」
「オンラインはねー……」
私はひらひらと紙を振り、顔を顰める。ゲームは好きだが、オンラインは苦手だ。
人見知りということも関係しているが、それ以外にも、色々難しくて敷居が高く感じられる。
「ステ振りとか、効率とか、よくわかんないし。プレイヤー(他の人)がいっぱいなんて緊張するし。なんか気楽にできなさそうで、ちょっとね……」
興味はあるのだが、手を出しづらい。
「うーん。確かに、対人関係とかは気を遣ったりするけど。でも、慣れたら楽しいよ?」
システムとかも慣れたらだんだん分かってくるし、と奈緒。奈緒の方はオンラインを中心にプレイしていて、幾度となくオンラインに誘われている。
「オフも楽しいけど、オンラインにしかない楽しさもあるよ?」
「……それは、そうだと思うけど」
「お姉ちゃんと一緒にゲームしたいし、せっかくだからやってみない?」
「うーん……」
なんだか今日はえらく押してくるなあ。
返答を避けるために、私は別の話題を口にした。
「それよりさ。今日は随分のんびりしてるけど、朝練は無いの?」
「――え?」
きょとん、とした奈緒の表情が、時計を見て凍り付く。
「ち、遅刻――っ!?」
あ、やっぱりあるんだ。――もっと早く言ってあげるべきだったかな?
慌しく出掛けて行った妹を見送ると、私は茶碗洗いや掃除、洗濯を済ませて部屋に戻った。手には、例の封筒。――まあ、どんなゲームかくらいは調べてみてもいいかな。
手紙に記されている公式ホームページのアドレスを眺めて、そう思った。