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――《審判》によって勝敗が告げられ、ランカー同士の決闘は終わった。
決着がついた証のように透明なバリアフィールドが砕け、キラキラと光りながら消滅していく。
それと同時に、《審判》は出てきた時と同じく、マンホールのような影に足元から呑まれて消え去った。出てくる時も、帰る時も、なんだかまがまがしいな。
なんとなくそれを見ていた私の耳に、与一さんとマリアロッテくん、二人の鮮やかな闘いぶりに感心する声が拍手と共に聞こえてきた。
「やっぱ、ランカーになるだけあって強ぇなー」
「だなー。さ、賭け金払ってくれよ」
「よーし、俺も頑張るぞー」
「賭け金」
「いっちょ《塔》にでも行くかー」
「……お前の部屋行ってroonちゃんのF・Hを売り払ってくるか」
「すんません! それだけはご勘弁を!!」
……うーん、まあ、約束は守るべきものだよね。悲痛な叫び声の主に少し同情しながらも、私は深く頷いた。
母が、賭け事は『乗るなら払う、払うのが嫌なら乗るな!』と言っていたよ。
私の父は運が無いのに賭けに乗っちゃうタイプで、よく母に殴られてました。今は、お小遣いの範囲内なら許されているらしい。
――閑話休題
まるでゲームの宣伝ムービーを見た気分で周囲のプレイヤーと共に両手を打ち合わせていると、注目の二人が歩きはじめた。……こちらへと。
……やばい。
私は浮かべていた笑顔を固く引きつらせた。闘いの凄さにすっかり忘れていたけど、そういえばこの勝負の原因は私だったような……!
「い、いやいや。本当に当たりそうだったのは私じゃなくてエルフ君だし!」
はっと思い出して横を向いた私は、そこで再び固まった。
既視感とはまさに今この状況を指すのだろう。
――白髪エルフ君は、姿を消していました。
「ごーめーんーなーさーいー」
おもいっきり不機嫌そうに、吸血鬼の少女は仏頂面で謝罪を述べた。
周囲にはまだまだプレイヤーがいる中で、私は注目を浴びながらマリアロッテくんから謝罪を受けている。いや、もう、全く気にしていないんで解放して下さい、と言いたい。謝罪する気がまったく無いだろうキミ、とか言うつもりも無い。
だが、そこへ与一さんからの教育的指導が入った。
「まあ、マリア。そんな謝りかたじゃあ駄目よ。誠意が感じられないわ」
困ったように微笑みながら、与一さんは拳の形にした両手をマリアロッテくんのこめかみへと。
「いたたたたっ! ちょっ、それなんか地味に痛い!」
「痛くなかったらお仕置きにならないでしょ?」
「あだだだだっ!」
両手の中指をこめかみに押し付けてぐりぐりとえぐる、いわゆるグリコ、を与一さんは笑顔で行っている。VRの中でも、グリコの威力は大きいようだ。与一さんの笑顔が爽やかで怖い。
「だーっ! もう! ちゃんと謝りゃいいんだろ!? ごめんっごめんなさい! もうしません!!」
さらに膨れっ面になりつつ、マリアロッテくんが私に謝る。でも怒ってる感じじゃないな。なんとなく楽しそうな感じ? いや、決してマリアロッテくんがそんな趣味の人という話ではなく。じゃれあいというかなんというか。
二人の見かけが極上だからか、こっちも毒気が抜かれる感じだ。
「い、いいよ、気にしてない」
両手を顔の前で左右に振りながら、私はそう言った。
相変わらずの人見知りが発動してしまって、「実は被害者になりかけたのは白髪エルフ君なんですよー」なんて口に出来ない。こちらを注目するプレイヤー達の視線で心臓が嫌な感じにどきばくしている。
……も、もう逃げてもいいかな?
及び腰になり逃げる算段をし始める私に、与一さんがにこやかに話し掛けてきた。
「わたしからも謝りますわ、ごめんなさい」
「え、いえ、その」
「いきなりで驚かれたでしょう? もう、本当にマリアったら……」
与一さんはそこでちらっとまだ膨れっ面のマリアロッテくんを見て、軽く息を吐く。だが、すぐに気を取り直したようにふわりと微笑んだ。
「ふふ。でも不謹慎かも知れませんけど、嬉しいです。わたし、犬の獣人の方にはまだ知り合いがいなくて……よろしかったら、友人になって頂けません?」
「えう!?」
与一さんの提案に驚き、すっとんきょうな声が出てしまった。ゆ、友人。会っていきなり!? しかもこんなどもりまくりの女と!?
私の驚きぶりに、与一さんの秀麗な美貌が曇る。
「ごめんなさい、ぶしつけだったかしら。……そうね、まずは自己紹介からよね」
与一さんは再び微笑みを浮かべると、片手を胸にあててしとやかに小首を傾げた。
「わたしは与一と申します。この子はマリアロッテ。改めて、よろしくお願いしますね」
「よろしくね、わんこのおねーさん」
与一さんに続けてマリアロッテくんが可愛らしく片目を閉じる。
……えっと。正直ついてけてません。
「え、と。その」
微笑みながら私の返答を待っている与一さんと、小悪魔ちっくな笑みを浮かべるマリアロッテくん。そして興味津々で私達を見ているプレイヤー達。
そんな皆の視線を受けて、頭まっしろなまま、私は心の中で叫んでいた。
――エルフ君! 逃げるなら私も連れていって欲しかった……!!
……その後、二人とフレンド登録してようやく解放されました。
「今度一緒にお出かけしましょうね」と与一さんに誘われ、なんとか頷いたことだけは覚えてる。
疲れはてた私の耳に再び鈴の音が響く。トオルからの連絡を受け、私は精神的疲労にぐったりしながら彼の店に向かったのだった。
遅くなりました。ようやくランカー達との初邂逅も終了です。




