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 賑やかな市場に展開された、半球体のバトルフィールド。

 透明なバリアの中、長弓を手にした和風美人と大斧を構える小柄な吸血鬼の少女が向かい合っている。


 いきなり始まった弓使いの与一さんと斧使いのマリアロッテちゃんの決闘を、私はエルフ君と一緒に観戦していた。

 オンライン初心者の私にとっては、初めて目にするプレイヤー同士の戦いである。なんだか成り行きで決闘の原因になってしまい申し訳ない気はするけど、やっぱり興味深い。

 《審判》が戦闘開始を告げるのを、緊張と好奇心がない交ぜになった気持ちで聞いたのだった。



 ――開始直後に仕掛けたのは、与一さんだった。


 堂に入ったしぐさで与一さんが長弓を構えると、引き絞った弦の間に光の矢が現れる。淡い光を帯びた長弓は空へと向けられ、一筋の閃光が放たれた。

 青い光がドームの天井近くまで登り花火のようにふっと掻き消えたかと思うと、次の瞬間、何十発もの光の矢となりマリアロッテちゃんに襲い掛かる。


 ひとつふたつと光が瞬くたびに、爆裂音が轟く。

 一閃二閃と長弓から青い光が発射されるたびに、光の雨がふりそそぐ。

 次々と地面に落ちて小規模な爆発をおこすその光景は、弓矢での攻撃というより、むしろ爆撃だ。

 初っぱなから容赦の無い攻撃に私は思わず呻いた。


「うわ、すごいね……私だったらあれは耐えられないな。たぶん足を止めたらそこで終わりになっちゃうと思う」

「高位の弓スキルだから確かに威力は凄いね。でも、別に避けるだけが防御じゃないよ。――ほら」


 エルフ君が爆撃を受けているマリアロッテちゃんを示す。

 吸血鬼の少女はその攻撃を避けるのでは無く、頭上にかざした大斧を振り回すことで矢を弾き防御していた。

 武器を盾がわりに使うことが出来るのは知っていたけど、あの大斧を軽々と振り回せる腕力が凄い。

 ただしノーダメージとはいかないようで、少しずつマリアロッテちゃんのHPバーは減少し続けている。


「ノーダメージって訳じゃないんだね。あのままだと一方的にやられちゃうんじゃないかな」

「そうだね。武器でガードするのは盾スキルの応用であって、本来の使い方じゃないからね。それに隙だらけだし」

「え? ――うわ」


 隙だらけ、の意味はすぐにわかった。

 マリアロッテちゃんは、“頭上に”武器を掲げて防御しているわけで――つまり。

「あらあら。女の子は、お腹を大切にしないといけないのよ?」


 小首を傾げて微笑みながら、与一さんが長弓を水平に構える。新たに生み出された光の矢は目に留まらぬ速さで放たれた。

 一瞬の閃き。

 マリアロッテちゃんがくぐもった呻き声と共に地面に転がる。それが与一さんの矢によるものだと気づく前に、続けざまに放たれた光の矢が小柄な吸血鬼の少女の身体に突き刺さっていた。

 よ、容赦無さすぎて正直怖いです、与一さん…… 


「ゆ、弓って強いんだね……」


 私のドン引きぶりに気づかずに、エルフ君はそうだね、と頷いた。


「弓のような飛び道具を相手にするなら間合いを詰めないと。普通の弓ならともかく、彼女の弓は特別だしね」

「特別?」

「気付かない? 彼女の弓は、矢を必要としないんだよ」

「――あ」


 エルフ君の言わんとすることに気付き、私は遅まきながら与一さんの持つ弓の有利さを悟った。

 与一さんの弓は弦を引くだけで光の矢が現れる。いちいち矢をつがえる手間が無いのは、地味だけどすごく便利だ。何故なら、連続して射てるから。

 ――相手に距離を縮めさせることを許さずに済む。


「それは……接近戦のプレイヤーにとって、かなりやりにくい相手だね」

「そうだね。――お姉さんならどう対処する?」


 何気ない口調で問いかけられて、私は考え込んだ。 ――やっぱり、足を使ってなんとかするしかないかなあ。


 回避しまくる、と答えようとしたその時だ。私の耳に、マリアロッテちゃんの声が――いや。マリアロッテちゃんの口から出た、くぐもった低い声が聞こえたのは。


「……Mist! いーかげんにしろよな……調子のってんじゃねえぞ、ヨイチぃっ!」


 起き上がったマリアロッテちゃんが吠えた声は、どう聞いても声変わり途中の少年のものだった。えええっ!?


「ま、まりあろってちゃん……?」

「あ、それも知らないんだね。マリアロッテの中身が男性なのも、周知の事実だよ」

「おとこのこ」


 呆然となる私に、エルフ君があっさりと衝撃の事実を教えてくれた。し、しらなかったです。

 私は目をまん丸にして、吸血鬼の少女を見た。ふわふわな髪、華奢な手足、可憐な美貌。うわー、あれが特殊外装の威力なんだ。

 特殊外装、恐るべし……っ!

 恐れおののく私の視線の先で、マリアロッテちゃん……いや、くん? ……マリアロッテくんは、大斧を片手に持ったまま背中の羽根を広げた。


「――《血の盟約》」


 ぽつり、とちいさく呟いたのは、スキルの名称だろうか。マリアロッテくんの赤い瞳が妖しげに輝く。

 すると、小柄な身体を包むように赤黒い霧のような物が現れた。


「へえ、吸血鬼の固有スキルを使うんだ。条件が厳しいのに使っちゃうくらい、追い詰められたみたいだね」

「固有スキル……それって、あの、種族ごとにいくつか設定されてるっていう隠しスキル?」

「うん、それ。強力だけど、発動条件が難しかったり使用条件が厳しいスキルだよ」


 私は噂でしか知らなかったけど、流石ランカー。もう使えるんだ。

 ゆらり、とマリアロッテくんの周囲を覆った赤黒い闇が揺らめく。

 それを見た与一さんは微笑みながら再度長弓を引き絞った。


「あら、新しいスキルね。でもごめんなさい、わたしは発動を待ってあげるほど親切じゃないの」


 柔らかな口調で謝罪しながらも、スキル発動を阻止すべく光の矢を射つ与一さん。なんかもうあまりの容赦の無さに、恐れを通り越して尊敬してしまいそうです。姐御とお呼びしようかな。

 だが、しかし。与一さんの笑みはすぐにかき消えることになった。


「なっ……?」


 初めて与一さんの唇から驚きの声が洩れる。

 与一さんが放った矢は、マリアロッテくんの周囲を包む赤黒い霧だったものに防がれた。霧は少しずつ分かれて闇に羽ばたく生き物の形をとる。

 何十匹もの小さなコウモリとなった霧は、不吉な羽ばたきの音をドームに反響させた。


「これ、決闘にはむかないスキルなんだけどー、ムカつくから使っちゃったー」


 ふふん、と腰に手をあててマリアロッテくんが笑う。

 余裕が戻ったからか、その声は元の可愛いらしいものに戻っている。おそらく、先ほどの低い声が彼本来のもので、今の砂糖菓子みたいな声は特殊外装の機能によるものなのだろう。それはわかったけど。


「なんであのスキルは決闘にむかないのかな。便利でいいと思うんだけど」

「それはね、マリアロッテのHPバーを見たらわかるよ」


 私の疑問に、いつものようにエルフ君が答えてくれる。


「HPバー? あれ? あんなに減ってたっけ」


 マリアロッテくんの頭上に表示されているHPバーは、半分以下になっていた。

「おそらく、HPを消費するタイプのスキルだろうね。対人戦闘の場合、あらかじめいくつかの条件が設定されるけど、よくあるのが回復不可、なんだよ」


 ああ、それで決闘にむかないって言ってたんだ、と私は頷いた。確かに、回復出来ない状況だと使い難いスキルだね。


「そうなんだ……でも、どうしてそんな条件をつけるの?」

「たぶん、無駄に長引かないようにするため。あと、自動回復持ちが相手だとかなり不利になるから、かな」


 実は、マリアロッテも自動回復持ちなんだよ、とエルフ君。……うーん、自動回復、いいなあ。欲しいスキルだ。

 ちょっと羨ましく思いながらドームに視線を戻すと、エルフ君の解説を聞いている間に戦局は大きく変わっていた。

 赤黒いコウモリの数は、ざっと見ただけでも数十匹。本物を見たことがない私でも明らかに小さいと分かるサイズだけど、なにしろ数が多い。

 小さなコウモリにまとわりつかれた与一さんは、マリアロッテくんの接近を許してしまった。


「ふっふーん。今度はこっちの番だよー」


 ご機嫌な笑顔でマリアロッテくんが大斧を振るう。くるり、と軽く回した大斧が淡い光を帯びてスキル発動を知らせる。


「いっくよー《ダンシング・ブレード》!」


 意気揚々とスキルを口にした吸血鬼の少女が、巨大な斧を軽々と振り回し始めた。

スキル名の通り、踊るようなステップを踏みながら、右に左に大斧を操る。

 ダンシング・ブレードはレアなスキルではない。

 ただし武器に応じて取得条件が厳しくなってくるため、重量のある大斧で使用するなんて荒技をやってのけるプレイヤーはほとんどいないはずだ。

 大斧に切り裂かれる空気の悲鳴を聞くだけで、鳥肌がたつ気がする。私程度のプレイヤーならあの一撃で終わりだろう。


 コウモリに動きを阻まれている与一さんは、今のところなんとかマリアロッテくんの攻撃を躱しているけど、防御で精一杯のようだ。

 攻守が一瞬で逆転してしまっている。私だけじゃなく、市場にいるプレイヤーは、このゲームにおけるスキルの重要さを再確認したと思う。そのくらいマリアロッテくんはあっという間に有利な立場になっていた。


「きゃっ……」


 一匹のコウモリが桜色の小袖の上から、与一さんの腕に噛み付く。小さく悲鳴をあげた与一さんが気を逸らした一瞬を、マリアロッテくんは見逃さなかった。

 大斧が、与一さんの胴体に叩きつけられる。


 うわっ……!

 思わず目を瞑ってしまい、耳だけで鈍い打撲音を拾った。次いで、地面にぶつかり転がった時の摩擦音が聞こえてくる。

 マリアロッテくんが攻撃を受けた時もそうだったけど、対人戦闘は見ている方も痛い。むしろ、自分で戦っているほうがいいくらいだ。「これで終わりだよっ」


 耳に飛び込んできたマリアロッテくんの声に、慌てて目を開く。痛そうで見ていられない気持ちは本当だけど、それはそれとして勝負の行方は気になるのだ。

 与一さんは地面から上半身を起こしていた。

 VRの中だから、表面上は変わりない。ただ、半分近く削られた頭上のHPバーがマリアロッテくんの攻撃力の高さを表しているだけだ。

 そんな与一さんへマリアロッテくんが大斧を振り下ろす。終わりを予感した次の瞬間。

 与一さんは艶然と微笑んだ。その両手には、光を帯びた長弓がある。


「――スキル《起死回生の罠》。新しいスキルを隠し持っていたのは、あなただけじゃないのよ?」


 与一さんはスキル名を口にしてすぐに、光の矢を放った。座り込んだままの無理な姿勢からだというのに、その矢はマリアロッテくんとコウモリ達全てを絡めとり、辺りを白く染め上げた。


「うあっ……!」


 落雷に近い光がマリアロッテくんになんらかの衝撃を与えたらしく、吸血鬼の少女は支えを無くした人形のように崩れ落ちる。同時に、コウモリは甲高い鳴き声をあげて消滅していった。


「油断大敵、ね?」


 にっこり、と華やかに微笑みながら与一さんが立ち上がる。

 その微笑みを睨み付けて、マリアロッテくんも大斧を支えに立ち上がった。


「ほんっとに、せーかく悪いよ、ヨイチはっ……」

「あら、わたしなんてまだまだだと思うわよ?」

「なにを目指してんのかわかんないし、聞くのも嫌だから聞かない」


 マリアロッテくんは一度大きく肩で息をして、ふっと身体を屈めた。

 いくよ、とその眼差しが告げた気がして、その感覚の通りにマリアロッテくんが最後の勝負に出る。

 だけど、やはり与一さんは一枚上手だった。


「スキル《影縫い》」


 マリアロッテくんが大斧を振り上げたその一瞬に、与一さんは地面へと矢を放つ。動きが止まったのは、ほんの数秒間。

 それは、致命的な隙となった。


 吸血鬼の少女へと尾を描いて突き刺さる光の矢。

 僅かに残っていたHPバーが全て無くなり、全プレイヤーが息を呑んで見守っていた広場に《審判》が判定を下す声が響く。

 静寂の後に沸き起こったのは、一進一退の攻防を繰り広げた二人のランカーに対する惜しみない拍手と好意的な掛け声の嵐。



 こうして、突発的に始まったランカー同士の決闘は、弓使いの与一さんの勝利で幕を下ろしたのだった。

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