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 オークに負けた次の日。


 ログインした私は、思わず片手をぐっと握り締めた。

 赤い石畳は水溜まりをつくり、乳白色の建物はぼんやりと輪郭を霞ませ、いつも賑やかな広場も今日はどこか淋しげな雰囲気が漂う。


 《 World 》は、雨だった。


 雨を弾くアイテム【防水スプレー】を使用したとたん、濡れた状態から解放されて、身体が軽くなる。

 ついでに、雨のバット効果《視界制限》もなくなり、通常の視界に戻った。


「よし、頑張って狩りまくるぞ!」


 気合いを入れて、私はフィールドに出掛けた。狙いは、雨の日限定モンスター《カエル》である。


 雨粒を受けてつやつやと輝くエメラルドグリーンの肌。くりっとした黒目がちのつぶらな瞳。まるっこいボディからすらりと伸びる細い手足。

 ……まさしく、カエル。 左右に身体を揺らす、犬サイズの大カエルを前に、私は油断なく短剣を構えていた。

 このカエル、見かけとは違って、ちょっとやりにくいモンスターなのだ。


「うわあああっ!!」


 近くで男性の悲鳴が響く。カエルを警戒しつつそちらを見てみると、ドワーフらしきプレイヤーが、カエルの長い舌に絡めとられて引き寄せられていた。


「ちょっ……、待ちなさいよー!」

「うお、ユーゴどこ行くんだよおまえ」

「助けてくれー!!」

 男性プレイヤーを引き寄せたカエルは、舌でぐるぐる巻きにしたまま、なんと両腕で抱えあげ。

 二足歩行で逃げ出した。


 ……そう、これがカエルの恐ろしさだ。

 なんでお姫様だっこなのか、とか。いきなり二足歩行かよ、とか。カエルなのになんて速さだ! とか。 いろいろと交流掲示板を騒がせた、(ある意味)有名なモンスターなのだ。


 因みに、連れ去らわれて十五分たつと死に戻りになり、装備品にバット効果をつけられてしまうらしい。そういった意味でも厄介な相手である。

 特に私のようなソロプレイヤーは、助けてくれる仲間がいない為、要注意だ。


 そんなことを考えている間に、カエルからのジャンプ攻撃を躱して、戦闘開始になった。カエルはアクティブモンスターなので、他のカエルを引き付けないように気をつけつつ戦う。


 ぴょんっと飛び掛かってくるカエルを横に躱して、短剣で斬り付ける。カエルのHPバーは青なので、同程度の強さの敵だ。

 素早さは高いけど防御は低いモンスターなので、油断しなければ問題なく倒せる。

 幾度めかの攻撃の後、カエルは光の粒子となって消滅した。

 ドロップアイテムは、【カエルの皮】【カエルのガマ油】、そして【50C】。


「やった!」


 レアドロップ【カエルのガマ油】が、取得品にあるのを見て小さく歓声を上げた。

 【カエルのガマ油】は、薬屋の《薬剤材料を切らしてしまいそうなの》クエストに入ってるアイテムだ。

 単品でも500Cとなかなか高額で引き取られる【カエルのガマ油】だけど、クエストを受けて五つ納品すると、本来2500のところ、倍額の5000Cが手に入るのだ。

 それに【カエルの皮】の方も、水属性の装備品が作れるらしく人気がある。


 デスペナで所持金を減らされた上に、アイテム《トラップツール》を再購入した私の現所持金は、三桁を下回っている。 そんな時にカエル! ありがとうカエル!

 もはやカエル狩りをするしかないよね! カエル苦手じゃなくて良かった! 

 ――と、いう状況なのだった。

 私が金銭問題的な事情でカエル狩りの鬼と化しているうちに、雨足が弱くなってきた。まだ【カエルのガマ油】は五つ揃っていないのに。

 雨が上がる兆候に、少し焦って辺りを見渡すと。


「きゃーっ!! ユキ兄! ユキ兄はやく助けてーっ!!」

「さやか!!」


 目の前を、女の子を抱き上げたカエルが通りかかった。

 女の子はどう見ても小学生程度の年齢で、淡い緑色の髪に白い花飾りを飾り、華奢な身体に白のワンピースに似たローブを纏っている。

 白い衣装の女の子と、彼女をお姫様だっこしているカエル。

 身体のサイズ的にも一応合っていて、一見すると赤絨毯を歩く二人に見えなくも……いやいや、ないな、うん。いいとこお姫様を攫う魔王の手先Eかな。どちらにしてもロリの冠詞がつくけど。


「げこっ!」


 つい、右手を振ってカエルに一撃を与えてしまった。そのとたん、一声鳴いてカエルは光の粒となる。おそらく、ギリギリまでダメージを受けていたのだろう。

 ……ほ、他のプレイヤーの獲物、横から盗っちゃった。


「さやか、大丈夫か?」

「うわーん、ユキ兄遅いーっ!! ビックプリンパフェ奢ってくれなきゃ許さないー!」

「わかったわかった、奢ってやる」

「わーい」


 私がショックで固まっている間に、女の子は戦士っぽい格好の男性に助け起こされていた。二人に視線を向けられ、心臓が跳ね上がる。


「あ、えっと、その」

「ありがとうお姉ちゃん!」


 どう謝ろうかと狼狽えていると、女の子に満面の笑顔でお礼を言われた。あれ?

 私の戸惑いに気付かずに、青年の方も笑みを浮かべて感謝を口にする。


「俺からもお礼を言わせて下さい。姪を助けてもらって、本当にありがとうございます」

「え? えっと、でも、カエルを倒してしまって……」

「ああ、それは気にしないで下さい。俺の足じゃ、多分追い付けなかっただろうし」

「ユキ兄、鈍足だもんね」「仕方ないだろー? 種族的に素早さが伸びにくいんだから」


 言い合う二人には、本当にカエルを盗られた怒りは見えず、私は胸を撫で下ろした。奈緒から、他のプレイヤーの獲物をとるのはマナー違反だ、と聞いていたけど、今回は良かったらしい。

 落ち着いて二人を見てみると、女の子――さやかちゃんは、妖精族らしく背中に透明な羽が生えていた。

 青年の方は、赤い髪に隠されている額に二つの角が見えるところから、鬼族だとわかる。

 姪だと言っていたけど、リアルで親戚なのかな?

 私がそれを尋ねかけた時、さやかちゃんが空を見上げた。


「あ、――見て!」


 指し示す先を辿ると、先ほどまでの曇天はどこかへ去り、目に痛いほどの青空が広がっていた。そこにかかる三つの虹に、あちこちから歓声が上がる。


「キレーだねー」

「そうだね」

「……うん。本当に綺麗」


 二人の言葉に同意して、私も笑顔を浮かべた。

 雨上がりの虹は、何度見てもやっぱり綺麗だった。 その後、二人と別れた私は、周囲にカエルがいなくなっていることに気付いた。

 そ、そうだよ! 雨が上がったらカエルはいなくなっちゃうんだった!


「あ、あと一つだったのに……」


 がっくりと肩を落とし、イベントリを開いてアイテムを調べた私は、目を丸くした。

 【カエルのガマ油】が、五つある。

 そうか、と私は呟いた。


「さっきのカエルで揃ったんだ……」


 これでクエストを達成できる。

 雨上がりの虹の下、他のプレイヤー達と共に、私も足取り軽く《白の都》へと帰ったのだった。

 爽やかに纏めてみようと目論んでみたものの、根本的な部分が間違っている気がしないでもありません。

 ほのぼのを目指したはずなのに、何故かシュールな絵面になる不思議。

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