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注!)流血・残酷描写があります!苦手な方はご注意下さい。


 階下に降りたフィルメリアは、まずはぐるりと辺りを見回しヒゲを探す。廊下、広間、炊事部屋、ヒゲの部屋、どこにもいない。

 恐る恐る、出来るだけ機嫌の良い近くの大人に話し掛ける。

「……あの、ヒゲ、は?」

「あ? ああ、あの人ならちょっと出掛けるっつってどっか行ったなぁ。真っ昼間から酒ぇほどほどにしろって、おこらーちまったよぉぉ」

 酒臭い息をフィルメリアに吹き掛ける。これはもう慣れっこだ。我慢できる。

「っク。そういや、ヒゲも戦利品の事を聞いてきたし、もしかしたらまだ馬車にゃなにか残ってんのかもしんねーな。あのしょーにん、脂肪も宝石も随分と貯め込んでやがったしなぁ」

 ヒゲに戦利品に脂肪と宝石。フィルメリアはピンときた。きっとヒゲも、少年の手枷を外す鍵を探しているのだ。フィルメリアと目的は同じ。そう、鍵が馬車に残っているかも知れない。それならはやく行かないと、ヒゲに先を越されてしまう!

 ヒゲが鍵を見つけても、きっと少年にとって悪いことにはならないと思う。けれど、これはフィルメリアにとっては、少年と仲良くなる最後の機会だ。そんな気がする。

 だからどうしてもフィルメリアが外してあげたい。そして自由になった手を見た少年は、きっとフィルメリアを見てくれるはず。きゅっと唇を噛み締める。

 馬車の場所は一度行ったから覚えている。見張り台からも、いつも見えていたのだ。大丈夫、行ける。

 すぐさま砦を飛び出したフィルメリアは、難なく目的地にたどり着いた。この前と変わらぬ位置に佇む馬車にホッと安堵の息を付く。

 ぐるりと馬車の後ろ扉目指して回り込もうとしたフィルメリアは、ふと気付いた。

 この間はヒゲが御者台を調べていたから、フィルメリアはそっちをまだ見ていない。その事と一緒に馬車内に立ち込めていた異臭を思いだし、顔を顰める。先に御者台を調べてから、それで無かったら馬車の中を調べに行こう。

 御者台といっても、座って馬を操る場所では珍しく剥き出しではない。屋根があり、風避けの壁があり、こちらにはちゃんと壁に窓があった。不思議だ。窓の無い篭った臭いの馬車よりも、なんだか御者台のほうが居心地が良さそうに思える。

 奇妙な造りの馬車に首を傾げながらも、フィルメリアはまずは背伸びをして窓から顔を覗かせた。

 ギクリと身体が強張る。

 中の一面には、べっとりと赤黒い染みがあった。

 ここで一体何があったのか、想像に難くない。

 フィルメリアは染みの意味を出来るだけ考えないようにしながら、中に視線を走らせた。それらしいものはない。

 それよりも気になるのは、赤黒い染みがフィルメリアいる方向とは反対側に伸びて赤色の道を作っている事だ。いったい何故?

 ふらふらと、吸い寄せられるように道を辿る。何かを引き摺って出来たような道は、直ぐ近くの草むらの中にまで続いているようである。

「…………!」

 草を掻き分けて、一瞬ひゅっと息が止まる。

 そして直ぐに猛烈に後悔した。掻き分けた草むらの向こうには“食べかす”があった。少し考えれば分かる筈なのに、どうして辿ったりしてしまったのだろう!

 ぺたんと地面にお尻をつける。

 そうだった。そういえば、フィルメリアが一人で外に出たら、恐ろしい獣に頭からバリバリと食べられてしまうのだった。父親からよく言い聞かされていた事を今頃思い出し血の気が引いてくる。大変な事をしてしまった。

 突如ガタガタっと馬車から何かの物音が聞こえて、フィルメリアの緊張の糸はとうとう切れた。

「ふっ、ふえっ、ふえぇぇん!」

 大きな声を上げて泣けば、いつだって父さまが駆け付けてくれた。その父さまはもういない。それでも泣き止む事も出来ずにひたすらに大声を上げ続ける。もしかしたら、まだ期待があるのかも知れない。父さま、父さまたすけて!

「な、なんでお前がここにいるんだ!?」

 予想外の声にフィルメリアの動きがピタリと止まる。

 驚きで思わず涙が引っ込んだ。

 ヒゲだ。

 そういえば、ヒゲを追い掛けて馬車まできたのだった。

 座り込むフィルメリアを見ては、憤怒の表情を浮かべながら、ずんずんと大股でやってくるヒゲ。

「こんの馬鹿がっ、そんなに獣の餌になりてぇのか!」

「う」

 再びうるっと涙が溜まる。

「おっと、泣くなよ。それ以上泣いたらここに置いてくからな」

 釘を刺されてしまい、ぐっと口を一文字に涙を堪える。それは絶対に嫌だ。

「で、何しにきた?」

「うっく」

 しゃくり上がる声では、上手く話せやしない。けれど、はやくちゃんと喋らないとぶたれてしまう!

 かろうじて、震える指で馬車を差し、食べかすを差し、見張り台を目指して差す。

「う〜〜〜〜っ」

「もういい、大体わかった」

 フィルメリアが指差した先を見回すヒゲ。

「つまりあれだ、お前、坊主の鍵を捜しに来たんだな?」

 フィルメリアは、こくり、と頷く。

「だからってお前なぁ、見たくないから俺が後回しにしたヤツを、何でわざわざ先に見付けんのかねぇ」

 ヒゲは溜め息を付きながら、食べかす目指して歩き出した。

「あーあー、こりゃ奴らにとっちゃご馳走だったみたいだな。頼むから化けて出んなよ。馬車ん中には無かったし、ここにもなけりゃ、お手上げだな」

 ま、まさかヒゲは。食べかすの直ぐ傍にしゃがみこんだヒゲの、次の行動を予期して、フィルメリアはぎゅっと目を閉じる。

 何も聞こえない、何も聞こえない!

「おっ、あったあった」

 ヒゲの反応に、フィルメリアはパチリと目を開く。

「ほら、受け取れっ」

 フィルメリアに向かって飛んできた赤黒い塊に、ひっと短い悲鳴を上げる。驚いて手を引っ込めてしまった。塊はチャリっと金属が擦れる音を立てながら地面に落ちる。

 そんなフィルメリアを見たヒゲは、苦笑いしながらそれを拾った。自身の着ている服で赤色を拭う。

「あ」

 出てきた色は見覚えがある。少年が嵌めていた手枷と同じ色だ。なら、これはもしかして……

「ほれ」

 太くてかさついたヒゲの指は、今度は投げたりせずに、フィルメリアの目の前に持ってくる。黒い鍵。フィルメリアが探していた物。

 恐る恐る手を差し出せば、フィルメリアの手にそっと置いてくれた。ヒゲは、フィルメリアに鍵を譲ってくれた。

 そのまま何も言わずに砦の方向へ歩き出す。フィルメリアは遠ざかるヒゲの背中を慌てて追い掛けた。小走りで追い付いた後は、斜め後ろの位置を保ち一緒に歩く。

 途中にこっそりとヒゲの顔を覗き見上げれば、顔半分が無精髭に覆われた、いつものむっつりとした表情だ。

 けれど不思議な事に、前よりもずっと怖くない。

 傾く日差しに伸びる影。黄昏の空の下、広い背中を追い掛けながら、フィルメリアは父親と一緒に歩いていた時の頃を思い出した。

 父さまみたい、かもしれない。心の中で思いながら、かつて父にしたように、長く伸びるヒゲの影をこっそりと踏みながら歩いた。


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