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 やった、やった!

 胸に沸き上がる喜びを抑えきれずに、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように牢屋へと向かう。

 転がるように階段を降りてきたフィルメリアにも、少年は無関心だ。いつもそうだが、今日は違うはず。なんといっても外に出れるのだから!

「あのねっ、今からだしたげる!」

 言うが早く牢屋の扉を開け放つ。

 ところが、いつまで経っても少年は動こうとしない。

「…………でないの?」

 開いている扉に気付いている筈なのに、出ようとしない。

 フィルメリアは首を傾げる。

 そして気付いた。やっぱり開いている扉に気付いていないかも知れない。蹲ったままでは、見えないし聞こえない。大人同士の喧嘩をしている時は、フィルメリアはいつも今の少年の様に、いや、更に身を屈めて顔を伏せ耳を閉じる。

 そういえば、ともう一つ気が付いた。少年の目を一度も見ていない。これは大変だ。父さまにはいつも、人の目を見て話しましょう、と言われていたのだ。

「出ようよ、僕と一緒にきてってば」

 顔を上げて貰うように、少年の手枷を引っ張ったところで思わぬ反撃を食らった。フィルメリアの手を振り払おうと、少年がいきなり大きく腕を振ったのだ。それだけならば大事には到らなかったが、離すまいと咄嗟に力を込めたフィルメリアごと大きく動き、更に運の悪い事に少年の手枷がガツンッとフィルメリアの額目掛けて手痛い一撃を放ったのである。

 じぃんと額に熱が籠る。いたい、いた、いぃい……。


「ぴぃぃぎゃあぁあ!」


 フィルメリアの泣き叫ぶ声に、何事かと盗賊達が、牢屋へと降りてくる。

 そこには火の着いた勢いで泣くフィルメリアと、耳を塞ぎ、頑なに拒絶の体勢に入った少年がいた。

 誰からともなく付いた深い溜め息が牢屋の中に響いた。


 災難だ。とんだ日になった。

 あの後「うるさい、泣くな糞ガキ」と更に頭を殴られた。ヒゲには頭を押さえながら「もういい、見張りにいってろ」と溜め息を付かれた。

 くすん、と鼻をすする。

 もういい。もう知らない。

 子どもなら、大人のように乱暴な事をしないと思ったのに。同じ子どもなら、フィルメリアの味方になってくれると思ったのに。フィルメリアだって味方になったのに……。

 吹き荒ぶ風にぎゅっと自身の肩を抱きながら周りの景色を見詰める。相変わらず、変化らしい変化はない。

 砦の階下に目を向けると、ヒゲと一緒に砦を巡る黒い少年が見える。

 牢屋からやっと出られたのに、ずっと俯きがちな姿勢のせいで顔がよく見えない。ボサボサの髪のせいで隠されているからだ。

 骨ばった肩が歩くたびに揺れる。そこには窮屈な牢屋から出れた喜びも、憤りも、悲しみも、何も感じ取れなかった。

「……へんなの」

 フィルメリアは口を尖らせ呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく風の中に消えた。




 それからフィルメリアの日常は少しだけ変わった。

 見張りの仕事を、少年と代わりばんこにする事になったのだ。お陰でフィルメリアの仕事は少し楽になった。

 もちろん、他の仕事もある。汚れ物を集めたり、野菜の皮を剥いたり、大人がむしった鳥の羽を掃除したり、スープが焦げ付かないように番をしたり、と沢山とある。けれど、ほんの少しだけ、日中に自由の時間が出来たのである。

 昨日はヒゲが自分の斧をピカピカに磨いているのを近くで見た。その前は砦の隅っこで枝を使って地面に絵を書いたり掘ったりしてみた。さて、今日は何をしようか。

 見張り台に立っている今も、早くも心はその後の事に向けられる。砦に落ちている、出来るだけまん丸な綺麗な石を集めようか。それとも虫食いの無い綺麗な葉っぱをさがす?

 ……ほんとうは、誰かと一緒に遊びたい。

 父さまがいた頃は、フィルメリアがまん丸の石を見つけたら頭を撫でて褒めてくれたし、葉っぱを差し出すと膝の上に乗せてどんな葉っぱか語ってくれた。

 さみしい。砦の皆はフィルメリアに無関心だ。たまに赤髪たちがフィルメリアを殴るくらいで、誰も滅多に撫でてはくれない。

 さみしい。フィルメリアと同じ子どもなのに、仲間だと思った少年との関係もちっとも変わらない。

 さみしい。父さまは何でいなくなっちゃったの?

 ――――パシャン! と何処かで音が響いた。直ぐ近くだ。

 フィルメリアが熱くなった目蓋を擦りながら顔を上げる。音の正体は直ぐに分かった。

 少年だ。足元に転がる桶。じわりと広がる黒い染み。遠目だが、何が起こったのか直ぐに理解できた。

 水汲みをしていた桶を、不注意で落としてしまったのだろう。

直ぐに鎖の付いた手で桶を拾い、もう一度来ていた道を戻ろうとしたところで、ヒゲから何か言われたらしい。そのまま砦の中に入って見えなくなってしまった。

 ……凄く不自由そうだった。ひょっとして、アレがあるから元気がない?

 もしもフィルメリアの手にそんな物が付いていたら、きっと嫌だ。凄く嫌だ。一日中俯きたくなってションボリとするかも知れない。

 それにとても重たい。馬車にあった鉄の枷を運んだのはフィルメリアだ。赤髪にビクビクしながら出来るだけ速くと焦っていたのだが、フィルメリアは二つ枷を持って運ぶのが精一杯だった。それ以上もつと、足が覚束なくなってしまう。それくらい重いのだ。あまりに重たくて俯いているのかも知れない。

 考えれば考えるほどに、そんな気がしてきた。

 じゃりっと床を踏む音に振り返れば、少年がいた。

「あれ、もう交代なの?」

 相変わらず、返事はない。しかし、わざわざ見張り台に来たということは、そうなのだろう。

 以前ならばフィルメリアは返事が無い事に口を尖らせたかも知れないが、少年の事情を理解したからには腹を立てたりはしない。

 見るからに重たげな黒い手枷を近くでよく見る。

 何度も擦れて赤くなっており、酷い所は血まで痛々しく滲んでいる。

 やっぱり、これだ!

 フィルメリアは閃いた。それと同時に居ても立ってもおれずに、パタパタと忙しなく階下に降りていった。





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