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 お腹がいたい……。

 身体を起こすと鈍い痛みがフィルメリアを襲う。見慣れた石の天井に、お尻にはゴツゴツとした冷たい岩の感触。フィルメリアの寝ていた場所には薄い布切れが敷かれている。砦の中だ。

 そうだ、あの檻の中の人はどうなった?

 直前の記憶を思い出したフィルメリアは、居ても立ってもおられずに部屋を飛び出す。

 大人たちが何処にいるのかは、すぐにわかった。和気あいあいと粗野な笑い声とご機嫌な野太い声が砦中に響き渡っていた。

 広間へとそっと顔を出せば、むせるような熱気と酒の臭いに思わず手で鼻を覆う。怯んだら駄目だ。

 盗賊たちの様子を注意深く伺えば、かなり上機嫌であることがわかる。床に転がる瓶や樽の中には、お頭が特別な時にしか飲まないという物も混ざっていた。今なら大丈夫、殴られたりはしないはず。

 それでも出来るだけ視界には入らないように、ゆっくりと盗賊たちを横切る。ぐるりと辺りを見回しても飲んだくれる盗賊たちばかりで探し人はいない、檻の中にいたあの人は何処にもいない。

 ようやく痺れを切らしたフィルメリアが、一人の大男にどうなったか尋ねると、彼は殺されることなく砦の牢に閉じ込められているらしい。

「ガキを殺んのは、目覚めが悪ぃからよ」

 教えてくれたのは、馬車に一緒に行った大男だ。顔は怖いけれど一番私に優しくしてくれる人で半分以上顔を覆う髭のため、皆からはヒゲと呼ばれている。

「そういやお前ぇ、腹は大丈夫か」

 何の事かと思ったが、そういえば、と気絶する前の事を思い出す。裾を捲ってお腹を見せると「大丈夫そうだな」と珍しく頭を撫でられた。

 まただ、またあの目だ。フィルメリアの居心地が悪くなる目。

 砦の盗賊たちの中には、時折フィルメリアを見ては辛そうに顔を逸らしたり、痛みを堪えるように顔を歪ませる者がいる。

 彼らの機嫌を損ねれば生きてはいけない事を幼心ながらに理解していたフィルメリアは、そんな時、ただひたすらに困ってしまう。殴る蹴る等の暴力ならば、身体を丸めて嵐が過ぎるのを待てばいい。

 けれど、この目をされるとどう対処すればいいのか全然分からない。

「おっ、お腹、空いてないかなぁ……?」

 俯きながら問いかけたフィルメリアに「んー?」と首を傾げたヒゲはようやく何か思い当たったのか、フィルメリアに沢山の焼けた肉とスープの入った器を持たせてくれた。

「暴れ坊主にゃそういや何もやってなかったな。持っていってやるといい。……ああ、ちょっと待て。お前そのまま行ったら床を汚しそうだな」

 重い器を両手に不安定に持つフィルメリアのために、ヒゲがいつも水を入れている皮袋にスープを入れる。これで肉の器だけに集中できる。

 お礼を言うと、髭の無い赤ら顔の目元がくしゃりと歪んだ。




 頑丈な鉄格子の向こうに、フィルメリアの探し人はいた。

 焦げたパンのような肌の色に、研いだ剣みたいな薄い色の髪。髪はともかく、そんな肌の色の人はフィルメリアは初めて見た。

「ご飯、もってきたよ」

 声を掛けても、ぴくりと僅かに肩が揺れるだけでそれ以外の反応は無い。いや、フィルメリアの背中にピリリとした緊張が走った。

 怖い。見られてる。

 少年の顔は影になっていてフィルメリアからは見えないが、確かに視線を感じる。それも刺すように鋭いものが。お頭がフィルメリアを殴る時と同じ雰囲気だ。

 今すぐ隠れたくなった衝動を押さえ付ける。がまん、がまん、大丈夫。分厚い鉄格子に遮られている今は、フィルメリアを殴ることなんて出来ないはず。

 膝を曲げ腰を曲げ、隅に頭を抱え蹲るように座りこむだけだ。擦りきれた袖口から覗く両手には、黒色のくすんだ手枷が嵌められている。

「ねぇってばっ、ご飯、いらないの?」

 もう一度、思い切って声をかけたが、やはり反応は無い。

 フィルメリアの周りは大人だけだから、同じ子どもの黒い子は、きっとフィルメリアと仲良くなれると思っていたのに。

 不満を隠さずに頬を膨らませる。蹲る少年には見えやしないが。

 仕方なくお肉を一つ二つと摘まんでから鉄格子の近くに器を置く。お腹が空くとフィルメリアは悲しくなるし、他の大人は怒りっぽくなるからだ。この少年は果たしてどちらかは分からないが、悲しいのは可哀想だし、蹴られたりするのも嫌だ。

 スープの袋は少し悩んでから、お肉と一緒に置いておくことにした。檻に入っていないフィルメリアは、また貰いに行けばいい。

「おいとくよ」

 最後にもう一度、声を掛けても動きはない。

 上階へ戻ろうと階段を上がる途中で、ようやく後ろで何かが動く気配がした。


 次の日に、フィルメリアが牢屋に行けば、先日と同じ場所に同じ格好で蹲る少年がいた。

 少し残念に思ったフィルメリアだが、空の器と袋を見てにんまりと頬を緩めた。食べてる。

 実際に食べる所を見たわけではないが、反応があったことが素直に嬉しい。

 今日はちょっと固いパンを持ってきた。

 そっと様子を伺うと、やはり何処かフィルメリアを警戒する雰囲気が漂っている。けれど、昨日よりは幾分かマシだ。確かな手応えに頷く。

 パンを置いて去ってゆくフィルメリアの後ろでは、また何かが動く気配がした。きっと今頃、少し遅い朝食をとっているに違いない。

 砦の上部に戻れば、大人たちが近くの町に行く準備をしていた。この間の戦利品を売りに行くらしい。近くといっても山を下り、森を抜け、更に数日歩かないといけないらしい。フィルメリアにはとても無理だ。

 時折、砦に食料を売ったり戦利品を買い取りにくる商人が訪れるのだが、どうやらそれまで待てなかったらしい。いつもお土産にフィルメリアに飴玉をくれる商人は、気持ち悪いくらいの猫なで声で喋りかけてくる。甘い飴玉は楽しみの一つだが、フィルメリアはその商人がどうも苦手だ。あの声を聞くと二の腕にむずむずと鳥肌が立ってしまう。

 町に行くのは頭目と、それに乱暴者の赤髪もいる!

 フィルメリアは浮き足立つ。頭目が居なくなると砦の皆が少しだけ優しくなるのだ。それにフィルメリアをいつも殴る赤髪が数日いなくなるなんて、まるで良い夢でも見ているようだ。

 砦を離れて小さくなっていく頭目と赤髪の背中を、胸を弾ませながら見送った。

 それからはフィルメリアの予想通り、砦の皆は少しだけ優しくなった。

 少年に持っていく食事に、固いパンと、もう一つ硬いお肉を持っていっても何も誰も言わなくなった。頭目がいたら、こうはいかない。牢屋に入っている人の食事は、水とパンだけと決まっているのだ。それと毎日顔を出して気が付いたのだが、石の牢屋はとても冷え込む。よし、フィルメリアが寝る時に使う布も持っていこう。

 いつも通りに仕事に励みながら、せっせと牢屋の少年に世話を焼く日が続いた。

「おい、ガキ」

 比較的優しいヒゲだが、実はフィルメリアは少し怖い。ヒゲはよく、父さまに辛く当たっていたいたのを知っているからだ。父さまは、まったく堪えていなかったけれど、フィルメリアには父さまを睨むヒゲがおっかなかっなく思ったことを今でも憶えている。

「牢屋のアイツはどんな感じだ?」

 少し考える。

「毎日、ごはんたべてる」

「そうか。それならタダメシ食った分、そろそろ働いて返して貰おうか」

「!」

「お頭から牢屋の鍵を預かってんだ。頃合い見て出せってよ。今日のお前の仕事は、新入りにちゃんとここの決まりを教えてやることだ、ほらっ」

 投げ渡された鍵を慌てて両手掴む。

 信じられない気持ちで両手をそっと開けば、鍵はフィルメリアの手のひらの中で鈍い光を放つ。

「ガキ同士、仲良くしろよぉー」

 急いでヒゲを見れば広い背中をフィルメリアに向けて、見張り台へ続く階段を登っていった。


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