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第八話:兄弟

夜半、心太の熱は下がらなかった。

乾いた喉が痛んで、心太は目を覚ます。繭が心太の布団の上に倒れ込むような形で眠っている。

心太は幾重にも重ねて自分に掛けられていた布団の一枚を繭に掛けた。

フラフラと立ち上がり、おぼつかない足取りで厨へ行く。

居間の前を通った時、掛け軸の前に置かれた刀が目に入り、心太は居間に足を踏み入れる。

「ごめんね、焔」

あれは衝動的な行為だった。だが、よく考える暇があったとして、やはり心太は焔の腕を掴んだと思うのだ。帰りたいために。高熱はその報いか……。

抜き身の刀は月と星の光に青く輝いている。

乱れ刃のためか、うねる炎がその刀身に宿っている気がする。

見るうちに心太の気は遠のいて行った。



先程までとは打って変わって、心太の足取りはしっかりしていた。

右手には焔を持ち、左手に蝶たちの仕上げた鞘を提げている。

縁側から裸足のまま外に出て、ついと首を廻らせ、庭先の桜に目を留めて口を開く。

「居んのやろ?先にから気配は気付いとる」

桜の影から一人の男が姿を現す。

桜の精霊かと思うほどの神秘的な空気を纏っているが、その空気は春に開花する桜に似つかわしくなく、冷たい。

精悍な造りの中に浮かぶ、その表情と同じ冷たさだ。

「あんたにだけ分かるようにしてたんだ。他の連中に気付かれて追い払われたら困るしね。なのにあんたは、気付いてるはずなのに一向に出て来ない。どうしてかと思ってたら、随分難儀な格好で出て来たね?その人間は何?」

首を傾げる男に、心太は微笑む。

「俺をこの姿に戻した張本人じゃ。責任取って、体貸してもろた」

「そうまでして俺に会いに出て来てくれたんだ?」

「当たり前じゃ。お前と俺はたった二人の兄弟やろ?流」

「そう。俺も会いたかったよ。兄貴」「ああ、待ち侘びた。この、長い兄弟喧嘩を終わらせられる日をな!」

心太の体を借りた焔が刀を一閃させる。

「この手で焔獄丸を振るえる日が来るとは思わんかった!」

言いながら、間合いを詰める。

「静かにしないとみんな起きちゃうよ?」

「ここの人間はただの人間やない。もうとっくに気付いて、起きとるじゃろ」

「見世物じゃないんだ。早く終わらせよう」

「せやったら刀に戻れや流蛇丸」

「強気だね?兄貴…その人間の身がどれだけのことが出来るっとのさ?」

焔はニヤリと口の端を上げた。

「この御仁も只人やないんじゃ」

焔の振るった刀から、縄を燃やしたように長い紐状の炎が出現する。

紐状の炎に縛られて、流が呻いた。

焔の足がふらつく。

「どうしたの?兄貴。随分ふらついてるじゃないか。やっぱりその身じゃ焔獄丸を使うなんて…」

「違う…」

焔は呆然と首を振り、右手の刀を見た。

「この身が俺を使いこなせんのやない。…俺が、この身を使いこなせん」

言って、焔は刀を手放す。

「兄貴?」

「ずっと持っとったら、魂ごと持っていかれる」

「は?」

「そこまでだ」

土を踏む音が近付いて来た。

兄弟がそちらを見ると、鍵屋の女主人が二人を見据えている。

縁側には繭とカイコ。蝶の後ろに蛹が控えている。

「人の家の庭先で、何をやっているんだ?お客人。今何刻だと思っている?」

「すまん。やっぱ起こしてもうたか?ちっさいお嬢ちゃんまで…」

「カイコは私たちの中でも一番魔力が強い。一番に目覚めたさ」

「それは悪いことしたな」

蛹が焔に近付く。

「我々よりも心太さんです。怪我でもしたらどうするんですか?」

言いながら裸足の足に草履を履かせる。

「傷だらけじゃないですか?この足!草履くらい履いてください」

「兄貴はずぼらだからね」

「誰がずぼらじゃ、コラ!」蝶が二人の間に立った。

「ともかく焔、心太から出て行け。話がしたいなら蛹を貸す」

「は?ちょっと、姉さま!?」

蛹が面食らって蝶を見た。

「蛹はお前みたいなのを身に宿しやすい性質だ。こっちの方がお前にとっても快適だと思うぞ?」

「ああ、じゃあお言葉に甘えさしてもらうわ。心太は危険じゃな」

「そいつの本質は奪うことだからな。それにまだ熱も下がっていない。横にならせてやらないと…」

頽れた心太を蝶が支える。同時に蛹が膝を突いた。

「兄貴は?」

「うちの弟の中だ」

蛹がゆっくりと立ち上がる。

「確かに快適やな」

「焔…さん…?」

か細い声は心太のものだった。

「ああ、悪かったな、心太?足痛ぁないか?」

心太は首を振る。

「大丈夫です。すみませんでした」

「お前が謝ることやない」

心太は流を見る。

「この鞘は、彼のために?」

左手に持ったままの鞘を見て、心太は言った。

「ああ」

焔は頷く。

「封印の鞘。鍵屋に転がり込んで何をしていたのかと思えば…。そんなに俺を封じたい?」

「封じたいな」

「その身で何が出来る?」

「少なくともこっちには焔獄丸がある。丸腰のお前と違ってな」

「振るえないさ。その体じゃ」

「その通りだ。何より、人の体で喧嘩をするな」

言って、蝶は心太に近付いた。

「何より鞘は力を失った。心太に持たせたお前が悪い。熱を下げようと、無意識に鞘の封印力を使ったらしいな。心太、具合はどうだ?」

「大、丈夫…」

心太は流を見た。

「焔さんは必死だった。鞘のことも、俺の体を乗っ取った時も、必死で…」

「それだけ必死で俺を封印したいんだよ。兄貴は。それは俺も同じだ。俺たちはお互いが大嫌いだからね」

心太は蝶から離れて、焔獄丸を拾った。

そして流の前に差し出す。

「だったらコレを折れる?」

「なっ!?」焔が目を剥いて心太に掴み掛かろうとするのを蝶が止どめた。

「焔はきっと、あなたを折ることが出来ない」

驚いた様子で刀を見つめる流に、心太は言った。

「何、言ってるの?」

「そうじゃなければ鞘を作る必要なんてない。嫌いだから封印するんじゃない。喧嘩を終わらせたいだけだ」

繭が、眠ってしまったらしいカイコを抱き上げるのを、流は目の端に入れる。

そちらに背を向けていた心太も、それに気付いてそちらを見た。

「この状況で寝れるとは…。確かに大物やな」

焔が溜め息を吐く。

「俺たちはほぼ同時期に、同じ職人に打たれた。対となる属性を宿してな」

「俺らは相容れん。年が近いせいか、属性のせいか、反発ばかりする」

繭がお辞儀をして、カイコを抱えたまま奥に消えるのを見届けて、心太は流を見た。

「だけど、あなたもこれを折れないはずだ」

流が刀に手を伸ばした。

心太は刀を手渡し、流の目を見る。

「…折れるさ!」

流は心太の目を睨むように見返し、刀を振り上げた。

そのまま振り下ろせば、桜の樹の脇にある岩に叩き付けられて刀は折れるはずだった。

止めたのは蛹の手だった。

「兄貴と俺はね、似てるんだよ。反発は年が近いせいでも、反対の属性のせいでもない。似てるからだ」

刀を下ろし、流は蛹を睨み付けた。

「俺を止めたってことは、俺が刀を折ると思ったからだろ?兄貴も俺を、折ることができるんだ!だから俺が兄貴を折るかも知れないと思ったんだろ!?」

「何故?」

蛹が首を傾げる。

「何故だと?だってそうじゃないか!!俺たちはお互いにお互いが憎いんだから!!」

「じゃあ何故、そんな裏切られた様な顔をするんですか?憎み合う相手に手を止められたくらい、腹立ちはしても傷付きはしないでしょう?」

「あ、にき…?」

「焔さんはあなたが刀を手に取ると同時に俺の中から出て行きました。俺は蛹です」

「は?まさか…だって…」

「刀に魂が戻ったのに、気付かなかったのですか?手に持っているのに…。刃の輝きも違うでしょう?」

流は刀を見る。

うねる炎のような乱れ刃の輝きに、見開かれた流の目が映る。

「まぁ俺は、あなたを信じるいわれはありませんし、本当に折られて、焔さんが消えたら鞘の代金が入りませんので止めさせてもらいましたけど」

「……」

「年が近くてもやっぱり兄は兄だな?」

傍観していた蝶がクスリと笑った。

「弟とより若干、人間ができてる。ドングリ程度の差だがな」

「…しん、た?」

刀に注がれていた流の視線が心太を捕らえる。

「兄貴が、なんかあんたに礼言ってる」

「え?」

「あと足、ごめんって。裸足で外出て…」

「あ、いや…」

「数え切れないほどの年月を生きて来たのに、なんだかすごく久しぶりに疲れたな。俺もしばらく眠るよ…」

「刀に戻るのか?」

「うん、あ、そうだ蝶さん、代金は兄貴の財布から好きなだけ取っといてくれってさ」

蝶は笑う。

「夜中に起こされた分も上乗せしとくぞ?」

流も微笑んだ。

「いいんじゃない?」

そして心太に手を差し出す。

「兄貴の力を直接取り込んだんだ、少しくらい封印の力を身に宿しても、抑えられるものじゃないだろ?兄貴の炎を抑えられるのは俺の水だけだ」

「え?」

心太はその手と流の瞳を交互に見る。

「俺を眠らせたら、あんたが俺と兄貴を持っていてよ。旅するなら護身用の武器くらいいるだろう?」

「流…?」

「兄貴は焔獄丸、俺が流蛇丸。よろしく」

「……いいの?」

「何が?」

「あなたが長い時間かけて溜めた力、俺がもらっても…」

「仕方ないだろ?まんまとあんたに力取られた兄貴の尻拭いはしなきゃ。このままじゃあんた、内側から焼けちゃうし、人を傷付けるのは俺も兄貴も本意じゃないしね」

心太は頷き、流の手を取った。

「ありがとう。心太…」

「うん」

「……言っとくけど、俺は兄貴のこと、嫌いなのは嫌いなんだからな!」

言い残して、流は靄の塊に包まれた。

靄が晴れて、宙に浮かぶ一振りの刀に、心太はクスリと微笑む。

「…うん」

そこで、心太は意識を手放した。

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