第七話:刀
ここでは女装で過ごすのをやめたらしい焔と、心太は並んで朝食を摂っていた。
鍵屋のきょうだいたちは二人よりずっと早く目覚めて、食事を済ませ、仕事にかかっているらしい。
心太は仕事の内容を知らない。焔の依頼であることは分かるが、それ以外は聞いていない。部外者であるので当然のことだ。
「心太は何のためにここ来てんはるの??」
焔が漬け物に箸を伸ばしながら問うて来た。
「え?えっと……」
「あ、訳あり?」
「いや、うちの師匠が、ここのきょうだいにお世話になってて…」
「師匠?何の??」
「……生き方?」
「は??」
他愛のない会話が途切れたのを見計らったように障子が開いた。
「お食事中に失礼致します。焔さん、ご要望の鍵が仕上がりました。お食事が済みましたら確認をお願い致します」
畏まった繭が言う。後ろに蛹も控えている。
焔の顔付きが変わった。
「すぐ見せてくれ。食事はもう済んだ!ごちそーさん」
焦れた様に立ち上がり、繭と蛹の脇をすり抜けようとした焔の手を、心太は思わず取った。
食事がまだ残っているからとか、そういう理由ではなく、何か、焔の手が目に入った途端にそうしたくなって、掴んだのだ。
途端に焔は立ち眩んだようによろける。心太はハッとして手を放そうとしたが、動揺のためか、それとも繋いだ手から流れ込む巨大な力のためか、思考と体がうまく連動しない。
「心…太…?」
「あ、つい……」
蛹が立ち上がり、二人に近付いた。
「心太さん、手を放してください!これ以上は…。繭、姉さまを呼んできて!!」
「う…」
心太が気を失って、後ろに倒れる。蛹が慌てて支えた。
意識のない心太の前には、一振りの刀が浮かんでいた。
「心太の求めていた力は焔のものだったか」
繭に連れられて現れた蝶が、刀を手に取る。
「ちょうちょ姉さま、ほむらは?」
「人の姿を保つ力を失っただけだ。魂は宿っているから、力を溜めればまた人の姿もとれるだろう」
「姉さま、しかし心太さんが……」
蛹が頽れた心太を支えたまま、堅い声で姉を見上げる。
「どうした!?」
「焔の力は、今の心太さんには少し大きすぎたのかも知れません。熱が上がってきています」
「なんだと?」
蝶は心太の額に触れた。
「繭、客間に布団を敷け!蛹、心太を運んでくれ。私は水を汲んで来る。カイコは手拭いを出しといてくれ」
蝶の指示に従い、それぞれが行動を始める。
刀は、抜き身のまま居間に放置された。
風が吹いた。湿り気を帯びた、冷たい風だ。
「ここにいるのか……」
精悍な造りに無表情を張り付けた、冷たい印象の男が佇んでいた。
「…兄貴…」
男は切なく呟いた。