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第三話:二人

荷馬車に揺られている間中、心太は耳を塞いでいた。

「心太…?」

小姫にそっと肩に触れられてビクリと顔を上げる。心配そうな小姫の顔にホッと息を吐いた。

ずっと、声が聞こえるのだ。荷馬車を走らせる老夫婦の話し声と重なって、老夫婦の心の声が聞こえる。

老人や子どもは意識と行動に差が少ない。

だから最初は気付かなかった。

だが、自分の意思とは違う心が自分の脳に入り込んで来ているのを感じる。それが老夫婦の心だということはすぐわかったが、突然の異変に戸惑う。

「心太、大丈夫?」

「あ、ああ…」

小姫の心は聞こえない。

心太は小姫の手をとって、少し力を込めた。

「大丈夫だよ」

微笑んでみせても、小姫の顔から不安は消えなかった。


小姫は不安だった。心太がまるで、今までの自分のようだ。何かに怯えて耳を両手で覆っている。

「大丈夫だよ」

なおも不安げな小姫に心太がもう一度言った。

荷馬車は千里の町を通りすぎて、更にその先の町に行くらしい。

「兄さん、調子が悪いのかい?」

老婆が問うて来る。

心太は老婆の方を向いて微笑んだ。

「…いえ」

「しっかりしなよ?お姫さまに心配させちゃって…」

老夫婦は心太と小姫を、どこかのお姫さまと護衛か、もしくは駆け落ち中の身分差カップルと思っているらしい。

「言ってた町までもうすぐだから、辛抱しなよ?」老爺が言い、馬を急がせる。

「あとどれくらいですか?」

「さぁ、日暮れまでには着くよ」

老婆が太陽の高さを確かめて言う。

「そこの荷を枕にしていいから、横になってな」

「すみません…」

太陽は、調度真上にあった。

そういえば、随分前に自分が持って来た干し芋を食べたきり、小姫も自分も何も食べていないことに気付く。

「町が見えてきたよ」

老婆が教えてくれて、小姫が老婆の指差す方を見る。

「手前で下ろしてください。知り合いの家が町の外れにあるんで」

心太は一刻も早く荷馬車を降りたかった。



心太は荷馬車を降り、小姫が降りるのを助けてから、財布を取り出す。

「本当にありがとうございました」

言って小銭を差し出すと、そんなのはいいから早く知り合いの家で休ませてもらうか、医者にかかれと言われた。

心太は苦笑して礼を言い、老夫婦の荷馬車は町へ入る。

手を振って見送る小姫の手を率き、心太は千里の家へ向かう。

「こっちだよ」

「心太…」

「すぐそこだよ。お腹空いただろ?」

小姫は自分のお腹を押さえてみた。何故かお腹が空いた気はしないのだが、心太が早く帰りたそうだったから頷いた。

「早く行こう」

言うと、心太は微笑んだ。



「帰ったか?早かったな」

「そんなに遠くなかったから。…迷ったけど」

千里は笑った。

「機嫌が悪いな?」

「どういうことだ?これは…」

心太が千里を睨む。

「口が悪いぞ、心太。お姫さんが怯えてる」

心太はハッとして小姫を見、口を噤む。

「あたしはお姫さんを元の世界に帰してやれと言ったのに…」

千里は溜め息を吐く。

「嫌です!元の世界は…」

小姫が急に声を上げた。

「…小姫?」

心太が首を傾げる。

千里は微笑んだ。

「大丈夫だよ、小姫さん。お前の重荷は、これからはこの心太が負う」

小姫が心太を見る。心太は千里を見た。

「何を…」

千里も心太を見ていた。

「聞こえるんだろ?…人の心が」

心太以上に小姫が驚く。

「心太は小姫さんの厄介な能力を吸い取った。心太が元の世界に戻るためには、力を手に入れなきゃいけないんだ。自分でこちらの世界に来るほどの小姫の力」

「…」

「心を読む力はその副作用さ」

「それで、帰れるのか?」

千里は首を振る。

「お前をこちらに送ったものを凌ぐ力が必要だ」

心太は少し考えて、言う。

「俺をこっちに送ったのはたぶん、山一面に咲く、満開の山桜…」

「…ほう?」

「山桜が満開になるころにたまにあるんだ。神隠し」

「心太…」

小姫が着物の裾を握り締めて心太を見る。

小姫は知っている。人の心を読む力の忌まわしさ。

「ごめんなさい…」

「あの時の静電気、そういうことだったのか」

心太は手を見る。

その手を小姫の手と繋いだのだ。

「謝ることはないさ」

千里が言った。

「心太は大きな力を手に入れたんだ」

「でも…」

「小姫は気にしなくていいよ」

心太が小姫を見ずに言い、それからゆっくりと小姫の目を見る。

「だから早く、自分の世界に帰りな」

突き放す言葉に小姫は傷付いた目をした。

「小姫、お前がいると、この世界のバランスが崩れる」

千里が小姫の肩を叩く。

「お前の重荷はもうこの肩にはない。帰れるはずだ」

小姫は自分の体が薄くなるのに気付く。

「…な、何?」

自分の体を透かして向こう側が見える。

「さよなら、小姫」

心太は背を向けて言い、家の中へ入ってしまう。

小姫の姿が消えるのを未届けてから千里が家へ入る。

「帰ったよ」

「そうですか」

「わざとらしく冷たくしやがって。あの子、傷付いていたよ」

心太は笑う。

「あの子、この力のせいであんなに痩せるまで悩んできたんだ。だからこれからちゃんと、しあわせになれる」

「そんなこと言って、さみしいだろ?」

千里がからかった。

「さみしいだけじゃないですよ」

心太は俯いた。

「ん?」

「俺だけ帰れない。取り残された気分だ。わざと冷たくしたわけじゃないんだ。あの子は帰れるって思うと、うらやましかった」

心太の言葉に、千里は目を閉じる。

「…」

「悔しかった」

心太の頭を、千里は撫でる。

「…だけど」

「…」

「さみしいだろ?」

「…うん」

心太は泣きそうに笑った。



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