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第二話:小姫

小姫は怯えていた。

どこにいても、何をしていても、声が聞こえる。

聞きたくもない、人の心。

人の思考を読む力は生まれた時から持っていた。

ただ言葉を覚えるまでは、それはただの雑音に過ぎなかった。

だけど言葉を覚えていくにつれ、人の心の恐ろしさを見せつけられた。

結果、小姫は言葉を覚えるのをやめた。

喋らなくなった。

一言も喋れなくなった小姫を心配し、憤る両親の心。疎んじるきょうだいたちの心。気味悪がる家人や親戚たちの心。嘲笑う他の子どもたちの…。

小姫は屋敷を逃げ出し、走って、気付いたら何も聞こえなくなっていた。

ホッとして少し眠り、目が覚めたら一人きりの不安に気付いた。

「母さま…」

何年ぶりかわからない自分の声は力なく響いた。


「迷った…」

心太は途方に暮れた。

千里にほとんど何も説明を受けないまま放り出され、勘を頼りに歩いてきた。だが、彼はこの世界の面積がどの程度なのかも分かっていない。

「こういう時は動かない方がいいのか?」

鬱蒼と茂る草木が方向感覚を奪う理由だ。心太はしばらく考えて、ダメだ、と首を振る。

動かない方がいいのは助けがくる者の場合だ。千里はぜったい助けに来てくれない気がする。心太は気を取り直して歩き出した。

立ち止まったらそこで死ぬだけだ、とまで自分を追い詰め、道なき道を勘で歩いていく。

ガサッと音を発てて木を掻き分けると開けた場所に出た。太陽の光が上空を屋根のように覆う木の葉に透けて、苔むした地面に斑点を描く。

そこに少女はいた。大きな木の幹に背中を預けて座り、目を閉じて、眠っているのか、それとも死んでいるのかもしれない。ここは時間が流れない神聖な場所で、少女もここで時間を止めたのだ。

ここには人にそうさせる力がある。きれいで、きれいで、死んでしまいたくなるほどきれいで。この空間と一体になれるなら、本当に何もいらないと思わせる。

心太は少女に近寄った。

細く痩せて、上等の着物を着ている。幸せな表情なのに、不幸そうな影が薄い瞼に映ってる。

幼い顔は青白く、幼い少女とは思えないほど憔悴しきった様子で、儚げだ。

胸が上下に動き、少女が寝ているだけだと気付く。

途端に周囲は現実味を取り戻した。

心太は慌てて少女に声をかける。

ここは美しいが神聖な場所などではない。

少女の幼い顔は青白く、幼い少女とは思えないほど憔悴しきって、その様子はもう具合が悪そうにしか見えない。

細く、いかにも病弱そうに見えた。

「ちょっと!大丈夫!?」

少女の頬をペチペチと叩く。

少女がそっと目を開け、小さく悲鳴を上げた。

「怪しい者じゃないよ!この世界の世話役の人の遣いなんだ」

「…え?」

「君が神隠しにあったお姫さまなんだろ?」

「かみ、かくし…?」

少女は首を傾げる。

「ここは君の世界じゃないんだ」

少女はハッとして心太を見た。


小姫は驚いて目の前の少年を見る。

少年の歳は小姫の下の兄と同じくらいだ。

粗末な服を着ていて、それほど身分は高くないと見える。

しかしそんなことは問題でない。

小姫には目の前の少年の心が読めなかった。

「俺は心太。君は?」

「…姫」

「ひめ?それ名前?」

心太が首を傾げる。小姫は首を振った。

「名はない。三番目の姫だから、皆、小姫と呼ぶ」

「こひめ?…小姫さんね。」

久しぶりに喋るのに自分は随分饒舌だ。小姫は自分で自分に首を傾げる。

「よろしく、小姫さん」

心太の差し出す手を、小姫は見る。

おずおずと手をとると、突然、雷に打たれたような衝撃が走る。

「ぅわっ…」

心太がうずくまった。

小姫はびっくりして、心太を見る。

「心太…?どうしたの?」

「な…なんでも…。静電気かな?」

言って心太は笑った。


小姫の手を握った途端、体中を電気が走ったような感覚があった。心太は小姫に笑いかける。

「千里さんの所に行けば元の世界に戻れるよ。少し遠いけど、歩ける?」

問うと小姫は首を傾げた。

心太は服の上からでもわかる、どう見ても不健康に痩せた小姫の体を見る。

「歩けるとこまで歩こうか」

不安げに頷く小姫の頭を撫でて、心太は妹を思い出す。

同じくらいの年頃だ。

「どうしてもつらくなったらおぶってやる」

「…うん」


距離や体力など問題ではなかった。

初めて会った、自分の忌まわしい力が及ばない人間。心がわからないことはとても不安で恐ろしく、そしてとても楽しい。

彼と離れたくなかった。

歩き出した心太について、小姫は小走りに歩く。

その様子を見て少し笑い、心太は小姫の歩みに合わせてペースを下げる。

小姫は手を繋いでほしかったが、先ほどの電流を思い出して、手を彷徨わせる。

するとその手を心太がとった。

「…ぇ?」

「あ、今度は静電気なかったね」

言って、心太は小姫に笑いかける。

「はぐれたら困るからね?」

心太の笑顔に、小姫も少し笑った。



空を仰いで、空気の匂いを嗅ぐように心太の気配を探る。

「…あぁ、やはりか…」

千里は呟いた。

心太の気配に重なるもう一つの気配。それはもう心太の中に融け込んでいた。

千里は苦しげに眉を寄せて目を閉じる。

心太の名を呼ぼうとして、やめた。

呼ぶことに意味はない。

ここで呼んでも心太には届かない。

そして呼ばなくても、心太は自分で帰って来るだろう。

自分の進むべき道もやるべきことも、自然とあの少年に引き寄せられる。

ただし彼のやるべきことは面倒事が多いので、その性質は厄介な性質とも言える。だが彼を今の状況から助ける性質だ。


心太はキョロキョロと辺りを見渡す。

「迷った?」

「うーん、実は君に会うまでも迷いながら歩いてたんだよ」

言い、心太は右の道を選ぶ。

「たぶんこっち。小姫、疲れない?」

小姫は首を横に振った。そして行く先を指差す。

「人…」

心太は小姫の指の延長線上を見る。

「本当だ」

舗装されない道を、荷馬車がこちらに向かってくる。

「乗せてくれるかな?」

心太が言うと、小姫は心太の手を握り直した。

「行こ…」

小姫は荷馬車を見つめて言ったが、心太以外の人間と会うのは、少し恐ろしくもあった。



e

前話は中途半端に終わって、長期放置してしまいました。その結果、続きを書こうにも何を書くつもりだったのか忘れてしまったという最悪な状態に…

今回も中途半端に終わりましたが、次はちゃんと近い内に続き書きたいです。




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