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銀色の髪に紫の瞳は王子との血の繋がりを感じさせる。
しかし、その色彩以外は特に似ているとは思わない。
そんな顔の女性だった。
美人な王子の母親というにはあまりに違い過ぎている。
というか父親なんじゃないかと思った。
「アリーシャ・R・シルヴァンティアだ」
凛々しい。
かっこいい。
女王だとアキラが教えてくれていなければ、決して気が付くことはなかっただろう。
オレと女王どちらが女性らしいかと問われれば、間違いなくオレだ。
彼女が女性ならば、オレが女性でないはずがない。
王子とライナーさん、ほか国の兵たちがオレを女性と勘違いした理由が女王なのかも知れないと思う程、彼女は男性的だった。
微笑みを浮かべる女王だが、その目つきは元来鋭く厳しいものだと推察できる。
だからこそ、その笑顔がまぶしいのだ。
まぁ、二人が入室するときにちらっと見ただけなんだけれど。
顔を上げていいのかも分からずライナーさんに言われた通り、跪いて頭を垂れていた。
「二人とも、顔を上げてくれないか?」
「キオから聞いている。愚息が大変迷惑をかけたようで申し訳ない」
似ていないと思ったが、並んでいるのを見ると親子だな、と思った。
笑顔、というか笑い方がそっくりだった。
思ったよりも謁見の間というのは広いのだが、玉座まで続く赤い絨毯の上でもかなり近くまで連れて行かれた。
先導してくれたのがライナーさんなので、この位置で失礼ではないのだろうが、近すぎるのではないかと思う。
「いえ、偶然通りかかっただけでしたし・・・」
「それでも、二人が居なければオレの生はあそこで終わっていたかも知れない」
すぐにライナーさんが来たから、間に合っていたんじゃないかと思わないでもないが、助けに入ったことは確かなので否定もできない。
というか、女王陛下相手に何度も口をきこうとは思えない。
何か間違ったことを言えば殺されたりしそうで怖い。
「コークスの森でも驚かせてしまったし」
「何?二度も世話をかけたのか?」
女王が王子を睨んでいるがそんなことは気にもならないようで、こちらを見下ろす王子の顔は笑っていた。
「探索の兵がアキラ殿をロザリーと間違え、シュリ殿がそのかどわかしの犯人だと思い込んで襲いかかったのです」
「なんでそれを先に言わんか!?」
普通の母親らしく、息子を叱りつけると頭をはたいていた。
それにはさすがの王子も頭を押さえ顔を顰めていたが。
「すまなかった。我が国の兵が貴殿らに危害を加えておったとは」
「少し追いかけられただけです。その際にはわたくしどもの方が王子にお助けいただきました」
「オレは君たちを追いかけて誤解を解いただけだよ。君たちなら、簡単に逃げられただろう?」
あの時はまだ魔法を使っていなかったので簡単ではなかったかも知れないが、逃げることは可能だったろう。
王子が追って来なければそうなっていたはずだ。
「そうと分かれば余計に何か礼をせねばなるまい」
「そのお言葉で十分でございます」
最早口をきくのは全てアキラに任せ、オレは女王の容姿を失礼にならない程度に見ていた。
が、しかし。
その視界の中で、王子がじっとこちらを見ているのだ。
微笑みをたたえた貴公子の顔で、誰の目にも美しく賢い少女であるアキラではなく、先程から女王とアキラの会話を聞いているだけのオレを。
いきなり女王から視線を逸らすのも不自然かと思い、王子の視線には気づかないふりをして、今は女王の靴の飾りを興味深げに見ているフリをしている。
あの視線が気になって、ただ眺めているだけになっているのだが。
女性だった時にこんな風に熱のこもった視線を向けられたことがないので何とも言えないが、とても同性に向ける目ではない気がする。
振り返ってライナーさんに助けをもとめたいが、女王の手前それが許されるのかも分からないのでただひたすらに気づかないふりを続けていた。
「そうだ。二人は魔導師だったな。魔道書を用意させよう」
アキラでも辞退しきれなかった礼の品は魔道書2冊。
第7章『フィオレスト』と第8章『グレスガイア』。
「本当にもらっていいんでしょうか?」
「国王からのご好意ですから。それに、市場にはほとんど出回らない貴重品ですし」
それは知っていた。
第6章以降は国のお抱え魔導師に回り、市場にはほとんど下りてこないのが現状だ。
「ペンをご用意いたしますね」
「ありがとうございます」
魔道書には署名して所有の証をたてなければならない。
質素なメイド服の女性がペンとインクを用意してくれたが、2冊ともアキラに渡した。
「国王は多分お二人に1冊ずつのおつもりでお渡ししたと思うのですが・・・」
「ですよね。でもオレ、2冊とも持ってるんです・・・」
「・・・」
ライナーさんには呆れられたが、そんなこと女王の前で言えるわけがない。
「いえ、でも本当にありがたいので、陛下には言わないでくださいね」
「そりゃ言いませんけど・・・こんなものよく持ってましたね」
ライナーさんも魔導師だ。
王子の騎士だという話だが、オレが想像しているような剣と鎧とお馬さんの騎士ではなく、魔法で王子を守っていらっしゃるらしい。
「ええ、まぁ」
「わたくしはまだ第1章しか持っておりませんし、とても嬉しいです」
心底嬉しそうなアキラに、ライナーさんはつられて笑っていた。
魔法が使えるようになったアキラは、この世界に来てから本当に喜んでいた。
使える魔法が増えるのは、更に嬉しいことだろう。
「そういえば、お二人はどのような理由で王都へ?」
今まで聞かれなかったから答えなかったが、旅人の旅の理由というのは意外と聞かれないものなのかも知れない。
理由なんてないのが普通らしい。
アキラはとても旅に向いているようには見えないだろうから、気になるんじゃないかと思ったのに、実際尋ねられることはあまりないのだ。
「どこか定住できるところを探しております。要するに家と職探しです」
「こちらでもお探しいたしますが?」
「いえ、自分たちで見て決めたいんです。それにお礼はもういただきましたし、そこまでしていただくと、なんだかそのために王子様を助けたみたいじゃないですか?」
ライナーさんと話すことに慣れてきてしまったオレは、ついうっかり言わなくてもいいことを言ってしまった。
これでは押し付けがましいと言ったようなものだ。
言ってから口をふさぐと、ライナーさんは嫌な顔もせずに笑ってくれたのでよかったが。
「すみません。今の絶対陛下たちに言わないでくださいね」
「分かってますよ」
最初の印象に比べると、ライナーさんはかなり優しい人らしい。
というか、今まで会った人の中で一番話しやすい。
今は同性だが精神的には異性だし、本来ならば苦手な顔がいい人だ。
王子程きらびやかな美形ではないが、ライナーさんも洋画にだって出てこないような美形男子だ。
「シュリは思ったことをすぐに口に出し過ぎですわ」
アキラに向ける笑顔も爽やかでかっこいい。
アキラに向けてる笑顔の話だ。