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川を渡る所を襲われたらしい。
昨夜の内から目的地にたどり着くためには渡らなければならない川があることは分かっていた。
その場所も決めていた。
川幅が細くて浅い場所だ。
しかし、目前の一団はそこで襲われていた。
「アキラ、しっかりつかまっててよ」
「分かってる」
これから自分たちがその場所を通るというところだ。
見ないフリはできない。
「『グランドグラン』」
左手で手綱とアキラを支え、右手に魔道書を出現させた。
馬で川岸まで近づいて、見下ろす形で確認する。
その間に既に目的のページは開いておいた。
「九本の光の矢『シャイニーアロー』」
本を頭上に掲げ、詠唱と共に振りおろした。
ホーミングの付いた光の矢は狙い通りに九人の体を貫いた。
九人がかりで襲っていたのはたったの三人。
「君たちは」
助けてから気が付いた、川の中で馬から落ちていたのはいつかの気障な青年だった。
あのときは気が付かなかったが、あの作法はこの世界でも一般的ではなかったのだった。
「お久しぶりです」
川まで下りて襲われていた三人の元まで近づいた。
「怪我はありませんか?」
「ああ・・・君たちは魔道師だったのか」
否定はしないが肯定もできない。
アキラは自ら馬を降りて川に倒れた彼の黒馬を看ている。
「『ラーナーリン』」
アキラに買い与えた魔道書は初級の回復術の魔道書だ。
馬に回復術を施したアキラがこちらに戻ってきたので引き上げようとしたら、青年がアキラを抱き上げて私の前に乗せてくれた。
「二度も助けられたな。本当にありがとう」
「いえ、お怪我がないなら良かったです」
今の魔法で怪我なんて負わせたら元も子もない。
「そちらの方は・・・」
「先日コークスの南の森で少女二人を追い回したことがあったろう」
「まさかそのお二人が・・・」
そのはずなのだが、あの時はもっと人数が居たはずだ。
「先日は失礼した。今回の事も含めて礼がしたいのだが、名を教えてはもらえないだろうか?」
どうやら青年は偉い人らしかった。
年上らしい従者が居ることから、貴族か何かだろう。
ここで名乗らないのもおかしいし、名乗って困ることもない。
「私はシュリ、こちらは双子の妹のアキラです」
「私はファルキオ・F・シルヴァンティアだ」
そうですかぁ、なんて相槌を打ちかけたが、腕の中のアキラの様子がおかしい。
焦ったようにこちらを見上げて挙動不審に青年と私を交互に見つめている。
「こ、この人・・・」
「え?」
「殿下!?ご無事ですか!?」
王都のある方角から現れたのは馬ではない謎の生き物に乗った、これもまた目の保養になる美青年だった。
足もとに雲を纏った馬と竜のキメラみたいな生き物から飛び降りると、濡れるのも厭わずに青年の足元にひざまずく。
元から居た二人も彼に倣い頭をたれる。
あんまりな光景にどうしたらいいのか分からなかったが、アキラが衝撃的なことを言ってくれた。
「王子様だ、この人」
それっぽいなぁ、とは思っていたが、それが真実だと聞かされるとクラッときた。
「危ない!」
それを律儀に支えてくれちゃう王子様。
アップで見ても綺麗な顔だった。
生き物じゃないみたい。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です・・・」
この世界に来て2日目で既に王子と遭遇していたということだ。
しかも今回はそんな王子の命を救ってしまったような気がする。
「そちらの方々は?」
「私の命の恩人だ。礼を尽くしてもてなしてくれ」
そんなこと頼んでないのに。
「かしこまりました」
そう言った青年の目がこちらに向いたが、その目に感情らしいものはなかった。