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幼馴染と言っても、赤ちゃんの頃から兄弟の様に育ったとかいうわけではない。
ただ近所に住んでいて、幼い頃は確かによく一緒になって遊んだが、それもせいぜい中学生まで。
高校に上がり学校が分かれてからは、会えば笑って話すが、積極的に休日を共に過ごすような友人ではなくなっていた。
そんな幼馴染の部屋に上がったのは三年ぶりくらいだったろうか。
そうして気づいた時にはここに居た。
見たことが無いほど自然な自然。
清らかな水をたたえる湖。
草木も花ものびのびとしていて空気がきれいだった。
「はは、体中いてぇな」
「アキラ目腫れてる」
こんな地面で直接眠ってしまえばそうなるに決まっていた。
泣いたまま、顔も洗わなかったアキラの顔もひどかったが、私も同じようなものだった。
顔を洗おうと覗き込んだ水面にはそんな顔の美少年が映りこんでいた。
「・・・とりあえず歩くか」
「そうだね」
湖の周りを囲んでいるのは多くの木々。
森の中の湖と言ったところだろう。
その湖につながる道は二本あった。
私たちは、二本の内自分たちに近い方の道を歩き出した。
どちらでもよかったのだ。
目的なんて生きることだけしかないのだから。
どれだけ歩いたのか、太陽が真上に来た頃に、森の空気が一変した。
「アキラ!」
「どうした!?」
小柄になってしまったアキラを肩に軽々担ぎ上げて走り出す。
嫌な視線を感じた。
こうしなければいけないと思ったのだ。
「シュリ! 後ろ!」
「分かってる」
強盗かもしれない。
先回りされているかとも思ったが、それでも走った結果、その先回りさえかわすことができた。
逃げ切れるかと思ったとき、背後から聞こえてきたのは馬の蹄の音だった。
「なっ! なんなんだよ!」
どこの牧場から逃げてきたのかと思うような生き物だが、その上には人が乗っていた。
「待ちなさい! 君、もう大丈夫だから!」
前に回りこまれ、森の中に逃げ込もうとしたところ、黒馬に乗っているのが先ほどの連中とは違うことに気が付いた。
「シュリ、逃げなくていいのかよ」
「・・・この人は大丈夫」
この状況で受け入れるのは残念だが、やはり私たちの現状はおかしい。
私たちの容姿についてもそうだが、目の前の男性もそう。
アキラと同じプラチナブロンドに、薄紫の水晶のような瞳。
神様が手ずから作り出した芸術品のような造形だというところもアキラと同じだ。
「怪我はないか?」
男になった私よりも背が高くてかっこいい。
王子様のような人だ。
少し頼りなさそうなところがむしろいい。
なんて考えはおくびにも出さず、女になったアキラを背後にかばいながら青年に対峙する。
「驚かせてすまない。部下がそちらの御嬢さんを探し人と間違えたようで」
私に対して話している青年は、馬を下りると申し訳なさそうに膝をついて私の手を取った。
「こんなか弱い女性を追い回すなんて、申し訳ないことをした」
そして最終的にはやるんじゃないかと思ったが、人の手の甲に唇を押し付けた。
こんな風習、日本どころか外国にだって今時ないだろう。
やはりここは違うんじゃないだろうか。
「なっ、なっ・・・!!」
口づけられた本人よりも、背後に隠していたアキラの方が焦りだして訳の分からないことを口走り始めている。
「すみません、これでもオレ男なんです」
よく考えてみればそうだと思いつき、言ってみると青年は目を丸くしていた。
こちらも最初は驚いたが、一回尿意をもよおしてしまえばどうしようもない。
アキラにやり方なんか聞きながら、どうにかこうにかし終えたのだ。
大変だったが、あれさえ乗り越えればもう怖いものはない。
これでも私はもう男なのだから。
「・・・」
「それでは、先を急ぎますので、失礼します」
呆ける青年をそのままにして、私はアキラとその場を離れた。
「・・・何だ、今の」
「思ったんだけどさ」
人前でもないし、間違っても手なんか繋いでいないが、先ほどのことがあってアキラの服の裾を放すことはできなかった。
その状態で森の中の道を進む。
「ここ、異世界ってやつじゃない?」
「パラレルワールドとかか?」
「タイムスリップよりは近そうだと思って」
フィクションのファンタジーなお話の中の出来事でしか知らない。
現実に起こりうるなんて誰も思っちゃいない。
だけどここには知らない自分が居て、知らない文化があった。
「さっきの人もなんか王子様みたいだったし、黒いけど馬乗ってたし、剣まで持ってたし」
「・・・ああいうのが理想?」
「ここが異世界なら許すけど」
現実あの格好で現れたらもちろん引く。
それは自分たちでも同じだろうが。