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さん

彼―――ダウス――の怪我は、時間が治療してくれた。

パトラは包帯を替えたりなんだりしたものの、一日経つ毎に僅かながら勝手に、しかし確実に治癒していくのだから見事な回復力である。手当てする甲斐がある。


「素晴らしい回復力ね。戦場に立つ人は皆こうなのかしら?」

新しい包帯をぐるぐると巻きつけながらパトラが呟くと――――彼は自身で出来る所は自ら包帯を巻くが、よれよれになったり手の届かない部位もあるので彼女がやることになったのである―――――彼は俯いていた顔をあげ、僅かに笑いながら答えた。

その時の光景だけを第三者が見れば、平和で穏やかな恋人同士だとでも思っただろう。それ程までに和んでいた。尤も、一方の怪我の原因は平和とはかけ離れており、二人は恋人同士でもなかったのだが。

「まあ、慣れもあるかもしれないが・・・、毎日貴女が栄養のついた三食と、清潔な環境を保ってくれているお陰だろう。治療所でも開いたら、大儲けするかもしれないぞ?」

軽口を叩く程度に親しくなった二人だが、ダウスが冗談を言うのは余りなく、パトラは珍しいと思いながらも、冗談に答えて、「そうね、一気に忙しくなって、貴方まで手が回らなくなるかもしれないわね」。

そして終わったという合図ばかりに新しい包帯を巻いた背中をぱん、と叩いた。

痛みで彼は苦虫を噛み潰していたが。



一週間は寝たきり・・・いや、途中に体力が余っていたのか扉を直してくれたり、床の古い板を取り替えていてくれたこともあったが、基本的に寝たきりで安静だった彼も、二週目になると怪我もある程度回復して退屈らしく、よく家の中を動き回っていた。

ただし彼は外に出られないしこの元祖母の家は大して広くない。

ある部屋は祖母の部屋とパトラ自身の部屋、居間とそれから小さい地下の食物庫位である。食物庫は部屋と言わないかもしれないが、寂しいので数に数えておこう。

パトラの部屋へ入るのを彼女が許すはずもなく、彼が歩き回れるのは事実居間と祖母の部屋のみであった。

篭りきりというのは外で活発に活動していた(だろう)彼にとって、ストレスになるだろうと分かっていたパトラも、どうする事も出来ないので黙っていた。

現政府軍に捕まりにいくというのなら、別だが。



包帯を巻き終わった後、午後になって外は雨が降り始め、パトラは買い物を断念して本を読むことにした。

祖母の部屋にある本は大量で、未だにパトラは全て読破出来ていない。

本をそんなに一気に買える程祖母が裕福ではなかった事を彼女は知っていて、だからこそ大量の本たちは祖母が長い年月を掛けて少しずつ、少しずつ集めてきたものだと容易に想像出来た。

頭の良い人で、文字を好む人だったのだ、祖母は。


「どれにしようかしら。」

彼の仮部屋である祖母の部屋へ入ると、居間に居た彼が興味を示したのか続いて後から入って来た。

「リリィ、君はここの本を全て読んだのか?」

10巻程あるシリーズ作を手に取り、パラパラと数ページ眺める。前に一巻は読んだことがあるから、次読むなら二巻からだ。

「ううん、全部祖母のよ。私の本は―――ほら、そこの段の下にある数冊の絵本だけね。小さい頃に買って貰ったのよ。」

「前から思っていたが、凄い量だな。」

「そうね。若い頃から少しずつためていたらしいわ。貴方も、いつも剣の手入ればかりしていて、暇でしょう。読む?」

パトラの見た彼の様子からは、余り本が好きというようには見えなかった。興味が薄い、と言った方が正しいかもしれない。彼女はそれが分かっていてわざと聞いた。

しかし、「そうだな」と答えは予想に外れてイエスだったので彼女は内心で僅かに驚きながら何が良いか聞いた。

「教典や騎士団の心得本などしか読んだことがないから、よく分からない。おすすめは?」

「うーん、私も全部読んでいないから、読んだことあるやつしか分からないけれど、これは有名よ。

『天はお前を見守り、私はお前の味方で在り続けるだろう。血が尽きようとも、駆けて行け。』、


地方デュッセオの子である主人公のガルシアはね、ただの馬乗りだったんだけど、ある日道に突然出てきた子供に馬が驚いて、慌てて落ち着かせようとするんだけど間に合わなくて、子供を蹴り殺しちゃうのよね。その子が実はお忍びで田舎の美しい街デュッセオに遊びに来ていたアルバン公爵の息子さんで、護衛の人から逃げ出して走りだしてた時に出くわしちゃったみたいで、怒り狂った公爵さんは皇帝とも仲良しだったから、進言したらあっという間に指名手配されちゃって。勿論、ガルシアも悪いんだけど、馬の前に出てきたのは公爵の息子の方だったから、一般的な非は息子の方にあるのね。でも、なんせ公爵でしょう? 普通の子供だったらさっさと解決したんだけど、アルバン公爵は息子を溺愛してたからガルシアが悪い、ってなっちゃて、処刑の道に真っ逆さまでねー。

ガルシアの家族と親友は逃げろ、って言うのよ。ガルシアも生きて逃げていく事を決めて、愛する街デュッセオを離れるっていう時に親友がガルシアに言った言葉なの! 感動するわよ!

それからの人生も波乱万丈で、『国一番の馬乗りは指名手配されたガルシア』って言われるようになるの、凄いわよね? ガルシアは親友の言葉を心の支えにして、」


「リリィ、分かった、分かったから、ちょっと待て。そのままだと私は読む前にその本の内容を全部知ってしまう。」

彼からしてみればそこまで饒舌に話す彼女を見たことがなく、新鮮で面白かったのだがいつまでも終わる気配の無い内容紹介に声を上げたのだ。

一方、頬を紅潮させて身を乗り出していたパトラは正気に戻り、今度は耳と顔を真っ赤にさせた。

ああ、はしたない。

我を忘れて話し続けるとは、淑女として如何なものか。――――淑女として。

そこはパトラにとって譲れない所である。

しかし楽しかったのも事実だ。今はもう、本の内容を共に語れる祖母も居ないのだから。


「しかし、その言葉は聞いた事があるぞ。私でも知っているのだから、本当に有名なのだろうな。」

「えぇ・・・ええ。内容とその台詞を言った場面もとても印象的で、でも親友――――ヴァースというのだけれど――――の、思いが何よりも―――――、」

再度続きそうな気配にダウスはまた声を掛けて止めさせた。

もう一度彼女の顔が赤くなり、今度は本で顔を隠した。

そこでダウスは口を開く。

「私は読むよりも話を聞くほうが性に合いそうだ。もし良かったら、本の内容の話をしてくれないか。

もし、良かったらだが。」

それは、読む代わりに私が口で紹介する、という事だろうか。

一瞬呆けたパトラだが、その直ぐ後に目を輝かせた。誰よりも魅力をそのままに面白く紹介出来る自信があったからだ。

「喜んで!」


雨の日は、こうして、居間の椅子の上に二人が座り、横にお茶が置かれて過ぎていった。


自分の好きなものの話を好きなだけする時のパトラは美しかった。

身体全体が生き生きとして、目は輝き、頬は紅潮し、笑顔は弾けるようだった。


話をする機会が失われていた分、今までの我慢して閉じていた蓋を開けるように、

それは今までよりも倍以上に美しく、輝いて。


普段は落ち着いている彼女が歳相応に娘らしくなる時だった。


彼女の祖母・リリィはパトラのその輝きを知っていた。彼女自身では気付かないことも知っていた。

「パトラ、貴女は好きなものの話をする時は格段に楽しそうね。」

そして、美しくなるわね。その言葉をリリィは言わなかった。

「ええ、ディディー。その通りだわ。とても楽しいの。」

パトラは幼少期の名残で、「リリィ」と発音出来ない事から付いた愛称で祖母を呼んでいた。

リリィは自分が居なくなった時の為の、可愛い孫娘の虫除けとしてこう忠告したのだ。

「パトラ、自分の好きな話は、好きな人以外の異性には、控えた方がいいかもしれないわね。」

同じ雨の日で、日常の中の、何気ない一言だった。

つまり、それは抑制力として余り意味を成さなかった。



ダウスは元から聞き上手な方だった。だが、パトラの好きなものの話は人を聞き上手にさせる所があった。


つまり、結果的に彼はパトラの話に聞き入り、そしてそれ以上に、見入っていた。



きゅ、と心臓を掴まれた感覚がして、

その直後に、たぶん、彼はすとん、―――――――と、落ちた。

何かに落ちた。

何にだろうね!笑顔


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