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親切が仇で返されたと理解したパトラは、早々に怪我人を自分のベットから追い出した。

使われなくなった祖母の部屋へと移ってもらう。

ついでに、自分のベットシーツは全て捨てて買い換えた。

「そこまでするか?」

「すみません、どうもこのままだと、私は毎晩汗臭い布団に囲まれて夜な夜な悪夢を見そうだったので。」

返答は正直に。


一日過ぎて冷静になってから思考すると、パトラはもしや時間が経てば経つほど自分の非は大きくなるのではないか、という考えにたどり着いた。

多少の罰も一日匿うのと一年匿うのとでは違うのでは。

道理である。

革命の残党などと言う恐ろしい人と一緒に過ごす事は彼女に考えられなかった。

しかも、元王国の騎士団長だというではないか。

早く厄介虫を追っ払ってしまおう、そう考えて彼、ダウス・ルティニクスの居場所を知らせに行こうと居間へ行くと張本人は包帯を巻いた体で椅子に座っていた。

「何処か行くのか?」

「ええ、ちょっと、そこまで。」

にこりと愛想笑いをしてパトラは玄関へ向かい帽子を被ろうとした。相手は残党である。何も躊躇う事はない、足を進めなさいパトラ。そう言った少しばかりの躊躇は、もしや彼は処刑されるのかもしれないという未来の死を想像してである。

しかし、僅かにそんな気持ちがあっても、彼女が彼の事を知らせに行こうとする決意に変わりはなかった。

変わりはなかった。


「そう言えば。」

家を出ようと取っ手を握った丁度その時に、彼は声を掛けてきた。

「なんですか?」

「私はあなたの名前を聞いていなかった。教えて頂けるか? 呼ぶのに不便なんだ。」

一時、彼女は黙った。

彼の事を知らせに行くのに名乗る必要はないという考えがあったのと、

「パトラ・ファンド」は革命で英雄となった両親の娘の名であり、彼が両親との関係に気付かない可能性が低かったからだ。

自分の格好の敵である者の娘だと知られるのは避けたいという気持ちがあった。

「・・・リリィ・・・」

「ん?」

「リリィ・クロッセル。リリィ・クロッセルよ。」

咄嗟に答えたのは祖母の旧名だった。

「そうか。」

彼女は再び扉の方へ向き返し、取っ手を引いた。外へ出る直前に、彼はポツリと呟いたのである。




「リリィ、朝食のスープ、あれは君の一品だな。」






パトラは役所への道を急いでいた。自然と早足だった。

家を出る時に何気なく言われた言葉が、あんなに嬉しいとは思わなかったのだ。不覚だった。

慌てて扉を閉めたのだ。

そして目的地へ着く最後には駆け込むようにして彼女はスカートを靡かせながら建物内に入り込んだ。

「はい、どうしましたお嬢さん。」

早く言ってしまおう。「元騎士団長のダウス・ルティニクスが家に居ます」と。

驚いたからなのか、急いだからなのか、彼女は心臓が激しく動く音を聞きながら口を利こうとした。

「・・・ぁ・・、あのっ・・・」

パトラと目が合った役人は少し目を見張って聞いてきた。

「どうしたんだい、お嬢さん。顔が真っ赤だよ。」

「え・・・!」

「何か良いことでもあったのかい。」

役人が笑いながら聞く。いいこと。そう、良いこと。褒められたこと? 少し考えて、パトラは自分が子供っぽいことでこんなにも喜んでいるのだと気付き愕然とした。

なんと、自分の行動や言葉に対する反応が返ってくることだけがあんなに嬉しいなんて。

一人で暮らし生きていく事は好きだが、寂しくないという訳ではなかった。祖母が亡くなって以来、寂しさは余計増した。

その寂しさが、あんな、


あんな一言で全て埋められるとは。



「それで? お嬢さんは何の用だい?」

パトラは泣きたい気持ちで口を開いた。

「・・・・・・、」

「え?」

「い、市場の・・・場所は何処でしたっけ・・・。」

呆れながら地図を渡された時は既に彼女は沸騰したように真っ赤で、また、涙目だった。




行きとは正反対の足取りで家に戻ったパトラはのろのろと扉を開いた。

出来なかった。

知らせる事が、出来なかった。

今出来ないという事は、何度行っても結果は同じだろうと安易に予想出来た。腹立たしいのは、自分の子供っぽさとふがいなさである。明日の朝食もスープにしようなどと考えているのだから。

「・・・ただいま・・。」

「おかえり。リリィ、君の部屋の扉、開け閉めがし辛かっただろう? だから、直してみたぞ。これでどうだ?」

動けない世話になりっぱなしの怪我人は怪我人で働いてくれたらしい。

よろよろと扉を確認すれば、確かに直っている。

もう泣きたい気分で何が何だか分からぬまま、パトラはお礼を言った。

「ああ、ありがとう・・・。もう、ほんとに・・、ああ、何なのかしら・・・。」

彼女の手から滑り落ちた地図を拾った彼は不思議そうに聞いた。

「地図だけを貰いにわざわざ出掛けたのか? 市場なら右に行って真っ直ぐだとこの前言ってなかったか?」

「言わないで。兎に角、私の戦利品なのよ、それ。」

あげるわと言って、もう夕方であると確認して彼女は夕食の準備に取り掛かった。

覚えていないが、自分はどうやら随分ゆっくりと帰路についたらしいとパトラは今さらながら理解した。





それから数日経って更に彼女が確認したのは、

彼が慣れれば人懐っこい性格だということ。パトラが、会話が増えた事が楽しいと感じるのを毎回嫌だと嫌悪すること。

騎士団の食事は栄養はついていたが味は余り考慮されていないものばかりで、彼はパトラの料理を褒めてばかりいるのでいつも真っ赤になってしまうこと。



ああ、二人暮らしに慣れたら脅されてなくとも彼の事を通告する気は起きないということ。


スープを作るのが得意になってしまったこと。



それより、この人いつまで居座るのかしら。

色々な意味でパトラは悩んだ。




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