6.ゼフィーニアへの道程
馬車の窓から、怜がどんどんと小さくなっていくのを眺めて、思わず愛は目に涙を浮かべた。王宮が見えなくなる頃には、堪え切れず溢れた涙がぽろぽろと零れ落ちる。そうして緑の木々以外に何も見えなくなるとようやく、ため息をつきながら顔を前に向けた。その時突如、何処かからガタガタッと小さな物音がして、愛は悲鳴をあげそうになったが何とか飲み込んだ。
「ふぅ。」
馬車の奥に備え付けられていた扉が思い切り開け放たれる。
「きゃっ。」
今度は我慢できずに小さな声をあげてしまう。
「あらっ?あららら?もしかして姫様?やだ、私ったら、もしかして、もう馬車動き始めてます?あちゃー。」
扉から出てきたのは銀色の髪をざくっと編み込んでお団子にしている、愛らしい少女だった。ふりふりのエプロンを身に着けており、どうやら侍女のようだ。彼女はあわあわと窓の外と愛の顔を何度も見比べて挙動不審になっている。
「あの・・・?」
「ひゃーごめんなさい、私、ルルといいます。姫様の身の回りのお世話をさせて頂きますのでよろしくお願いいたします。同じ魔族なので怖がらないで下さいましー。」
ルルはそう言って深々と頭を下げる。
「あ、あとその扉の向こうはお手洗いでございますー。どうぞどうぞ。」
気を取り直したのかニコニコと笑いながらそう告げるルルに、愛は思わずくすくすと笑う。先ほどまでの悲しみが少し薄れた気がした。
「有難うございます、ルルさん。私は・・・えっと、アイリフィアと申します。」
「まぁ!ルルとお呼び下さい、アイリ様!!!」
これまではアイ、と呼ばれていたのでアイリと呼ばれるとどこか変な感じだった。"アイリフィア"と自己紹介することにも、"様"をつけられて呼ばれることにも、未だに慣れることはない。本当は王女なんかじゃない、と叫びたいぐらいだった。ルディベッラ女王とは一滴の血も繋がっていない上、異界人なのだと。でももしそう言ったなら、この可愛らしい少女を悲しませるのだろうか、それとも不気味がられてしまうだろうか。そう考えて、また気持ちが沈みそうになる。
―怜ちゃんがいてくれたら・・・。
ついそんなことを思ってしまい慌てて首を横にふる。自立しなければ。いつまでも甘えていてはいけないのだから。
「アイリ様・・・?」
「あ、ごめんなさい、何でもないの。有難う、ルル。」
ルルと呼ばれて、少女は満面の笑みを浮かべた。その笑みを見て愛もつられて微笑む。
「わっ!アイリ様は笑った顔がかわゆいですねー。ルルそのお顔大好きですー。」
「そ、そう?ルルが側にいてくれたら、ずっと笑っていられる気がするわ。」
再びお互い微笑み合う。心地よい馬車の揺れも相まって、愛の心は少し穏やかさを取り戻した。
「ゼフィーニアへはそんなに遠くないです。半日もすれば国境までつきますよー。そこから2~3時間ほどで森を抜けることが出来ます。出来れば明るい内に一番近くの街まで辿りつきたいところですー。城下町まではそこからさらに4日ぐらいですかねぇ。」
「え・・・、それでは、昨晩は夜通し森の中を走り続けていらしたのでしょうか?」
朝早くに迎えにきた騎士達を思い出し、愛は思わず窓の外を眺めた。
「ルルは馬車の中でぐっすりでしたけど、ルーイ様達は走りっぱでしたねぇ。大丈夫ですよー何日間も不眠不休で働く事だってザラですー。メディシス様は厳しいお方みたいですからねぇー。」
どこまでも続く木々と緑。出発した時から景色はずっと変わらない。視線を再び戻し、ルルの仕事についてや、ゼフィーニアについて、あれやこれやと聞き出し、情報収集を図る。新しい国で生き抜くために、本来であれば出発前に調べておくべきことだったのだが、他に覚えなければならないことが山程あり、時間が足りなかった。
数時間程、馬車に揺られながらルルと歓談をしていたが、突如悪寒が走ると同時に全身が総毛立った。驚いて愛は一拍呼吸を止める。
「何・・・これは・・・何・・・?」
身体を抱えて蹲る。
「アイリ様・・・?」
ルルは一瞬呆けたが、何かに気付いたかのように顔をあげた。そうして慌てて積荷のひとつを乱暴に開ける。
「ルル・・・?」
ルルは箱の中を引っ掻き回してドレスを掴むと侍女服の上からそれを乱暴に着る。そうしてローブを頭から被って髪と顔を隠した。
「・・・ルル?何を・・・?」
「アイリ様はここでお待ちを。」
ルルはそういうや走っている馬車の扉をそっと開ける。
「ルル・・・?何処に行くの。」
愛の問いには答えず、ルルは扉を閉めてしまう。愛は今ひとりにして欲しくなかった。嫌な感じがする。しかし、それが何かまではわからない。不安が愛を支配した。
ルルは馬車から出ると、一番近くにいた騎士の馬に飛び乗った。
「ア、アイリフィア様?!」
「馬鹿。そんなわけあるか。」
「その声、・・・まさかザークロスト殿ですか。何をされているのです?」
「ちょっと酔狂な主様から命を受けたんだね。で、前に出て。」
「は?」
「ルーイのとこ。」
「わ、わかりました。」
言われるがままに先頭を走るルーイガントの横につける。
「隊長、あの、ザークロスト殿が。」
近づいてくる部下とルルを、ルーイガントは表情を固くしたまま、瞥見する。
「シャルル・・・いたのか。」
「ちょっと、本名で呼ばないでよ。僕が男だってばれるじゃん。」
ドレス姿の彼を見て、ルーイガントは少し表情を緩めた。
「素敵なドレスだね。よし、二手にわかれよう。私は君達と共に行く。でなければ怪しまれる。」
「何だ、気付いてたんだ。」
「あぁ・・・君は馬車に隠れていたのか?姫君の様子は。」
「怯えているよ。何が起こっているのか分からない様だったけれど。・・・追われているね。」
「うん、まだ何処の手のものかはわからないが・・・。レイン!」
「はっ。」
「隊を二つに分ける。馬車を頼む。」
「畏まりました。」
レインと呼ばれた青年は後ろに下がりつつ、隊員に詳細を指示する。そうして馬車に近づくと馬を捨てて馬車に飛びうつった。それが合図となって隊がまっ二つに分かれる。それぞれが道から外れ、左右に分かれて走る。
「きゃぁっ!」
悲鳴を聞いてレインは慌てて馬車の中に滑り込む。
「アイリフィア様。」
小声で名を呼び愛に近づく。呆然としながら顔を上げた彼女の目から、大粒の涙が止め処なく零れ落ちる。舗装されていない道に突っ込んだ馬車は大きく揺れる。レインは後方へ倒れそうになった愛の腕を掴むと自分のほうへ引き寄せた。愛の頬に手を添えて、優しく涙を拭う。
「どうぞ、泣かないで下さい。魔力の気配を悟られてしまう。」
言われて慌てて愛は涙を拭う。そうして口元を指先で抑えて、こみ上げてくる嗚咽を必死で耐える。
「歯を食いしばって下さい。舌を噛んでしまう。」
何度もこくこくと頷く。廻された力強い腕に寄り添い、周りの様子を必死で探る。けれども恐怖で、集中できない。大きな石に車輪が何度も乗り上げ、その度馬車が大きく揺れる。倒れていないのが不思議な程だ。愛は揺れる度にレインの服を掴んで体勢を保ちながら、ちりめんのような布で自分で作った手提げを開くと中からハンカチを取り出す。何週間もかけて、結界の魔法陣を縫い込んだものだ。怜に、と思って作っていたが、"それは愛に持っていて欲しい"と受け取ってもらえなかった。この世界に書く物はチョークしかない。それでは布に書いてもすぐ薄れてしまう。固い石などに彫っても、少し傷がついただけで、魔方陣としての役割は果たさなくなる。それで結局、愛は布に刺繍をすることにしたのだ。愛はハンカチを握り締めた。自分の身は自分で守ると、怜と約束したのだ。
馬車はさらにスピードを上げる。屋根にぞっとするような気配が降り立った。
「くっ!」
レインは片手でしっかりと愛を抱き込みながら、剣を抜き構える。馬車の外で剣と剣のぶつかり合う音が響く。騎士達が、馬車を守るために戦ってくれているようだった。突如、馬車後方の扉が大きく開かれ、茶色のフードを被った男が踊りかかった。レインは咄嗟に愛を背に庇い、何とか男の短剣を防ぐ。狭い馬車の中では、レインの長剣は不利だった。おまけに愛を庇いながら戦わなければならない。愛はレインと自分のまわりに結界を張ろうと震える手でハンカチに魔力を注ごうとする。けれども手は振るえ、意識は混濁し、うまく魔力を扱えない。防戦一方のレインは、両の手のナイフで休む間もなく繰り出される相手方の攻撃をかわしきれず、既に顔や肩にいくつかの傷を負っている。追い詰められたレインは長剣を投げ捨てると、相手の左手を乱暴に掴み、そのままねじ上げる。しかし逆にその動きに合わせて敵は一旦受身を取ると、体勢を変えて、抑えられていないもう片方に握られたナイフを使い、下から伸び上がるように一気にレインの懐に詰めると、彼の左肩をざっくりと突き刺した。
「きゃぁっ!」
ナイフが抜かれると同時に、血が馬車内に飛散する。さらに敵が大きく振りかぶりとどめを刺そうとしているのを見て、愛は思わず倒れこむレインを後ろから守るように抱きすくめた。
「アイリフィア様!」
レインの顔が青褪めたその瞬間、愛が握り締めていたハンカチの魔方陣が白く閃き、小さな結界が生まれたかと思うと、それが瞬間的に大きく広がり、敵を馬車の外に弾き飛ばしながら馬車全体を覆った。レインは大きく目を見開きながら、自分をしっかりと抱き締めながらも、小刻みに震えている愛を仰ぎ見る。俯いたままのその表情は、長く滑らかな黒髪の影になって見えなかった。レインの頭を守る柔らかい乳房の感触は実に暖かい。馬車は緩やかに速度を落とし、やがて静止した。森のざわめきだけがこだまする。どうやら外もひと段落ついたようだ。
「アイリフィア様、私は大丈夫です。お助け頂きまして、有難うございました。」
優しく話しかけてみるが、聴こえていないのか、震えたまま動こうとしない。レインはそっと彼女の腕を外すと、愛と同じように膝立ちになって、彼女の頬を撫でながら上向かせる。愛はレインの優しい目を見て、嵐は去ったのだと知り、再び大粒の涙をぽたり、と一滴こぼす。レインはそれを指先でそっと拭う。
「もう、大丈夫ですよ。どうぞ、泣かないで下さい。」
ささやくようにそう言う。愛はぽってりとした愛らしい唇を震わせながら何かを喋ろうとするが、上手く声にならない。
「け、怪我、を・・・。」
「これぐらいかすり傷ですよ。」
笑ってそういう彼の顔色は決して良くはない。レインの服は赤くその血に染まっている。
「レイン、大丈夫か?!」
外で戦っていた騎士が、馬車の中を覗き込む。
「少し切られたが、問題ない。それよりも急ごう。追っ手がこれだけとは限らない。」
「あぁ・・・。ほとんどが隊長の方を追ったようだけれど、途中で引き返してきてもおかしくない。・・・しかし手当てを。」
「自分で出来る。」
「わかった。」
扉がパタリと閉まり、程なくして馬車が再び動きだす。
「て、手当て、を・・・。」
愛は手提げ袋を探し出すと、もう一枚のハンカチを取り出した。血で汚れると魔方陣としては機能しなくなってしまうので、彼の肩に触れないように近付けて、何とか魔力を注ぎ込む。熱を持って激しく痛んでいた傷口が、じんわりと温もりを帯びて、やがて痛みそのものがなくなった。レインはその様子を呆然と見ている。
「驚きました、治癒をこんな完璧に行えるなんて。」
レインの言葉に愛は不思議そうに首を傾ける。
「基礎として、教わったのですけれど・・・。」
「基礎?!」
レインは"そうですか"と呟くように答えると、何かを考えた風に固まって動かなくなる。愛はその間にレインの傷をひとつひとつ確認しては、治していく。そうしている間に再び馬車が停車した。
「レイン、国境を越えた。このまま町へ急ぐ。」
扉を開くやそう宣言する騎士の声を聞いて、愛は大きく目を見開いた。
「待って下さい、ルルが・・・!」
「ルル・・・?」
一瞬疑問に思ったものの、すぐにシャルルのことだと気付き、その騎士は"大丈夫ですよ"と微笑みながら答える。
「彼女はとても強いのです。どうぞ、ご心配なく。」
「でも、でも・・・!」
「大丈夫です。隊長も付いておられますから。」
力強くそう言われてしまっては何も言い返すことが出来ず、愛は思わず俯いてしまう。
「あ、あの、お怪我をなさっている方はいらっしゃいますでしょうか?」
「いえ、皆、応急処置は出来ております故、どうぞご安心を。」
「あの、でも。」
しどろもどろと、言葉を捜し、結局見つからず俯いてしまう愛の気持ちを察して、レインは頬を緩めた。
「アイリフィア様は治癒魔術がお得意であらせられる。私の傷も完全にふさがった。深手を追っている者がいるならば、お言葉に甘えて診て頂こう。」
"治癒魔術"と聞いて、その騎士は驚いた様子だったが、すぐに表情を消して静かに頷いた。
「シリウスという者が後ろを取られて背を切り裂かれております。お願いできますでしょうか。」
愛はこっくりと頷いた。
「では私はシリウスと変わって、外を護衛致します。姫君を独り占めしていると、皆に妬まれてしまいますからね。」
軽口を叩きながら出て行くレインと入れ替わって、シリウスと言う名の少年が馬車に乗り込んだ。愛より少し年上なぐらいだろうか、"自分のせいで危険な目に合わせてしまった"、と愛は申し訳なさでいっぱいになる。彼はどこかうろたえた様子で愛の近くに跪くと、彼女の手をとり甲に口づけする。
「シリウス・ルートと申します。あの、そんなに対した傷ではありませんし、お見苦しいかと思いますので。」
どうやら断ろうとしているようだと気付き、愛は必死で頭をふった。
「私は、これぐらいしか、して差し上げることが出来ないのです。お守りしてくださっている方々に、返せるものが何もなくて・・・。あの、後ろを向いて頂けますか。」
愛の言葉に途惑いながらも、シリウスは背を向ける。愛は息を飲んだ。右肩から左わき腹にかけてざっくりと切られている。
「・・・ごめんなさい。」
震える声で謝った。そうして繰り返し何度も何度も謝りながら、愛はハンカチの魔方陣で魔力を通していく。涙が零れ落ちそうになる度に唇をかみ締めて耐えた。全ての痛みが消えても、尚、後ろから魔力の暖かい気配が消えない。
「アイリフィア様、もう大丈夫でございますので。」
振り返ると、目一杯に涙をためた愛が自信なさそうな様子でシリウスを見上げ、そうしてもう一度"ごめんなさい"と呟いた。
「何故謝られるのです。こうして傷を癒してくださったことに、感謝しております。」
「わ、私が、弱いから、お怪我を・・・。」
「いいえ、私が油断していただけです。敵の人数も少数でしたし、何よりどうやら実践慣れしていない者達でした。自分が不甲斐ないだけですので、どうぞ、お心を痛めないで下さい。」
それでも愛は本当に申し訳なさそうに俯いたままだ。シリウスの戸惑いはいっそう深まる。シリウスにしてみれば、王女が戦えないのは当然で、それを申し訳なく思う気持ちがよくわからなかった。
―メディシス様や隊長なら、上手くお慰め出来るのだろうが・・・。
シリウスはまだそんなに女性慣れしていない。どうしようかと視線をさ迷わせて、ふと窓の外を見る。
「ああ、アイリフィア様、街が見えてきました。ラビリアの街、と呼ばれる程、ラビリアが咲き乱れる美しい街です。」
愛はつられて外を見る。大きな門をくぐった途端、藤のように枝垂れた紫の花が、風に気持ちよさそうに揺られている。
「綺麗・・・。」
ぽつりと呟かれた言葉にシリウスは胸を撫で下ろした。
「花言葉は"深い美しさ"。それから、"強さ"だそうです。あとで一房、頂いて参りましょう。ラビリアは枝を手折っても、何ヶ月と花が咲いたままでいるほど強い樹木です。」
愛は窓にへばりついて、外を見つめる。家々から人々が出てきて手を振っている。石畳の道に、赤い屋根の家。まるで御伽噺の街のようだった。尾が身体よりもずっと長い白い鳥が、ラビリアの花を啄ばんでいる。
「・・・綺麗・・・。」
「お気に召されてよろしゅうございました。宿に向かっておりますので、そこでお休みになってください。魔力を随分消費されておりますので、眠ったほうがよろしいかと。」
睡眠によって魔力は再生しやすいからか、魔力を消費すると確かに眠たくなる。意識すると急に眠たくなってきた。
「でも、ルルが・・・。」
「大丈夫でございますよ、アイリフィア様がお目覚めになる頃には、きっと我々に追いつきます。」
愛の目はとろりととろけ、気を抜くと眠ってしまいそうだった。
「本・・・当・・・?」
「えぇ・・・ですから、お眠り下さい。」
シリウスの柔らかい声を最後に、馬車の揺れに身を委ねながら、アイリフィアは夢の世界へと静かに落ちていった。
遠くで、ルルの声が聞こえる。
「うーーん、かわぅいー。」
「シャルル、それ以上姫君に近づくな。」
「その名前で呼ばないでってば!僕一緒に寝ちゃお。」
「シャルル!」
「同性だからいいんだもん。」
「何を言っているんだ、君は・・・」
「う・・・ん・・・?」
誰かに抱きしめられるような感触に、愛の意識は少しずつ浮上する。
「あら、アイリ様起きちゃいそうですー。せっかくルル一緒に眠ろうかとー!」
「何だ、そのキャラクターは・・・。」
「ル・・・ル・・・?」
「はぁい。」
ルルの声に愛は完全に覚醒した。がばりと起き上がり、ルルの顔を見るなり、ぼろぼろと涙を溢しながら抱きついた。
「ルル!!!」
しっかりと愛を受け止めながらシャルルはルーイガントをちらりと見、ニタッと笑う。ルーイガントは口元を引きつらせた。
「アイリ様、ルルは大丈夫ですよー。あんな弱弱なやつら、ルルにしてみればミジンコ同然ですっ。」
「本当?どこも怪我してない?あぁ、ごめんなさい、ルル、私のせいで危険な目に・・・!」
身体を起こしてシャルルを覗き込む愛は、どうやらシャルルを未だ女の子だと認識している様だった。シャルルの目がキラリと光る。
「・・ルルは、ルルは・・・、――アイリ様と離れている間、めちゃんこ寂しかったですぅー!」
シャルルはそう言いながら、愛の胸にわっと泣きついた。
「なっ?!」
側で見守っていたルーイガントは流石に止めに入ろうとするが、胸元からシャルルに鋭く睨みつけられ、僅かに怯む。
「私も、ルルがいなくて、とても寂しかったわ。」
ルルの元気そうな様子に愛はほっとした様子で、胸元で嘘泣きをしているシャルルの頭を優しく撫でる。シャルルはごろにゃんと猫のようにしばらく撫でてもらいつつ、ふわふわとしている胸の感触をしっかりと楽しむ。そうしてこれ見よがしに呆然としているシリウスやレインにも勝ち誇ってみせる。ルーイガントは今後の旅路を憂い、少しでも早く王宮に着くように、予定を切り替えざるを得なかった。王宮につく前に、シャルルが王女に何かしないとも限らない。シャルルはそれだけ何を考えているのかわからないタイプだった。
本来であれば4日はかかる道程を、かなりの無理をして1日縮めた。王宮についた頃には深夜で、愛は、馬車の中でシャルルと寄り添いながら眠っていた。ルーイガントが馬車の扉を開けると、シャルルはふふふ、と意味深に笑って愛の頬に口付けを落とす。
「っ・・・!」
なんて不敬なことを、と怒りたい気持ちをルーイガントは飲み込んだ。休むことなく馬車に揺られ続け疲れ果てた愛を起こすのは忍びない。シャルルは愛を軽々と抱き上げると馬車から悠然と降り、起きて待っていた侍女に案内されるがままに愛を事前に用意されていた部屋へ運び入れた。そうして翌朝の朝議で襲撃の件を含めて報告するため、各々、王宮内の宿舎に泊まったのだった。