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異界の魔女  作者: humie
異界からの来訪者
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5.ゴルディアへの旅路

 怜の言う荷物とは少量と衣服と、大量の本だった。それらを馬車に乗せる。馬車の中にはお手洗いもついていて、怜は少し覗いてみたが王宮内と同様に、洋式のトイレとほぼ似たような形で底に魔方陣が描かれており、排泄物が瞬時に分解され土になり、同時に指定した場所へ転移する術式になっている。数ヶ月で魔方陣の中に描かれた理を大分理解できるようになってきていた。ただし、そういった方面に関しては愛の方が得意ではあったが。

「レイラディア様、荷は詰め終わりました。」

「そう、有難う。」

怜は馬にひらりと飛び乗ると軽く手綱を引く。この世界の馬は怜が知っているものよりずっと毛深く、鬣がないかわりに一本の角がその額から出ていて、どちらかというとユニコーンに近い。ただ顔は馬そのものであったし、この生き物を馬と認識するのに、抵抗はなかった。

侍女達に送り出されながら、最初は感触を確かめつつゆっくりと進みだす。そうして少しずつ早め、馬車が着いてこれる程度のスピードにまで徐々に上げていく。

「レイラ様、私より前に出ないようになさって下さい。」

「わかった。」

軽く頷いて、少しだけ後ろに下がる。帝国ゴルディアで万が一何かあった場合、1人でここを抜けて逃げ戻らなければならないかもしれない。そのために目印になりそうなものを、しっかりと記憶しながら進む。最初は順調であった旅路もしばらくすると不穏な気配が漂い始める。まず真っ先にそれに気付いたのは、他でもない怜だった。

「スピードを落として。」

囁くような声でフローディアに指示する。

「レイラ様……?」

「何か嫌な気配がする……。」

怜がそうつぶやいた瞬間、突如地面に描かれた魔法陣が煌いた。怜はとっさに馬を引くがフローディアの馬が僅かに魔方陣に足を踏み入れている。思わず怜はフローディアの詰襟を引っ張った。フローディアは馬から転げ落ちるが、刹那、魔方陣から大きな網が出現し、フローディアの馬が捕らわれる。

「乗って!」

怜はフローディアを力強く引いて、自分の馬に引き上げると、思い切り手綱を引き鞭打った。

「荷は捨てて!」

後ろで馬車を運んでいた男は、素早く荷車から馬を外すと、その馬に飛び移り、怜らと共に疾走する。怜は自身の魔力を目一杯広げ、他に魔方陣が隠されてないか、全力で走りながらも必死で感覚を研ぎ澄ませた。道行く道に罠が張り巡らされていると知るや、さっとわき道に逸れる。魔力の気配を辿られては元も子もないので、打って変わって今度は魔力の気配を完全に消し去り、フローディアを支えながら直走る。

「レイラ様!」

「私は方向はわからない!前に出て!」

「承知!」

後から怜を追っていた数名が何とか怜に追いつき前に出る。

「残りは?」

「数名、剣を交えております。」

怜は舌打ちする。スピードを僅かに落として後ろを振り返るが追っ手が来る気配はない。馬から落ちたフローディアも怪我などないか気にかかる。

「戻る?」

「いえ、手練の者を残してきました。こういった時の合流場は定めております。すぐに追いつきましょう。」

「わかった。ドルツィエさん、大丈夫?」

ようやく心に落ち着きを取り戻し、後ろを確認する。耳から項に沿うように綺麗に切りそろえられたフローディアの栗色の髪には泥や枯葉がついており、怜はそれを軽く取り払った。

「どうぞ、フローディアとお呼び下さい。えぇ、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。ここからあと少しでゴルディア領に入ります。国境を守る結界が張っております故、そこまで辿り着けば大丈夫です。」

「では、急ごう。先導を頼む。」

「はっ。」

怜の額や項から汗が滴る。黒く真っ直ぐ伸びる長い髪を、邪魔にならないように怜は高い位置で結んでいた。白く滑らかな項を認め、フローディアは思わずごくりと喉を鳴らした。同性であっても、ここまで惹かれるのだ。異性であればどうなっていただろう。すぐにでも噛み付きたくなるような芳醇で、どこか背徳的で、淫靡な香りが漂っている。フローディアは意図的に視線をそらした。――毒だった。彼女の体液は、まさに。


息を切らしている怜の様子を考慮しつつ、一団は歩を早める。二時間程休むことなく馬を酷使した結果、ようやく関所に辿り着く。関所と言っても完全に無人で扉や要塞がある訳ではなく、どこまでも透明な結界が続いているだけのものだった。決して模造できない複雑な魔方陣が描かれた通行証に反応して、それを持つ者だけを通すようになっている。国境で待ち伏せされていることを危惧していた怜だったが、これならば何処から国境を越えるのか相手にはわからないだろう、とようやく一息つく。

「レイラ様、これをお持ち下さい。」

「うん。」

渡されたのは、黒曜石のように輝く直方体の石で、美しい模様が刻まれている。シャボン玉のように時々虹色を見せる結界を、何となく息を止めて踏み越えてみる。蜘蛛の巣にひっかかるような感触を想像していたが、特に触感などはなく、すっと通り抜けた。

「やれやれ、これでひと段落ですな。」

背の高く顔に傷跡のある大男はそう言って、ひらりと馬から飛び降りると、怜に手を伸ばす。彼女はその手をとって、恐れることなく馬から飛び降りた。

「大切な衣装やご本をお守りすることができず……。」

「別に大切じゃないから良い。それよりここから帝都までどれぐらいかかる?」

「森を抜けるのにあと半日はかかります。既に日が暮れかかっております故、途中に小屋がございますから、一日目はそこで休むつもりでございます。そこから帝都まではさらに3日ほどかかりますが、その間、大小様々な街がございますから、森さえ抜ければ不自由はないかと。」

「はぐれた者達とも、小屋で落ち合うことになっております。少し休んでから、小屋へ向かいましょう。」

「わかった……。無事かな。」

「大丈夫でございます。私の部下を信じてください。」

怜はフローディアの目を見て、ゆっくりと頷いた。フローディアを含めて3人が怜を守ってくれている。残り3人の安否が気になったが今の怜に出来ることはないため、フローディア達に従った。馬が限界のようであったので手綱を引いて枯れ草を踏みながら進む。追っ手を振り切るべく道無き道をめちゃくちゃに走ったため、ゴルディアからフィオールへ戻る道を覚えられなかったことが多少悔やまれた。


「レイラ様、ここでございます。」

如何にも小屋、といった風情の小屋に辿り着く。結界を通った時に使った通行証が鍵となっているようで、長方形の穴にそれを差し込むとコトリと音を立てて扉が開いた。

「行きに掃除をして参りましたから、綺麗ですよ。」

フローディアは笑いながらそう告げる。

「有難う。私は埃だらけでも気にしない性質なんだけどね。」

「そのような姫君は珍しいのですよ。」

"姫君"と言われ、あぁそういう設定だったな、と怜はようやく思い出す。

「……私は森で育ったから大雑把なんだ。」

「姫様が逞しくてよろしゅうございました。馬車での移動であれば、どうなっていたことか。」

「ぞっとするね。」

僅かに怜が口角を上げた。常に固い表情だった怜が、ほんの僅かでも笑ってくれたことにフローディアはほっとした。暖かい飲み物を沸かし、しばらく歓談しているうちに、扉が開く音が聞こえる。怜は思わず剣に手をかけるが、残りの3人が戻ったのだと気付き、緊張を解いた。

「押し付けてしまって悪かった。」

フローディアの謝罪に、男達はなんの、と笑って答える。何箇所か怪我をしているようだが、それ以上に返り血が凄まじかった。現実離れしたその様子に、自分が普通でない状況にいると怜は改めて認識させられる。

「手当てを。」

怜が思わず立ち上がりそう言うと、男達は笑いながら首を横に振る。

「姫さんにそんなこと、させられませんや。取り敢えず血を落としてきます。」

そう言うや3人共にお風呂に突撃していく。狭い小屋の狭い風呂に3人も入るわけがなく、水をひっかけたり押し退け合ったりと喧嘩をしながら、随分長い時間をかけて身奇麗に整えようとしている部下達の声を、フローディアは呆れた様子で遠くに聞いていた。

「さて、おまたせしましたね。」

濡れた体をタオルで拭い、怪我をした場所に包帯を巻きつけた男達がようやく席に着く。

「それで、どこの手のものだった。」

フローディアの問いを予想していたのだろう、男達は顔を見合わせて頷きあった。

「普通の山賊ではない、とは言い切れる。」

「ガルド……か?」

「だとは思うがね、確証はない。普通の山賊にあんな込み入った魔方陣は組めん、となると一番可能性が高いのはあの国だろう。術者の首をいくつか飛ばしたが、見知った顔はなかった。……おっと、姫さんの前でこんな話は駄目か。」

男が慌てて口を塞ごうとしたのを、怜は手で遮る。

「構わない。続けて。目的は私か?」

平然としている怜に安堵して男達は口々に報告する。

「恐らくそうでしょうな。フィオールの魔族はとにかく魔力が強いことで有名ですからなぁ。ガルドはいろんな国から魔族をかっさらっておりましてね、それも国家ぐるみですから性質が悪い。今回もフィオールの結界から魔族が出てくると何処からか聞きつけて攫いにきたのでしょうな。」

「フィオールの結界はそんなに強いの?」

「もちろんですとも!結界の強さはゴルディアも及ばない程強固ですよ。まぁこう言っちゃなんですが小国ですからなぁ、範囲が狭いので強度をつけやすいというのもありますが、何より住み着いている魔族の力が強いですからな、フィオールほど強固な結界はありゃしませんよ。と、いってもゴルディアのように通行証があれば入れる、という種の結界ではなく、魔族であれば入れる、というものらしいですがね。今回隊長は事前に申請しておりましたから、入れてもらえましたが、普段あの国には吸血族はおりませんでしょう。」

「……ええ。」

愛は大丈夫だろうか。ゼフィーニアへの道はガルドから離れているから、怜達に比べれば比較的安全と言える。しかし、どうにも嫌な予感がした。

「レイラ様、大丈夫でございますか?お顔の色が優れないようですが……。」

「……大丈夫。」

しっかりと頷く怜を見て、フローディアは胸を撫で下ろす。悩んでも仕方がない。今はルーイガント達を信じるしかない。

「ではもう、お休みしましょう。レイラ様も疲れましたでしょう。」

「うん、……そうさせてもらおうかな。」

怜だけ一室をもらって、そこに備え付けられた簡素なベッドに潜り込む。体の節々が痛かった。今更になって恐怖が駆け巡った。けれども怜は泣くこともなく、無理やり目を閉じた。興奮状態になっていて、なかなか寝付けなかったが、一度落ちてしまえば、深く深く、泥のような眠りへと引きずり込まれていった。


夜半近く、怜はいきなり覚醒した。大きく心臓が脈打っている。慌てて身体を起こし、神経を研ぎ澄ませる。

――囲まれているな。

殺気に近い、悪意の塊のようなもの。独特の覇力の気配、それが小屋の周りをぐるりと囲っている。相手は押し隠そうとしているのだろうが、敏感な怜には自分でも不思議なぐらい敵の位置まではっきりとわかる。剣をしっかりと握りしめ、音をたてないように部屋から抜け出す。まずはフローディア達を起こさなければならない。

「レイラ様・・・!」

囁くような声で呼ばれ振り返る。流石と言おうか、全員が既に起きていた。腰を低くして臨戦態勢に入っていた。2名が扉の両側に背を預けて、侵入と共に敵を切りつけられるよう、準備している。

「国境の中だからと言って安全とは限らないようだね。」

「お恥ずかしながら……。通行証を売り捌いている者もおりまして。取り締まってはいるのですが。」

パスポートの偽造はありえる話だ。しかし今の話から察するに真正のパスポートの売買が成り立っているようである。発行の手順か、官吏に問題があるのだろう。

「全部で18人いる。」

「……!そこまでわかるのですか。」

「こちらは私を入れても7か。申し訳ないけど剣術には自信がない。2ヶ月程前に少し手ほどきを受けた程度だ。」

「しばらく持てば、援軍が到着するはずです。本日襲撃されたことを、恐らく陛下は把握しておりますでしょうから。」

「どうやって?」

「魔鏡でございます。フィオール内は結界が強く不可能ですが、それ意外なら大方覗き見は可能です。ここから一番近くの町の駐屯兵に、派遣を命じて下さっていれば、夜明け前までには到着するはずです。」

「後4時間程、持ち堪えられればいいんだね。」

「はい。」

じりじりと、覇力が近くに迫ってきている。怜は慌ててチョークを探し出し、床に魔方陣を描く。そうしてそっと手を添えると一気に魔力を流し込んだ。瞬間、耳鳴りのようなキンとした音をたてて小屋全体に強力な結界が広がる。同時に、覇力に圧倒されないように魔力を開放し、防御壁を張る。

「姫さん……こりゃすげぇ。」

「4時間程度なら……大丈夫……だと思う……。……私に話しかけないで……。」

怜は目を閉じて魔方陣に注ぎ込む魔力と、防御壁用の魔力を一定に保つよう、全神経を集中させる。フローディア達は剣を力強く握り締め、いざと言う時のために身構え、ただじっと時が過ぎるのを待った。



一体、何時間が経過したのだろうか。もしかしたら、10分も経っていないのではないだろうか。怜のこめかみから一滴の汗が伝い落ち、唇に辿り着く。塩分を多く含むその味に、僅かに集中が途切れる。


――これ以上は……。


怜がそう思った刹那、小屋の外から悲鳴が上がった。

「来たか!」

フローディアはすっと立ち上がる。

「ドルツィエ少尉!」

フローディアの名を呼ぶ声が、遠くに聞こえる。そこで怜の集中は完全に途切れた。ゆっくりと倒れる身体をフローディアが抱きとめる。

「レイラ様!」

「……眠い……。」

「どうぞ、お眠りくださいませ。後は私達にお任せを。ザッツ!ダルディ!!」

「おう!」

怜の張った結界が壊れた瞬間に男達は小屋から飛び出していく。フローディアは怜を抱えたまま、自分の覇力を爆発的に開放させる。


――何人たりとも、レイラ様に近付けさせはしない!


大きく窓の割れる音が響き、目深にフードを被った男が小屋に転がり込んだ。両手に短剣を構えている。フローディアは怜をゆっくりと床に降ろすや、一気に踏み込み剣を抜き放ちながら相手に切りかかった。相手も吸血族なのだろう、覇力同士がぶつかり火花のような閃光が散る。

「死ねぇえ!!」

幾度も短剣で受け止められながら、逃げ場がないところまで押し込み、レイラは半歩位置をずらすや、真っ直ぐに相手の喉元に長剣を差し込む。しかしこれも払われた。男は壁を蹴ってくるりと宙を舞いフローディアの後ろを取ろうとする。が、フローディアの反応の方が早かった。相手が着地するよりも早く、身体をぐっと回転させ、両手で構えた剣を思い切り斜めに振り下ろす。

「ぐぁっ!」

血飛沫が舞い、フローディアの顔半分を赤く染め上げる。相手が崩れ落ちる間も無く、留めの一撃を心の臓にざっくりと突き刺し、躊躇いなくそれを引いた。ごとりと、ただの肉塊となったモノが床に転がる。フローディアは剣をさっと振り払い血を飛ばすと、扉に向き直る。

「お見事。」

「外は。」

「片付いた。」

「よし。」

顔に付着した血を袖で乱暴に拭うと、規則正しく呼吸を繰り返す怜を見て、ふと頬を緩める。怜に近づいてそっと抱き上げた。

「あ、その方がフィオールの姫様ですか?」

扉からちょこんと覗いた若い男は、駐屯兵のひとりなのだろうか、見知った顔ではない。

「近づくな!」

フローディアの怒号にびくりと肩を震わせ、目をきょとん、とさせるがそれも一瞬で彼は突如青い目を金色に光らせ、瞳孔は猫のように狭まり、牙からは唾液が滴り落ちた。

「ぐ……あ……。」

男は食欲に我を失いかけているようで、何とか踏みとどまろうと深い呼吸を繰り返し、肩を大きく揺らして耐えている。

「落とせ!」

フローディアの声に、呆けていた周りの男達が慌てて彼の顎を思い切り殴り上げ気絶させる。

「吸血族の男共はこの方に近づくな!」

フローディア達を守るために何時間も結界を張り続けた怜は、全身が汗だくだった。それがさらに蒸発して、辺り一帯に散っている。

「どうする?」

「取り敢えず、汗は私が拭おう。着替えがないが……致し方がないな。」

「馬車、持ってきてくれてるぜ。服も。」

「それで遅かったのか……。だが、助かる。」

もともと駐屯兵は、援軍というより無くしたらしい服や馬車を運ぶために派遣されたのだと聞き、フローディアは納得した。怜の身を綺麗に拭った後、渡された衣服を彼女に着せた。その間も怜は穏やかに寝息を立てていて、起きる気配が全くない。出発の準備が一通り整うと、吸血族を遠ざけた状態で馬車に乗り込み、怜の頭を自分の膝の上に乗せて、フローディアは穏やかに微笑んだ。じっと怜を見つめていると、胸の中心が暖かくなるようだった。


――このお方なら、陛下の伴侶になり得るかもしれない。


それから丸一日程してようやく目を覚ました怜は、町の景色が見たいと主張するや、さっさと馬車から降りて馬に跨がろうとする。用意された衣服がドレスだけであったため、フローディア達は必死に止めたのだが、頑として聞かずスカートのまま馬に乗ろうとするので、フローディアは慌てて乗馬用の服を買いに走った。途中で庶民の食べ物にも興味を示し、これは何だ、と訝しがりながらも、躊躇いなく何でも口にする。気さくに誰にでも話しかける変わり者の姫君を、街の人々は喜んで迎え入れた。途中幾度も寄り道をするので帝都に着いたのはフィオールを経ってから7日目の昼のことだった。

「さぁ姫さん、ようやく着きましたぜ。」

「うん、活気が違うね。」

門をくぐったそこに広がる街は、これまでとは比べ物にならない程賑やかで、物量も多ければ、人口も桁違いだった。

「中央に皇宮がございます。少しだけここからでも見えますよ。あの大きく突出た建物です。」

「あぁ、あれか。フィオールの王宮が100個ぐらい入りそうだね。」

「陛下もきっと首を長くしてお待ちですわ。」

上機嫌にしていた怜であったが、フローディアのその一言を聞いて急に真顔になる。

「念のために言っておくと、私は学びに来たのであって、伽をしに来た訳ではないからね。」

怜の側に付き従っていた男のひとりは思わず口に含んでいたものを噴出しそうになり、また別のある者は呆然と口を開けたまま固まった。怜のあけすけな発言に言葉を無くしたようであったが、フローディアは動揺することもなく、にっこりと微笑んだ。

「もちろん!それは存じております。ただフィオールの方が我が国にいらっしゃるのは大変に珍しいことでございますれば、我が主もフィオールの話を是非に聞いてみたいと楽しみにしておりました故。」

「あ、そう。それならいいの。変なこと言ったわね。ごめん。」

怜は再び辺りをキョロキョロと見回し興味深そうに目を細めた。フローディアは、"学びに来ただけだ"、という怜の言葉が嬉しかった。これまでの王女達のように、あからさまな色目を皇帝陛下に使ったり、血をちらつかせる様なことはしないだろう。フローディアにとって、そうした行為は敬愛してやまない皇帝陛下への侮辱のように感じるのだ。



少しずつ皇宮が近づいてきて、その大きさに圧倒されそうになりながらも、怜は真っ直ぐに巨大な石造りの建物を見据え、内心で自嘲気味に笑った。


――本当に牢獄のようだ。


怜はこの後待っている皇帝との対面が思うと若干憂鬱になった。留学とは名ばかりで餌として送り出されたことは明白だった。


――絶対に負けない。


決心を新たに、迫り来る皇宮への第一歩を怜は踏み出すのだった。

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