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異界の魔女  作者: humie
異界からの来訪者
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2.ゼフィーニアの王族

 金糸の刺繍や宝石の埋め込まれた王族特有のマントを肩にかけた面々が、緊迫した面持ちで大きなテーブルを囲んでいる。入り口から最も遠い最奥の席で手を組み、目を瞑っている国王のすぐ横には、王太子フェルデスが切れ長の怜悧な目を研ぎ澄ませ、テーブルに描かれた魔法陣に手をかざし続けている。


「・・・道が開いた。」

彼の静かな深い声が部屋に反響する。

「二人・・・でしょうか。魔力の気配が微かにします。」

同じく魔方陣に手をかざしていた第六王子のユーリが不安げに言葉を繋ぐ。

「まったくガルドは・・・やることなすこと美しくないね。」

頬にかかった金色の髪を払いながら、少し言葉に怒気をはらませているのは第二王子のメディシスで、彼もやはり同じように魔方陣に手をかざし、魔力を注いで陣の中に見える時空の狭間を監視している。

「・・・あ、落ちてきます!」

ユーリは思わず立ち上がり声を荒げる。その拍子に固定していなかったマントが彼の肩からずれ落ち、華美に装飾されて重さを持ったそれは、宝石のぶつかる音を響かせながら床に広がった。そうして鮮やかな緋色がユーリの足元を飾る。

「軌道がずれた?!・・・あ、消えた・・・?」

まだ十四歳になったばかりの彼は感情をそのまま表情に現してしまう。ユーリは狼狽を隠そうともせず目を見開いたまま固まった。

「時空の狭間に投げ出されたということですか?」

魔術を不得手とし、ただ眺めているしかできなかった第三王子ラウルが同情をにじませながら問いかける。王族の中でも彼だけは軍服に身を包み帯剣している。

「・・・いいえ、別の道が急に開いて、そこに引き込まれたように感じました・・・。」

ユーリは呆然としながら、脱力するように椅子に腰を落とした。

「どこかの国が横取りしたかな。やるねぇ。どこだろう、タルジアン?バルシオかなー。ゴルディアの可能性もあるねぇ、あそこの皇帝は侮れないからね?」

場の緊迫した空気をまったく気にすることなく第四王子のオルフェは愉快そうにクスクスと笑う。

「どうだフェルデス、異界人の落ちた先は特定できそうか。」

地に響くような重々しい国王の問いかけに、フェルデスは一同を見渡す。王族のみならず宮廷の術者全てがその場に招集されていたが、皆一様に小さく首を振った。

「・・・残念ながら。」

「そのようであるな。」

王は短くため息をつく。

「やれやれ、ハルトも何も感じなかったのか。」

椅子に全体重を預け、だらりと座っていた第五王子が父王の問いかけを受けて大儀そうに顔を上げる。

「わかるわけないでしょ、僕、今は何の力もないんだから。嫌味?」

ぷりぷりと怒りながら不機嫌に悪態をつく彼に国王は大きくため息をつく。

「ハルト、随分顔色が悪いようだが、そのままだと本当に命を落とすぞ。多少のまずさは我慢して血を飲め。お前が力を取り戻してさえいれば、今回も詳細までわかっていたかもしれない。」

父親の説教にハルトはフンと鼻をならしてそっぽを向いてしまう。

「口に合わない血を飲むぐらいなら僕は餓死を選ぶね。」

「まぁまぁハルト、そう意地を張らないで。喉が渇いて仕方がない時は豚の血だって美味に感じるものだって良く言うだろう。君は食わず嫌いなんだ、試しにいろいろ飲んでみたらどう。」

「ナニソレ。つまり今ラウル兄がまずいと思いながらも仕方なく飲んでる血を提供している女達は豚ってこと?」

意地悪にくすりと笑ってハルトがそういうと、ラウルは慌てて首を横に振る。

「揚げ足をとるな!私は別にそういうつもりで言った訳では!」

「ラウル・・・、女性を卑下するようなたとえは関心しないな・・・。」

「メディシス兄さんまで!!誤解です!」

「ふふふ、あぁ、でも、・・・そう一瞬だけ、美味しそうだなって感じた気がする。」

「なに・・・?」

ハルトの発言に一同が驚き、視線が彼一点に集中する。

「それは、異界人に対して食欲が沸いたということか?」

国王の問いにハルトは僅かに首をかしげつつも頷く。

「・・・うん、多分ね。軌道がずれる一瞬前に爆発的な魔力が発せられてた。それが、少し美味しそうな気配だった気がする。」

「異界人自らの力で軌道をずらしたのか。」

「ハルトが美味しそうだというぐらいだから、そうとう魔力の強い異界人なのでしょうね。・・・ガルド皇国が何十人もの術者を生贄に呼び出す価値がある程の・・・。」

「引き続きガルドも注視しなければならないが、同時にどの国がガルドから異界人を掠め取ったのかも調べなければならんな。」

文官や武官を呼び集め、早速この件に関する会議の準備がすすめられる。体調が芳しくないハルトは国王から退席が認められるや、思い切り伸びをして、場を後にする。


―あぁ・・・喉が渇く・・・


もう何年もこの渇きと戦ってきたが、いつまでたっても慣れる事はない。血を吸わず覇力を失えば、吸血族は遅かれ早かれ必ず餓死という名の死に至る。刻一刻と近づいてくる自分の死期をハルトはしっかりと見つめ、その度まるで他人事のように、まぁ仕方ないね、と思う。それが自分の運命だったのだろう、と。まずいから飲まない、という訳ではなく、飲めないのだ。どんな血であっても口に含んだ瞬間、まるで毒のように身体を蝕む。手足が震え、吐き気や眩暈が襲い、呼吸すら困難になり、結局嘔吐してしまう。口に合わないだけではなく、身体が拒絶する。美味しそうだと感じたのは先程が初めてだった。けれども、躍起になってその血を探す程の気力や生への渇望は、今の彼にはない。


自室へ戻るためにゆっくりと廊下を歩いていたところを突然眩暈に襲われ倒れそうになったが、後ろから誰かにそっと支えられる。崩れ落ちながらも何とか振り返るとメディシスがハルトの顔を覗き込んだ。

「本当に顔色が悪いね、ハルト。」

「何の用。」

キッと睨み付けて来る弟にメディシスは肩をすくめる。

「弟を心配してはいけないのかな。」

ハルトは短く息を吐く。

「別にそれはいいんだけど・・・。何と言われようと、飲みたいと思った血しか僕は飲まないからね。」

「・・・無理強いをするつもりはないよ。部屋まで送ろう。」

「・・・うん。」

素直に頷いた弟にほっとしつつ、ぐったりとしているハルトを抱き上げようとすると、メディシスに付き従っていた騎士が、さっと一歩前に出る。メディシスはそれを手で制し、軽々とハルトを肩に担ぎ上げた。

「別ににーさんの部下の人に運んでもらっても僕構わないよ。」

メディシスに担がれて地を失った足を、ハルトは幼い子供のようにぷらぷらとゆらす。

「君をかつげない程、私は非力ではないよ。それにハルトは、他人に触れられるのはあまり好きではないのだろう?」

「・・・うん。・・・悪いね。」

「いつもそれぐらい素直だといいんだけどね。」

「それ最近、皆に言われてる気がする。」

歩み始めたばかりだと言うのにメディシスは一瞬立ち止まりそうになる。確かにここ最近、少しずつハルトは素直さを垣間見せるようになった。けれどもそれは死を前にした者の素直さな気がしてならない。

「素直すぎるハルトはハルトじゃないけれどもね。」

穏やかに微笑み、動揺を誤魔化しながらからかうように言うと、ハルトは彼らしく"ナニソレ!"、とぷりぷりと怒り出し、メディシスを安心させる。


―一滴だけでもいい。ハルトが少しでも口にすることが出来る血を探さなくては。国内はこれまでも散々探しまわったのだから絶望的だろう。他国から集ってみるか・・・。


メディシスは一度道を定めたら脇道にそれることなく真っ直ぐに突き進む。第二王子としての膨大な通常の仕事の合間に国王や王太子である兄の許可をとりつけて、王侯貴族の留学生を受け入れる旨を記した親書を各国に送り、各国が競って力の強い者を送り出すよう、大陸全土に大々的な告知も行った。面白がったオルフェがメディシスの計画を手伝ったこともあり、僅か二ヶ月で準備を整えた。

「オルフェが手伝ってくれるとは思わなかったな。」

失礼なことを言われているにも関わらず、オルフェは全く気にすることなく屈託なく笑う。

「そう?まぁ、俺も出会いは欲しいしねぇ。魔族の統べる国の王女様方はとても気が強いときくから、今から楽しみだなぁ。」

オルフェがくすくすと笑うと、波打つように腰まで伸びている彼の豊かな髪が、高い位置で括り付けられた宝石を支点にして軽やかに踊る。

「決して失礼な事はしないようにね。まさかいきなり噛み付くような下卑た真似をするつもりじゃないだろうね。」

「まさかぁ。流石の俺もそんなことしないよー。俺はただ恋愛ごっこが好きなだけ。」

「傷つけるようなこともするものではないよ。」

「はぁい。」

オルフェはひらひらと手をふりながら、わかったのかどうかわからないような気の抜けた返事をして、お説教されるなら退散と言わんばかりにメディシスの書斎から出ようとするが、ふと思い出すことがあって、途中でぴたりと足をとめる。

「そうそう、深き森の国からも返事があったよ。」

「何・・・?」

「一応、留学生の招待状出してみておいたんだよねぇ。珍しくあの国が魔女を提供してくれるつもりらしい。」

「あの吸血族嫌いと名高いフィオールが?」

「そうなんだよねぇ。嫌いっていうか、関わりたくない、って感じかなぁ。何度も吸血族の野蛮な男共に蹂躙されて滅びては、しばらくするといつの間にか復活している。それを何度も繰り返してきたトラウマが我々を遠ざけるのはわかるというか、当然な気がするけれどねぇ。」

「実に不思議な国だね・・・。どこの国も女性が生まれ難い状況に悩まされているのに、あの国で産まれる赤子は8割近くが女児らしいね。」

「何か秘密があるんだろう、って誰しもが思うから、いろんな国がフィオールを欲しがる。そうして乗っ取った途端、女の子が産まれなくなる。どんなに探しても女児の出生率を上げる方法は見つからず、結局住みにくい森の中から皆、離れていく。そうして放っておくと、いつの間にかまた魔女の国として再建している。興味深いよねぇ。で、そのフィオールが王女をひとりこちらに寄越してくれるらしい。」

「ほう。」

「謎に包まれている国だから、本当に女王の娘かはわからないけれどね、楽しみだなぁ。フィオールの魔族は驚くほど魔力が強いらしいからねぇ。」

「あの国には吸血族はほとんどいないのではなかったかな。そんな国で生まれ育って、急にこんな吸血族だらけの国に来るのは姫君も大層不安だろうね。」

「まぁ、変わりにガルドが攻めてきたら守ってくれって内々に打診されちゃったけどね。」

「・・・なるほど。」

「ここ最近急に力をつけ始めた隣人に、フィオールも警戒しているんでしょ。打診は受けといたよ。いくら大国ゼフィーニアと言えど、フィオールの魔族達を喰らい尽くしたガルドの皇族を相手に、無傷ではすまないだろうからね。」

「うん、それは構わない。」

「あと、多分フィオールはゴルディアにも同じ打診を送ってると思うよ。」

「うん?」

「送られてくる王女は双子の片割れらしい。もう片方はゴルディアに送ると予め知らされた。それもOKしといたよ。あの国は今のところ敵ではないからね。味方でもないけど。」

「あぁ、問題ないと思うよ。今生皇帝は無闇に領土を広げたがるタイプでも好戦的でもないからね。今の世代の間は、あの国と敵対することはないだろう。しかもハルトと同じように血に飢えていると聞く。皇帝の弱体化が進んで、ゴルディアがガルドに吸収される方がはるかに怖い。・・・しかし共に生まれ育った姉妹が別たれるのか。・・・心が痛むね。」

「そう?じゃぁ俺が慰めてあげなくちゃ、かな?」

「くれぐれも紳士的にね。」

オルフェは軽く肩をすくめて見せてから、軽快な足取りでメディシスの書斎から出て行った。扉が締まると同時にメディシスは持っていたペンを置き、椅子から立ち上がると窓の外を見渡す。

「ゴルディアに親書を出してみるか。」

「・・・親書ですか?」

これまでただじっと立っていたメディシスの侍従が訝しげに問う。

「うん、これまで一切の国交がなかったけれど、あの国は我々以上にガルドに隣接しているから、より多くの情報を得ているかもしれない。」

「もし、ガルドとゴルディアが手を組んでいたら、危険なのでは。」

「ゴルディアほどプライドの高い国はないよ。他国と手など組むものか。ただ、そうであるが故に、あの国から情報を引き出せる可能性は低い・・・。もうしばらく様子を見た方がいいか。」

メディシスは目をすっと細めてゴルディアの方向へと伸びる空を仰ぐ。憎らしいほど雲ひとつない晴れ晴れとした青空をにらみつけ力強くカーテンを引く。室内に濃い影が落ちた。

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