表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の魔女  作者: humie
異界からの来訪者
2/16

1.始動

 与えられた部屋は十分な広さのある、簡素な部屋だった。ベッドとソファ、それから小さな机が、広い空間にポツン、ポツンと寂しそうに置かれている。大きな窓は換気のためか開け放たれており、そこから優しく穏やかな風が怜と愛の髪を弄ぶ。


怜はゆっくりと窓に近づき恐々と外を見渡した。―一面に広がる緑、緑、緑。怜の住んでいた場所の面影など何処にもない。ここが異界なんだと思い知らされる。

「綺麗な景色でございましょう?」

侍女だろうか、怜達を部屋へ導いた女がそう問いかける。

「ここフィオールは深き森の国とも言われます。国民の数もそう多くはありません。本当に小さな国ですわ。・・・とても穏やかで、心地良く、住み着く者も多い程、良い国です。」

怜は女の方を一瞥したが、すぐに視線を窓の外に戻した。この緑の牢獄で、一体あと何日、あと何か月過ごすことになるのだろう。そうして、いつ、さらなる牢獄へと送り出されるのだろう。侍女は冷たい怜の視線に一瞬身を固め、気付かれないように静かにため息をつき、部屋を後にした。



 最初の1か月は言葉の発音の練習をしたり、この世界の成り立ち、歴史などを頭に叩き込まれながらあっという間に過ぎた。

 次の1か月は礼儀や作法等を叩き込まれた。そうして2か月が過ぎた頃、ルディベッラ女王はようやく魔術について教えるよう、侍女達に指示した。

「レイ様、アイ様、本日から魔力のコントロールについて学んで頂きますわね。」

「魔力・・・。」

「レイ様もアイ様もこの世界では魔族です。そうしてお二人とも大変に豊かな魔力をお持ちですわ。」

「魔力の量というのは見えるものなの?」

この世界に来てから、愛と二人きりの時以外はほとんど笑顔を見せることのなくなった怜は、感情のこもらない冷たい声で侍女に問う。

「いえ、見えるというよりは、感じると言いましょうか。レイ様もアイ様も意識すれば感じられるようになりますわ。魔力は魂から溢れ、血肉に溶け、足先から髪の先に至るまで、我ら魔族の身体中を満たし、この世の理と我らを結びつける大いなる力です。吸血族も魔術を操れますが、彼等は自ら魔力を生み出すことは出来ません。それ故我々の血を求める種なのですわ。覇力でもって我らを支配し、我々の血から魔力を取り込み、そうして、さらにそれを糧として覇力を生み出す・・・。覇力の強い吸血族ほど、良質の血を求めます、強く濃い魔力の溶け込んだ血を。レイ様とアイ様はまさにその血をお持ちなのす。」

「・・・あの、覇力ってどんなものなのですか・・・?」

怜の腕を両腕で縋り付く様に囲い込んだ愛が不安げにそう尋ねると、侍女は安心させるために優しく微笑む。

「あれは・・・経験するのが一番なのですが、この王宮内は吸血族は出入り禁止ですし・・・。そうですね、なんというか圧倒的な存在感とでもいいましょうか。」

「存在感・・・?」

「従わざるを得ないと、本能で悟らせるような恐怖を、いえ、畏怖、そう畏怖を与える力ですわ。それこそ本当に強い覇力を前にしては、立ってもいられないと聞きます。呼吸も瞬きも許さない、絶対的な存在でもって場を支配する力。それが覇力ですわ。吸血族の争いは一瞬で決します。相手の覇力の前に膝を屈した者が敗者です。そうして覇力の最も強い者が統治者となる。とてもシンプルな種族です。」

愛の顔から血の気が引いていくのを見て、侍女は慌てて付け足す。

「けれどもゴルディアやゼフィーニアでは魔族は手厚く保護されておりますから恐れを抱かずとも大丈夫です。昔、吸血族による魔族の乱獲がありました。力の強い吸血族が幾人もの魔族をはべらしては血を啜り殺してしまうような恐ろしい時代ですわ。当然、魔族はあっという間にその数を減らしてしまい、その結果として餌を失った吸血族も弱体化しました。このままではいけないという事で始まったのがゼフィーニア王国です。大抵の吸血族は、気に入った魔族のことを"餌"などと呼び隷属させるようなことも間々ありますが、ゼフィーニアではそうした扱いは禁止されておりまして、恋人や配偶者として対等の扱いを受けることが可能です。実際、ゼフィーニアの婚姻の大半は吸血族と魔族による異種族間婚姻だとか。王族も同じで今の国王のお妃様は魔族ですわ。六人の王子様を御産みになられていて、特に第二王子様や第三王子様は、女子供や人族などのか弱き者に対して紳士的だとかで、種族を問わず国民からの人気が高いようです。」

「ゼフィーニアには純粋な吸血族は少ないということ?」

怜の質問に対して侍女は不思議そうに首をかしげる。

「混血がすすんでしまうでしょう?」

「混血・・・ですか?」

「半分吸血族で、半分魔族の子供が産まれるのではないの?」

「まぁ、まさか。自ら魔力を生み出すことが出きる吸血族など産まれようものでしたら、我々魔族は滅ぼされてしまいます。産まれる子供は魔族か吸血族かのどちらかにしか属しません。受胎の際に母親の意思で選ぶのです。ゼフィーニアの王子は皆、吸血族です。かの国の王位継承権は吸血族にしかありませんからね。」

「そうなの・・・。兎に角、ゼフィーニアでは身の安全は保障されるのね?」

怜の問いに侍女ははっきりと頷く。

「えぇ、そのため多くの魔族がゼフィーニアに移り住みます。そうすると他国では魔族の数が減ってしまうので、吸血族が統治する国々では、魔族の流出を止めるための改革が進み始めています。ゴルディアでも餌制度の廃止を検討されているようですが、ただあの国は吸血族としてのプライドが非常に高い国ですので、すぐには難しいかもしれませんね。吸血族が絶対的な優位に立っていなければ我慢ならぬという古い考えが未だに蔓延っているようですわ。貴族院の重鎮が年寄りばかりだからでしょうけれど、最近は若手が台頭してきて、風向きが良い方向に変わりつつありますから、期待はできます。」

「それで、私達はいつ行くことになるの。」

愛は怜のその問いにはっとして、彼女を見上げた。それは敢えて聞かないようにしていた恐ろしい質問だった。

「実は今般、ゼフィーニアから魔族の来期留学生受け入れの告知が大々的に行われました。それも今回は対象が王族・貴族のみにしぼられているようですから、実質は六人いる王子様方の餌・・・、いえ、婚約者選びと見て間違いないでしょう。強い吸血族程、魔力の強さのみならず、血の濃さや味の嗜好に固執する傾向がありまして、かの国の王子様方もなかなか好みの血に出会えず婚姻が遅れていると国王が嘆いているようです。さらに、誕生当初はゼフィーニア王国始まって以来の覇力の持ち主と謳われた第五王子様の覇力が尽きかけているそうで、それが国王の焦燥に拍車をかけているようです。どの血も口に合わず全て吐き出してしまわれるそうですわ。15年以上も喉の渇きに耐えてきたというのは、俄には信じがたい話ですが・・・。」

「来期の留学生ね・・・。それはいつなの。」

「2か月後です。それに合わせてゴルディアにも留学生の受け入れを打診することになりましたので、お二人には同日にゼフィーニアとゴルディアへ発って頂く予定です。仮に餌にも婚約者にもなることなく留学期間が終えられました場合には帰国頂くことになりますが、そうなったとしましても我が国の王女として誠心誠意お仕えさせて頂く所存です。」

「・・・わかった。それでは私がゴルディアに、愛はゼフィーニアへ行く。」

「怜ちゃん・・・!」

侍女の話を聞く限りではゴルディアの方が環境は辛そうだ。怜は自らそこに行くという。愛は驚いて怜にしがみついた。

「女王陛下にはその旨、お伝えいたします。」

侍女はしっかりと頷いてそう答える。

「でも怜ちゃん・・・!」

「私はどこでも大丈夫。心配しないで。」

僅かに微笑んで怜は愛を優しく撫でる。

「お二方にはこれから基礎的な魔術の訓練を受けて頂きます。魔力の壁を作れるようになりましたら、お二方の膨大な魔力を持ってすれば大抵の覇力から身を守ることが出来るはずです。ご自分の身はご自身で守れるよう、最低限のコントロールを覚えて頂きます。」

侍女の言葉に怜と愛は真剣に頷いた。愛は少しでも強くなるために、怜に迷惑をかけなくてすむように、と。怜は、自分の身を自分で守ることができれば、この牢獄から逃げ出す方法が見つかるのではないか、愛を守ることが出来るのではないか、と期待して。双子の姉妹の抗いの日々は続く―。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ