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異界の魔女  作者: humie
ゼフィーニア王国編
11/16

4.意思

 濛々と湯気が立ち込める大浴場で、愛は疲れた身体を思い切り伸ばした。何人もの侍女がぐるりと周囲を取り囲んでおり、気はあまり休まらないが、それでも暖かな湯に全身を浸すと、強張っていた身体から力が抜けていく。

「アイリフィア様、お身体を洗いますからこちらへ。」

樹木で出来た簡易な寝台に促されるままに身体を横たえる。動くたびに身体中のあちこちに違和感があり、気恥ずかしくて仕方がない。ハルトにつけられた紅い所有印がさらに愛の羞恥を煽る。


―湯気で見えなければいいのだけれど・・・。


マッサージをするかのような侍女達の手によって、ゆっくりと身体が清められていく。身体が揉み解されていくのが気持ち良く、愛はついうつらうつらとしてしまう。


「きゃぁっ!」


突如上がった侍女達の悲鳴も、どこか遠くの出来事のようで、半分夢の中にいた愛はすぐには反応が出来ない。ふわりとやわらかいタオルをかけられた気配に、ようやく重たい瞼を開ける。側にいる侍女は何やら緊張している様子で、愛にタオルをかけたその腕は小刻みに震えている。


「オルフェ殿下!ここは女湯でございます!」

「知っているさ。」

「では今すぐにお戻り下さい!」

「その娘に挨拶をしたらね。」

「オルフェ様!!!」

「下がれ。」


王族の命に背けるはずもなく、下がれといわれた老侍女は思わず後ずさる。愛は少しだけ身体を起こし、近づいてくる人影をぼんやりと見つめた。その影は直ぐ側まで来ると愛の目を覗き込む。息を飲む程の美しさを称えたその人は、どこか嗜虐的に目を細めると、濡れた愛の髪をひと房手にとり、口付けた。

「お姫様はどうやらおねむのようだね。」

愛は首をかしげて、タオルを身体に巻きつけながら、寝台にちょこんと座る。瞼はまだ重く、綺麗な人の声もほとんど意味をなさない音として右から左へと耳を通り抜けていくだけだ。

「本当は味見をしようかと思っていたんだけど、やめておいた方が良さそうかな・・・。」

侍女たちが慌てて湯殿から去っていく姿を目で追いながらオルフェは呟く。彼女達はおそらくメディシスあたりを呼びにいくのだろう。オルフェは外衣を肩から外すとそれで愛を包み、軽々と持ち上げた。

「あの・・・?」

「女の子を着飾るの好きなんだよね。おいで、綺麗にしてあげる。」

そう言うや、有無を言わせずオルフェは自室へと愛を運ぶ。途中すれ違う面々が、ぼんやりとうつろな目で濡れ髪のまま大人しく抱かれている愛を目にするや目を見開いて走り出すのが実に彼の目には面白おかしく映った。

(彼らもメディシスのところに行くつもりかな。)

くつくつと笑いながら自室に愛を連れ込むと、まだ頭がハッキリしないらしい愛の髪を綺麗に乾かして、あれやこれやと服を見繕う。と、大きく扉が開かれた。

「オルフェ!!!!!」

怒鳴り込み、今にも切りかかりそうな様子で押し留めようとする部下を乱暴に振りほどきながら近づいてくるメディシスにオルフェは肩をすくう。

「早いなぁ。」

「何をしている!」

「デートの準備。」

「デートだと・・・?」

「そ、どっちにしようかなぁ。」

薄い桃色の生地に色とりどりの糸で派手な花模様が描かれた生地と、薄紫の生地に銀糸のみで裾の方にだけ細かな模様の描かれた生地を愛の両肩にかけて、オルフェはふむ、と見比べる。

「え・・・あの・・・あれ・・・?私・・・。ここは・・・?」

メディシスの大声でようやくはっきりと覚醒したらしい愛は、両肩にかけられた布で身体を包みながらおろおろと辺りを見回す。

「これから出かけようと思ってね、姫君はどこか行きたいところ、あるかな?」

「オルフェ!」

行きたいところ、と聞かれて首をかしげて思案する愛を余所に、メディシスはオルフェの腕を掴み、愛には聴こえないよう彼の耳元でしかりつける。

「今は危険だから、王城から出すべきではないと先ほど話したはずだ!」

大してオルフェは普通の声で淡々と返答する。

「怯えて閉じこもって、それで守れるとでも?敵は既に内部に入り込んでいるかもしれない。外だろうが中だろうが守れるか守れないかは時の運と周りの腕次第。大体さぁ、他のお姫様はさっそく今日から王立大学やら王立図書館やらに学びに行っているのに、彼女だけ部屋に閉じ込めてちゃ可哀想だよ。ねぇ、お姫様?」

「え、あの・・・。他の方々は、もうお出かけになられているのですか?何を学ばれているのでしょう・・・?」

「うーん。それぞれ興味のある分野を事前に申請されていたからねぇ。王立大学に通う姫君が多いみたいだけど。うちの国は防御魔術の分野に強いから、その辺を学んでくるよう言われている姫君が多いようだよ。だけどまぁ、莫大な魔力を有している君には必要ないかな?君の防御壁は俺でも破るのに骨が折れそうだ。」

「そう、・・・なのですか。」

「オルフェ!」

愛を外に出すのはやはり反対であるらしいメディシスが再び声を荒げるが、オルフェは気にも留めず、薄紫の生地を手に取る。

「こちらの方が似合うね。侍女達を呼ぶから着替えさせてもらうといい。その間に何処に行きたいか考えておいて。メディシスはちょっとついておいで。」

豊かなプラチナブロンドを指先に絡めながらひらひらと手を舞わせて部屋から出て行くオルフェの代わりに、彼に命じられた侍女が慌しく入ってくる。メディシスは一瞬愛の方に目をやるが、考え込んでしまって俯いている彼女にかける言葉も特にはなく、仕方なくオルフェを追う。


「オルフェ、どういうつもりだ!」

「ちょっと出かけるだけさ。なぁにをそう、カリカリしているんだか。」

「彼女は狙われているんだぞ?!」

「そうそう。つまり王城に閉じこもっているより、外に出たほうが敵が良く動いてくれるってことでしょう?茂みでじっとしているトカゲを探し回るより、獲物めがけて飛んでくるトカゲの尻尾捕まえるほうが人手をかけずにすむし、早い。」

「彼女を囮にするつもりか?!」

「やれやれ、メディシス、ちょっとは頭を冷やしなよ。」

女性と見紛う美しく整えられた顔に、男性的な硬さと冷たさが加わり、メディシスは思わず眉を潜める。普段オルフェは、こうした真面目な顔を決してしない。

「君が彼女の血に心惹かれてやまないのは当然だろう。失いたくないという気持ちも理解できる。だからといって普段先手先手を打とうとする君が、守りに入りながら、一体どう事を解決させるつもりなのさ。メディシスらしくないやり方で、本当に彼女を守れるのか疑問だね。」

「オルフェ・・・。」

「まぁ見ておいでよ。俺は心理戦は得意だからね。付け入る隙があるように見せかけるぐらい造作もない。不安なら護衛を好きなだけ増やすといい。そうそうハルトも呼んでこよう。二人でデートしてきたと知ったら、後が怖いからねぇ。」

オルフェはようやくいつもの表情を取り戻し妖艶に笑う。

「俺も彼女は気に入っているんだよ。まぁもしかしたらあの意思の無さにイライラして、たまに暴言ぐらい吐いちゃうかもしれないけど。」

「オルフェ!!!」

「冗談だよ。さて、そろそろ着替えは終ったかな?メディシスは仕事がたまっているんだから、ついてきちゃ駄目だよ。」

面倒な仕事の一切を断り道楽し放題の弟をメディシスは睨みつける。だがふと身体の力を抜いてゆっくりと息を吐き出すと、わかった、と諦めたように許可をだした。

「ルーイとレインを連れて行け。それが条件だ。」

「はいはい、別にいいよ。けど第二王子様の近衛隊の隊長が、これまで国交のなかった小さな国のお姫様の護衛についていると知ったら、他のお姫様や国民達の目にどううつるか不安だなぁ。特に今回の留学の案件は第二王子様主導だと知れ渡っているしねぇ?」

本人が広めた訳ではない。気付いたら知れ渡っていたのだ。この反応を見る限りではオルフェが意図的に噂を広めたのだろう。

(フィオール王国の王女だけ、優遇されていると受け止められかねない、ということか・・・。)

メディシスは自分の拳を握り締める。そうした嫉妬心はひとつひとつが小さくとも、束になると途端に極悪な敵意となり得る。それが愛を傷つけることになるかもしれない。

「それならお前も自分の近衛隊の隊長を女装させて彼女の側に置いているだろう。」

悔し紛れに噛み付いてみるが、オルフェは涼しい顔でさらりと答える。

「そう。女装させてね。シャルルのことを良く知る者達じゃないとわからない。昔から王宮に勤めている侍女や騎士達は知っていても、来たばかりの他国の姫君達や国民には、侍女のうちのひとりにしか見えないはずだよ。彼を公式な場に伴う場合はいつもちゃんと男装させているしね。一方君のとこのルーイ殿は国内外にファンが多い。それだけ顔が知れ渡っている。では女装させるか?あの体格ではまず無理だろう。だとすると普通に護衛をするしかない。かわいそうに、多くの女性達がハンカチをかみ締めるんじゃないかなぁ?」

ぐうの音も出せずにメディシスは下唇を噛む。それをよいことにオルフェはさらに畳み掛ける。

「それに仮にアイリフィアの侍女として仕えているルルが俺の近衛隊の隊長のシャルルであるとばれたところで、俺は変人として有名だから"また何か訳のわからないことで遊んでいるのだろう"と思われるだけさ。だけど生真面目と名高い君の行動はどう捉えられるかなぁ?」

「もういい!わかった!あまり顔の知られていない若手を出す、それで文句ないだろう!?」

「そう?その方が俺も助かるなぁ。君の部隊のファン達が黄色い声を上げている中でのデートなんて微妙なことこの上ないからね。・・・そうだねぇ、レインとシリウスでいいよ。その二人は件の姫君に傷の手当をしてもらった恩義があるから精一杯護衛を努めてくれるだろうさ。」

「傷の手当・・・?」

「あぁそうか、メディシスは留学生の受け入れに忙しくてあまり魔鏡を見れていなかったね。姫君が何者かに襲われた時にレインもシリウスも怪我を負ってね、あの娘がそれを治したんだ。魔鏡で見ていただけだから詳細まではわからないけど、レインにいたっては敵に切られそうになったところをあの姫君に庇われていたように見えたなぁ。まぁすんでのところであの娘には怪我がなかったけど。」

「なんだと?!・・・・レインめ・・・・!」

騎士が姫君に守ってもらうなど、あってはならないことだ。メディシスは怒りに肩を震わす。

「まぁまぁ、そう怒ってないで、さっさと二人を連れてきてよ。」

「・・・わかった。それにしても彼女は治癒魔術が使えるのか。」

「そうみたいだね。まぁその辺りについても道中で根掘り葉掘り聞いてみるさ。」

オルフェは机の引き出しから耳飾を取り出すと、いそいそとそれを右耳につける。

「じゃぁ行ってくるね。」

長くたゆたう王族服に、オルフェ特有の煌びやかな意匠を凝らせた派手な布地に覆われた背を、メディシスは諦めを滲ませた眼で見送ることしかできなかった。


「準備は出来た?」

大きな扉の向こうからかかった声に、愛は思わず振り向いた。

「あれ?髪はそのまま?」

少し俯いただけで顔が隠れてしまう重く長い黒い髪は、乾かしたときと同様、やはり愛の顔に暗い影を落としていた。決して明るくはない彼女の性格が、髪型によって際立ってしまう。

「はい・・・あの、私、髪は降ろしているほうが好きで・・・。」

最後は何を喋っているのかわからない程、小声になっていく。自分の意思を主張するのが苦手なのだろう。

「あ、そう。まぁいいよ。じゃぁ頭に何かのせよう。ルル。」

「はぁあい。」

後ろからひょこりとシャルルは顔を出す。

「髪飾りを、」

「ルルはこれがいいと思います!」

オルフェが最後まで言い切る前にシャルルはさっと髪飾りをとって愛に髪に押し当てる。カチューシャのように半円状に頭を覆うがその生地は王族服と同様の少し硬い生地で出来ており、そこから零れ落ちる宝石の数々が額を、愛の場合は前髪を美しく飾る。

「あぁ、いいね。ルルは俺の趣味が良く分かっているね。」

「うげぇえぇ。わかりたくないですーーー!これは単にアイリ様に似合うと思ったから選んでみただけで、殿下の趣味だから選んだわけではないですぅ!」

「うんうん、無意識に俺の趣味のものを選ぶとは、よい侍女だね。さて、行きたい場所は決まったかな?」

苦虫を噛み潰したかのような顔で自分を睨むシャルルににっこりと微笑みながら、オルフェは愛に尋ねる。大方、首を横にふるだろうから、まずは王都内でもぐるりとまわろうかと思っていたオルフェであったが、しばらく下を向いていた愛が意を決したようにぱっと顔をあげたので、何か予想外の言葉が出てきそうだと思わず身構える。

「私、人族の方々の暮らしを見てみたく思います。可能でしょうか。」

はっきりとした声音だった。そこに迷いは感じられない。身支度を整えている間、考え抜いた答えだったのだろう。その場にいた誰もが一瞬表情を固めた。オルフェですら目を見開いてしまった程だ。

「これは、また・・・。人族の里・・・ね・・・。」

面食らったように額に手をあててオルフェが黙ってしまったので、愛は動揺を隠せず思わず周りを見渡す。侍女達も狼狽しながら口をパクパクと動かすだけだ。

「あの、駄目でしょうか。フィオールには人族の方々はいらっしゃらなくて。王都に来るまでの間にも吸血族や魔族の方とはお会いしたのですが人族の方々とはお会いできなかったので、彼らがどういう暮らしをしているのか、何だか気になってしまって・・・。」

愛は、自分は魔族ではなく、人族なのだという思いがある。元の世界にいた時はただの人間だったのだ。間違っても魔力なんて持っていない、ただの人だったのだ。その"ただの人"をまだこちらの世界では見たことがない。何をするにも魔力がいる世界で、彼らはどうやって生きているのだろう。覇力で全てを支配する吸血族・魔力を生み出す魔族、そういった種族にはさまれて、何の力ももたない彼らは、果たして差別されることもなく、幸せに生きていけているのであろうか。着替えながらそう考え始めると、愛の胸はいいようもない不安感で覆い尽くされたのだ。

「いや、駄目ではないんだけど、ね。見て楽しいものではないよ。」

そう言われて、やはり、と愛は目を見開く。

「貧しい生活をされているのですか?」

「まぁそりゃねぇ。魔力がないと仕事もないからねぇ。」

沈痛な面持ちで視線を落とす愛にオルフェは首を傾げる。何をそう悲しむことがあるのかわからない。人族である限り、それは定められた宿命のようなものだ。

「あ、オルフェがアイを苛めてる!!!!」

とてとてと走ってくる足音が聞こえてきたと思ったら、開口一番にハルトはそう発した。

「いやいや、まだ苛めてないよ。彼女、人族の里に行ってみたいらしいよ、ハルト。」

「そうなの?そういや僕まだ行った事なかったかも。」

愛の側にくると小さなムームーのヌイグルミを彼女に渡し、上機嫌でハルトは彼女にぎゅっと抱きついた。

「それ、中に術をかけてあるから離さないでね。さ、じゃぁ行こう。オルフェ何してるの。おいてくよ。」

「えぇー。本当に貧民層に行くつもり?」

オルフェとしては綺麗な町並みをゆっくりと馬車で見回りながら、彼女について探りつつ、敵の動きを探る予定だったのが、彼の美的感覚からは到底受け入れられないドロドロに汚れた場所に行かなければならないことになったようで、やはり行くのは辞めておこうか、という思い半分、人族を見た後の愛の様子に興味があるという思いが半分、少しの間逡巡する。結局好奇心に負けて仕方なくオルフェは付いていく。

「そういえば、俺も魔鏡で見たことはあっても、行くのは初めてだな。」

自国の中であっても、魔族や吸血族はめったに寄り付かない場所だ。帯剣して走ってくるレインとシリウスに、治安の悪い場所に行くから覚悟しておくようにといい含めて後を追う。

「まぁ、これも面白いかな?」

予想外の彼女の希望に今更ながら笑いがこみ上げてきた。普通のお姫様ではない。きっともっと俺を楽しませてくれるだろう。オルフェは満足げに微笑んだ。

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