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異界の魔女  作者: humie
異界からの来訪者
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プロローグ

 真っ暗な世界に蒼白い炎が浮かび上がり、布を深々とかぶった陰惨な雰囲気の老人達の顔を照らし出している。悲壮感さえ漂うそこでは、何やら輪になって呪文らしきものがブツブツと唱えられ、白い魔方陣がうっすらと浮かび上がっている。

 怜は片手でベッドの縁を、もう片方の手で傍にいる愛の腕を強く握り締めた。目を開けたいが身体が鉛のように重く、目蓋一つ思い通りに動かすことは叶わない。こういうことか、と彼女は苦々しく思う。家主の言葉が今更になって頭の中を逡巡し彼女は酷く後悔した。


「本当にこの部屋でいいの?そりゃぁこの部屋は安いよ・・・なんてったってこれまでの住人が皆失踪しているんだからさ、縁起が悪くてねぇ。」


人の良さそうな家主だった。隠すことなく教えてくれたが、気にならない、と言ってこの部屋を選んだのは怜だ。もう少し、慎重に選ぶべきだったのかもしれないが、怜は兎に角焦っていた。恋人を家に連れこんで嬉々としている母親と同じ家に住み続けたくなかったし、既に新しい妻を迎えた父親の元に行く事も出来なかった。怜は必死になって良さそうな物件を探し、そんな時に安くて広い部屋が見つかり、熟考することなく飛びついてしまった。

「お母さん、私と愛、二人で住むから保証人になって。家賃も自分達でなんとかするから。」

母親は悩む事無く了承した。まだ高校生の愛と怜でも住める部屋。敷金も礼金もなく、家賃も破格の部屋。そうでさえあれば、前住人が自殺した部屋だって構わなかったが、怜が探し出した部屋は、例外なく、全ての住人が途中で失踪しているという曰く付きの部屋だった。失踪の理由が今、はっきりとわかる。暗闇の向こうで白い魔方陣が光るたびに、そこへ向かって身体が強く引っ張られる気配がするのだ。

「・・・怜・・・ちゃん・・・。」

一緒に眠っていた愛の、心細げな声が怜の耳に届く。

「気を、しっかりもって・・・!」

かすれた声でそう返す。けれども引っ張る力はさらに強く、ふと、既にベッドの感触がしないことに気付く。何もない真っ暗な闇へ引きずり込まれ、落とされそうになる。けれどもまだベッドの縁の感触がある。怜はさらに力を入れるが、その途端、ぐいっ、と愛が引っ張られた。

「怜・・・・ちゃん・・・!」

「・・・愛っ!」

まるでベッドなどなかったかのように愛が引っ張られる。必死で彼女の腕を掴んで引き上げようとするがままならない。さらに引力が強くなり、とうとう持ちこたえられず怜の指がベッドの縁から引き剥がされる。

(このまま、まっすぐ落ちてたまるものか!)

怜は自分の中に膨らむ怒気のようなもの、何かよくわからない熱い塊を感じ、怒りに任せてそれを放った。そうして力任せに愛を引き寄せ、一気に軌道をずらす。わずかに白い魔方陣がかすんだその瞬間に、彼女達の目の前に真っ赤な爪が煌いた。避ける間もなく、その手は怜と愛の服を鷲掴みにし、彼女達を強引に引いた。途端、視界が眩いばかりに開ける。ダンッという大きな音を立てて硬い石畳に落ちる。膝を打った痛みに顔を歪めながら、そこでようやく怜と愛は目を開けることが出来た。

「ほほほほ、掠め取ってやったわ。」

女の高笑いにぎょっとして見上げると、真っ赤な爪と、その爪よりさらに深い赤色の髪を持つ女と、その女を囲むメイドのような服を着た女達が数人立っていた。

「お見事ですわ、陛下。」

「ほほほ、造作も無き事。ふむ。さて、まずは言葉を与えねば話にならぬの。」

聞いたこともない言語で話しているその女は、大きく胸ぐりの開いた真っ黒なワンピースを身につけており、それは床についても尚広がるほど裾が長く、その出で立ちはまさに魔女だった。彼女のボルドー色の唇は妖しく弧を描き、彼女の灰色の目は満足げに怜と愛を交互に見ている。そうして二人の額に手をかざすと、文字を語彙を、言葉という言葉を乱暴にねじこんだ。

「なっ・・・・!」

頭の中に直接入ってくる違和感、脳の中を虫が這いずり回っているかのような気持ち悪さに眩暈が起こる。

「さて、こんなものか。どうじゃ、妾の言葉がわかるかや。」

怜は口を開きかけ、閉じる。話しかけられた。そうしてその意味も理解できた。しかし、無理やりねじこまれた言葉を話そうとしても上手く発音出来る気がしない。

「ナ・・・ナニ・・・コレハ、ココハ・・・ドコ?」

試しに発してみたものの、自分でもおかしいと気付く。日本語にはない音の響きを、練習することもなく出すことはやはり出来なかった。

「ふむ、言葉の意味はわかっても発音は難しいかの。まぁよい、意思疎通はできるじゃろ。」

「ココハドコ・・・?!オトシタノ、ハ、アナタ?」

「いいや、主らを呼んだのは妾ではない。」

怜がその鋭い目で睨みつけても、女は全く気にする様子がない。侍女がいそいそと持ち運んできたベルベットの椅子に深く腰掛けると、床にへたりこんだままの怜と愛を見つめながらゆっくりとその口を開く。

「良かろう、大雑把に妾が説明してみしょう。まず、ここはフィオール王国で、妾は国主、ルディベッラ。母と呼んでたもれ。」

「・・・ハハ・・・?」

「ふふふ。主らを呼び落としたのは、恐らくガルドの術者達よの。ガルドは我が国と並ぶ程の弱小国家であったはずが、ここ数年で急に力をつけてきよってからに。怪しきと思いて見張っていたのだがの、魔の掟を無視して時間を、空間を裂きつるに、しばらくは妾も手が出せなんだ。主らの場合は妾の近くまで弾き飛ばされてきたが故、無理やり引っ張ってくることが出来たがの。運が良かったのう。ガルドにそのまま落ちていたら、餌として喰われるだけの生であったろうに。」

「・・・喰ワレル・・・?」

「ふむ。異界の魔女達よ、そちらの世界も複数の種族に分かたれているのかえ?」

「魔女・・・?種族・・・?」

「この世界はの、三つの種族に分かれつるに。一つは我ら、魔力を生み出す魔族。もう一つが覇力を統べる吸血族。そして力無き人族。」

「吸・・・?!」

「ガルドは吸血族が統べる国。やつらにとって強き魔力を宿す魔族は究極の馳走よ。凡そ主らのことも血を啜るがために禁忌を犯して呼び寄せたのじゃろ。例外なく術者はその身を血に染めたはずじゃ。時空を裂く対価よの。」

「魔力・・・?ソンナノ・・・ナイ・・・。」

「何を言う。妾よりはるかに強く揺ぎ無い力を秘めつるに。なるほど、主らの世界ではその力を認識せなんだか?・・・ふむ、ガルドが幾人もの術者を犠牲にして呼び出すだけのことはあるのう。これほどの魔を内に秘めながら使い方を知らなんだとは。抵抗も出来ぬ良い餌よの。」

「・・・餌?」

怜は僅かに眉根を寄せる。これは、一体何の冗談だろう。夢だと思いたい。けれども冷たい石畳の感触が、不安げに身を寄せる愛の温もりが、あまりにも生々しく、全てが現実だと認めざるを得ない。

「ふむ。良い餌じゃ。」

女王はすっくりと立ち上がると怜と愛の顎を掴み、上向かせる。

「かんばせも悪くない。片方はゴルディアに、もう片方はゼフィーニアへの貢物としよう。」

「貢ギ・・・?!」

「そう怒るでない。仕方あるまいに。我が国は小国。主らを掠め取ったとガルドに知られでもしてみよ、ひとたまりもないわ。我が弱小国が未だ独立していられるのはゴルディア、ゼフィーニアという大国二国に挟まれ守られているが故。両国とも吸血族が統べる国ではあるが、魔族の扱いは悪くない。ガルドの王族共のように餌としてしか扱わぬようなことは決してない故、案ずるが良い。」

「ワタシ、タチ、ヲ、バラバラニスル、ツモリ・・・?!」

「なるほど、主らは良く似つる。双子かえ?離れがたき気持ちはわかるが、許容してもらわねばならんな。ゴルディアだけに主らのような強き魔力を持つ娘を渡せばゼフィーニアが良く思うまい。逆もまたしかり。どちらかの国の反感を買って、国を失うような愚行を犯すわけにはいくまいて。我が国は微妙な均衡の上にある。許してたもう。」

女王は口では許しを請いながら、その実良い貢物が手に入った喜びを隠そうともせず、くすくすと笑いながら怜と愛の頬を撫でる。怯えたように肩を竦める愛を、怜はしっかりと抱きしめて女王を睨み続ける。

「それとも・・・このままガルドに返そうかえ?若しくは城下に放りだそうか?妾はそれでも良いぞえ。主らは自由を得るかわり、生きる術を失う。妾に従うと約束するなら、衣食住も、この世界の理も教えよう。どうじゃ。」

怜は唇を噛み締めた。従うしかない。今このまま放り出されても、通貨の価値も知らない、服装もこの世界に馴染んでいないだろう、吸血族に襲われるかもしれない、身の守り方一つわからない、何もわからないのだ。

「従ウ・・・。」

「良い子じゃ。おお、そうじゃまだ名を聞いておらなんだ。」

「・・・ワタシ、ハ、レイ。コッチの子ハ、アイ。」

「レイにアイか。ふーむ。異国の名じゃな。少し変えるか。何か案はないかや。」

女王が周囲の侍女を振り返ると、ひとりがコツリと靴を鳴らして一歩前に出た。

「レイラディア様とアイリフィア様ではいかがでしょう。良く使われる名ですわ。愛称は・・・普通はレイラ様、アイリ様でしょうけれど、レイ様、アイ様とお呼びしても差し障りはないかと。元のお名前がなくなってはお可哀相でございましょう。」

「良いの。ではレイ、アイ、主らは今より妾の娘じゃ。妾のことは母様と呼ぶとよい。」

怜は瞑目し、深く息を吸い込み、そうしてゆっくりと吐きだした。

(焦っては駄目よ。今はどうしようもない。)

自分に言い聞かせるように、呪文のように、心の中でそう繰り返す。

(けれど、決して思い通りになったりしない。私は、愛と二人で、必ず元の世界に戻るのよ。そのために、今は耐えなければ。)

怜は静かに目を開け、しっかりと女王を見据えた。

「ハイ、母様。」

―――その瞬間から、怜と愛の抗いの日々が幕開けたのだった。

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