生きててよかった〜変態による変態のための変態賛美歌〜
「こんにちは」
公園のベンチで地面とにらめっこしていた俺は、突然の挨拶に少しの驚きを感じながらもゆっくりと顔を上げた。
「隣いいですか?」
「あっ…ああどうぞ」
よっこいしょというその若々しい外見には不釣り合いなかけ声と共に、その少年は俺の隣に腰掛けた。
……高校生くらいだろうか。黒縁の眼鏡は、ただでさえ男前な彼の顔をより一層二枚目に見せている。
赤の他人には、俺と少年は顔の似ていない親子か何かに見えているのだろうか。
「尻屋 孝一さん……ですよね?」
名前を聞かれた。確か約束では名前を聞かれたら……。
「……“俺の息子が暴れる場所は?”」
「“少女の秘密の花園”、でしょ?」
少年は男である俺でも惚れてしまいそうになる、とびっきりの笑顔を咲かせながら、三日前にネット上のサイトの中で決めた秘密の合い言葉を言った。
この少年が異常性癖者の架け橋なのか……。
「これがお約束のロリコン必見、極上萌え萌えど」
「しー! 声が大きいよ!」
少年は周りにいる公園で遊んでいる子供たちの保護者が見えていないのか、大声で俺が注文した違法エロDVDの説明を始た。
通報されれば一巻の終わりの俺は、必死で少年の口を塞ぐ。
……ふう。保護者の様子を見るに、どうやら聞こえていなかったようだ。危ない危ない。
安全であることが確認できた俺は、少年の口から手を離した。
「……ぷはぁ! なにするんですか尻屋さん」
「ここは公園でたくさんの人が集まっているんだよ? それなのに君は……」
「まあまあ落ち着いてください尻屋さん」
「誰のせいでこうなったと思っているんだい?」
「誰の仕業だー!? 君かっ!? 君の仕業なのか!?」
何をどういう風に考えたらそうなるのかは知らないが、彼は遊んでいた子供を捕まえて誘導尋問を始めた。
やめろぉ!
「違う! 君のせいだ。今すぐそのちびっこを離せ!」
「えー。僕のせいなんですかー」
「普通に考えたらそうだろ。……ごめんな坊主、俺たちのことは気にしないで遊びに戻りな」
親のしつけが良いのか、いきなり声をかけてきたお兄さんとおっさんに向かってちびっこは会釈をし、友達の輪に戻っていった。
「出来た坊主だなあ」
目上の人にろくに挨拶もせず、会社をクビになった俺は少しばかり空想の中に入っていた。
もしあの時ちゃんと上司の言うことを聞いていれば、もしあの時ちゃんと接待ゴルフについて行っていたのなら。今とは違う未来の姿もあったのかもしれない。
四十代のおっさんが隣で苦悩しているのだが、彼は空気を読まない。
「依頼されたエロDVDは確かに届けましたよ?」
「あ、ああ」
「それではお代の方を……」
「はいはい、三万で合ってたよな?」
俺は上着の懐から封筒を取り出し、少年に手渡した。
「ちょっと失礼」少年は封筒を開くと紙幣の枚数を確認した。
「三万円、確かに頂きました」
そう言って少年は立ち上がり、俺に目もくれず歩きだした。
「ちょっと待ってくれ」
気づいたら俺は立ち上がっていた。どうしても少年に聞きたいことがある。
「これからまた君は、荷物を変態に届けに行くんだろう?」
少年は立ち止まると、こちらを見ずに、
「……取引が終了した時点で、僕とあなたは赤の他人のはずですよ」
「君はどう思う?」
俺は少年の言葉を無視し、自分の質問を続ける。
「普通の人は目を背けるモノに群がる変態を、君はどう思っているんだ? 少女のあられもない姿でマスターベーションする変態を、君はどう思うんだ?」
俺はどうしようもないクズだ。
自分には合わないと会社を辞めた俺。
大丈夫だ、大丈夫だといつまでも自分自身に嘘を付き続けて来た俺。
日々を無駄に過ごし、全てを失った俺。
……なあ少年。たくさんの変態にエロを与え続けてきた君の瞳に、今の俺はどう映る。俺のゴミクズみたいな人生を、君はどう考えるんだ?
「いいんじゃないですか」
「え?」
振り返った少年の瞳は笑っていた。その笑いには欠片も俺への中傷や軽蔑的な光はなく、ただ楽しそうに笑っていた。
「汚れを知らぬ、可憐な乙女が汚される様を観ながらのオナニー、最高じゃないですか」
「いや……誰もそんな事を聞いてな」
「変態で何が悪いんですか?」
「それは……」
「変態は素晴らしい! 変態はサイコー! 変態ばんざーい!」
「ちょっと君、声が大きいよ……」
「いいじゃないですか、変態でも」
少年は自分の手のひらを、自分の心臓に重ねた。
「だって僕たちは生きているじゃないですか」
「……ッ!」言葉が出てこなかった。
「人一人の人生なんて所詮は六十年ちょっと。だったらその六十年ちょっとを、自分の生きたいように、自分で決めた道に向かって、ただがむしゃらに走っていけばいいじゃないですか! 例えその道が間違っていたとしても、気にすることはないんです。だって世界は……」
少年は空を指差し、にっこり笑ってこう言った。
「こんなにも自由なんだからっ!」
少年が去っていった後、俺は一人で考えていた。
俺が過ごしてきた過去を。
俺が過ごすのであろう未来を。
そして……今生きている現代を。
「あの、ちょっといいですか?」 後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには制服姿の警官が立っていた。
さっきの俺と少年とのやりとりを見た誰かが、通報したのだろか。
「あ〜はい、オッケーです」
口ではそう言ったが、俺は警官から逃げるために走り出した。
「あっコラ待てー!」
警官も走って追いかけてきた。
「ねえ警官さん!」
「何だ! 逃げるな!」
「警官さんはさあ、幼女とこの世界は好きですか!? ……ちなみに俺は……両方とも、大好きですっ!」
もしもこの世界に、変態の神様がいるのなら、あんたに歌を捧げたい。
変態による、変態のための、変態賛美歌を。
今日も僕はエロを運ぶ。
変態。
変態。
変態。
今日も僕はこの世界で生きている。
変態のユメで小金を稼ぎ、
今日も僕は生きてゆく。
「ああ〜、生きててよかった〜」
変態は悪ないよ。
どんなに辛いことがあっても、元気になれる魔法の言葉。
「生きててよかった」
これを読んだ誰かが、生きててよかったと思える日がくればいいなと、僕は願っています。
ちなみに僕はロリコンではありません。