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第1話 始まり

俺は死んだことがある。


 一度だけではない、おそらく何度も。


 傷から流れ出る血が、徐々に流れ出る。


 もう無理か、そう思うや否や地面に倒れ込んだ。


 冷たい、ただ冷たい床だった。そこはずっと静かで、

 もうどれだけそうしていたかわからなかった。


 痛みはもう感じなかった。


 ただ意識だけがぼんやりしていた。


 きっとまた繰り返す。



 だが目を閉じれば終わるはずなのに、

 今回は俺はまだここにいた。



「おい!こっちに部屋があるぞ」



 人の声だった。


 暗闇で満たされた部屋に少しずつ、灯火の光が流れ込む。



「本当だ、なんだこの『遺跡ダンジョン』は。なんだか他と作りが…」



 低く太い声が空気を伝い、冷たい震えとなって床を伝う。



「おい、部屋の奥に…何かいないか?」



 ゆらめく光が視界を徐々に満たしていく。



「死体か?それと誰か倒れている…子供…?」



 足音が徐々に大きくなり、

 冷たい地面を伝ってくる。



「見てみろ、こっちは食われて-」



 途端、それまでよりも大きな音が部屋を震わした。



「な-おいそこ避けろ!」



「え…」



 水のようなものがぴちゃぴちゃと音を立てて飛び散った。

 鉄の匂いが鼻をつき、

 どさりと重みのある衝撃が響きわたる。



「こんな化け物モンスターどうしろと…」



 大きな足音が、徐々に小さな足音に近づいていった。



「…仕方ないな」



 かちゃかちゃと金属を落とすような音が響いた。

 地面に落ちる鋭い音が部屋を這う。


 獣の雄叫びが響くと同時に小さな足音は消えた。


 いや、増えていた。


 より小刻みに素早く、こちらに向かってきた。


 そして重く力の抜けたこの体が抱き上げられた。



「ひどい傷だ…おい、生きてるか」



 声を出す余裕はなかったが、まだ空気が抜けるような音がかすかに出た。

 でも風を切る音の方が大きかった。



「そうか、ならいい」



「このまま逃げる」



 薄れゆく視界の中で、男は最後にそう言った。



 ーーーーーーーーーーーー



「ほらもっと力を入れろ!無能ども!」



 木剣を振るう手が少し痺れてきた。

 それでも振るう。他の皆も同じだ。


 この世界で生きるには、

 俺たちはその日その日を生き延びるために剣を振るう。



「お前らは明日も明後日も誰かの盾だ。少しでも誰かの代わりに死ねる体になれ!」



 割り切ったはずだったのに、その現実を向けられるたび、胸の奥が僅かに痛む。



「なあルクス、俺たちいつまでこんなことしてるんだろうな」



「おい、前にも言ったが私語は-」



「おいそこ!」



 言わんこっちゃない。だからいつも言ってるんだ。



「…俺を巻き込むなよ-」



 教官がこちらに近づいてきた。

 その歩みが、俺の隣で止まった。



「フリント隊員、もう何度目だ…?再三伝えたはずだが…」



「すいません…気をつけます」



「そういう話じゃないだろう…もう何回目だと聞いたのだ!もういい、訓練後私の部屋に来い!来なかったらわかるな?」



 視界の端で肩が大きく下がるのが見えた。



「了解…しました」



 声から覇気がなくなった。

 俺はお咎めなしか、そう思い安心していたが、無駄だったようだ。

 鋭く険しい眼差しが、未だ木剣を振り続ける俺に向けられた。



「カエルム隊員」


 

またこいつの巻き添えか…、今度は走り込みか素振りか、何をされるやら…。



「話がある。こいつの後でいい。私を訪ねるように」



 意外だった、

 まだお咎めなしとわかったわけではないが。


 ただこの人の目が、こいつを見る目より遥かに寂しそうな、憂いの感じる目だったから。



「了解しました」



 ーーーーーーーーーーーー


 そして訓練後、疲労の残る体を動かし教官の部屋を訪ねた。


 ある程度気を遣って時間を潰してきたつもりだが、

 部屋の前に着くとまだ怒声が聞こえる。


 フリントは散々だろうな。


 ドア前の壁に寄りかかり、廊下の窓から沈みゆく夕陽を見ていた。


 自分の幼少期は知らない。

 何をしていたのかも、どんな人生を送っていたのかも。


 俺は六歳の頃に遺跡ダンジョンの一室から発見、救助されたらしい。


 それまでの記憶はない。


 以後十七の今に至るまで、この訓練所に引き取られた。


 でも、覚えのある時から-いや、きっと生まれた時から変わらないことが一つだけある。


 それは俺が『無能力者ノースキル』ということだ。


 ここでは毎日訓練をする、身を鍛え守る術を学ぶ、生き抜く術を、

 そして誰かを守れる力を身につける。


 だがどれだけ鍛えても、能力スキルだけは身につかない。


 これは生まれ持った運命なのだ。


 見つめ続けた日が赫く染まり始めた時、ようやく怒声がしなくなった。

 程なくしてフリントが出てきた、その体は幾分か細くなったかのようだった。



「大丈夫か?」



「に見えるかよ…」



 声までか細くなっている。なんとも悲壮なものだ。



「外周百周だってさ。飯、間に合うかな…」



「…気が向いたら取っといてやるよ。…気が向いたら」



 そう言いながら俺はドアに軽くノックした。



「失礼します。ルクス・カエルムです」



「構わん、入れ」



 ヒモのような体で壁にもたれるフリントに目をやった。



「…あんま期待すんなよ?」



 そう言い残し、扉を開けた。


 ーーーーーーーーーー



 中は教官室の割には偉く質素だった、家具や物には色味がない。


 ただ、夕陽の光が綺麗に差し込んでいた。



「来たか、カエルム隊員」



 教官は椅子に座り、どこか寂しげな表情で窓の外を見ていた。



「お話とは」



 教官は気だるげにこちらを見るとため息をついた。



「まあ待て、怒鳴りつかれた」



 まあ、ずっと怒鳴ってたもんな。


 俺たちはしばらく夕陽を眺めた。


 太陽が橙色に染まり切り、その球体が欠け始めた時、

 大きなため息をつくと、

 ようやく教官は口を開いた。



「貴様に、依頼が来ている」



 まあ、だいたい予想はできていた。


 この養成所には、無能力者ノースキルは他にもたくさんいる。


 だが一番歴が長いのは俺だ。

 何せ、拾われた時からこの場所が家だ。帰る場所などどこにもない。

 だから何度かは依頼の経験もある。



「依頼…ですか、いつもと同じでは…」



「貴様きっての指名だ。」



 途端、その部屋の空気が一気に重くなった。



「ということは-」



「ああ、高ランクの依頼だ」



 高ランク依頼。


 世界には俺が拾われたような遺跡ダンジョンがそこらかしこにある。

 家から出ると、目の前は遺跡ダンジョン、なんてことも珍しくはない。


 だが遺跡の中には異形のモンスターがいることがある。

 モンスターにも多種多様な種類があるが、当然強さも種族や個体によって違ってくる。

 だから危険度がわかるように、遺跡を研究する人間達、

 教会によってランク付けされている。



「今回はCランクの遺跡ダンジョンだ。『能力者スキラー』のハンターも当然同行する」



 だが…と教官は歯切れが悪そうに俯いた。



「…何か問題でも?」



 しばらくした後、教官はゆっくりと顔を上げ、再び夕陽を見た。



「依頼主に…覚えがあってな…。数年前、うちの訓練生を雇ったんだ」



 沈みゆく夕陽と共に、話がどんどん暗く、不穏になる。



「その訓練生は…?」



「死んだよ……。見るも無惨な、凄惨な死に方だったらしい。」



 死体はおろか、腕すら戻らなかったよ。


 教官はそう小さく呟いた。



「…初耳です」



「…当然だ、記録も遺体も残らなかった。

 まだ入ったばかりの新人を当てがった私のミスだ」



 静寂が二人の間を漂う。



「この訓練所には、Cランクでも通用するような訓練生が、貴様しかいない」



 そういうとやっとこちらと目を合わせた。


 受けてくれるか?


 俺はこの人の目が好きだ。


 訓練生をちゃんと見つめ、向き合い、鋭い眼光の奥には優しさがあることを、十一年間この人と共に生きた俺は知っている。


 だが今日のこの人の目はどこか、悲しそうな、

 あるいは悔しそうな。


 そんな風情だった。


 この訓練所はこの人が行き場のない『無能力者』を集めて保護している場所だ。


 当然、誰かが依頼をこなさなくては、この依頼は他の訓練生が受け持つことになるだろう。


 だから-



「依頼を受けたからには、私が責任を持って努めます」



 きちんと目を合わせ、意思を乱さずそう返した。


 教官は安心したのか、それとも後悔したのか。

 鋭く悲しげだった眼光が少し緩んでいた。



「そう、か…」



 教官は一息ついた後、再び椅子に深くもたれかかった。



「すまないな、ルクス」



 彼はそういうと頭を下げた。


 俺はまだ知らなかった。

 この依頼が呪いの始まりになることを。

続きはカクヨムにて!https://kakuyomu.jp/works/2912051596318567563

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