氷の精霊の正体は
お読み頂き有難う御座います。
少々残酷描写が御座います。
「……ど、どういうことよ……。わた、あたしの、エーリク……?
え、アンタのおとうさんって、オッサン……!?」
あら、あの迷惑女が狼狽えているわ。
オッサンなのはその通りですけれど、歳上の殿方に対して、物凄ーく失礼ですわねー。
しかも、あの女が飲み食いした食料は、我がヴォイッシュ辺境伯家の大事な大事な冬の糧なんですけれどー?
その領主に何たる失礼なのかしら。
それと後、もうひとつ。
「わたしのエーリクって、どういう戯言かしら。
気持ち悪い」
「はっ、きもちわ……? 何ですって!?」
あら、つい素直に言っちゃったわね。
だって、そもそも私が父親似ですもの。だから、擬似的にも気持ち悪さ倍増なのよ。
おお、悍ましい。
着込んでいるのに、鳥肌が立ったわ。
しかし不思議ね。
何故、似ても似つかないお父様とコーエンを見間違うのかしら。血縁関係は……まあ、薄くは有りますけれど、顔をよく見ないでも似てませんのに。
「リボン雑草さんったら、本当に面白おかしいを飛び越えたとんでもなく失礼な方ねえ」
「リボ……雑草!? なんなのよ、そこの金髪女! え、金髪……? まさか、『ヒロイン』? え、嘘。私じゃなくて……?」
「……? まさかひろいん? って何かしら」
リビーが金髪マサカヒロインって、何なの。何を勘違いしているのかしら。
まあ、リビーの金髪は此処では確かに珍しいけれど。そう言えば、あの迷惑女も茶色に近い金髪ね。
「嘘よウソよウソウソ……! そっちのイケメンがエーリクなのに、嘘ついてるのよ!」
何でかしら、リビーを見つめた途端、余計にジタバタし始めたわ。右足が縫い留められているから、左足だけで器用にね。
あれだけ血が出ているのに、痛くないのかしら。
あまりにも寒いから感覚が死にゆく定め、なんて諦めているのかしら。なんてね。
「なんだあの女、意味分からん。なあジャクリーヌ。銀皮の花って、幻覚とかそういう作用有ったか?」
「有ったかしら? そのままの性格に見えるけれど。リビーは知ってる?」
「私も知らないわ。全身の痛みでのたうち回るには、未だ早いのですけれどね」
単に変な話を変な風に信じ込んているだけに見えるけれど。
あ、まさか……。
「あの迷惑女、精霊がどうとか言ってたけれど」
「そうよ! エーリクと船を交わすんだから! 邪魔しないで!」
「船? ……何かしら、それ。
……あっ」
薄氷の湖、船を交わす……。滅茶苦茶何処かで聞いたことが有りますわ。
それって、もしかして!
「何故ウチの両親の馴れ初め話を知っているの?」
「……はぁ!? りょ、両親……!?」
「あー、どっかで聞いたことあると思ったら、ソレか」
「まあ……。確かに策謀的で賢い誘拐にも見える求愛ではあるけれど……。憧れるかしら?」
「バカにしてるわね!」
そりゃ馬鹿にしたくもなるけれど。
それにしても……何処で聞き齧ったのかしら。不思議ねえ。確かに変わった珍しい話では有るけれど。憧れるような話でもないし、王都で流行っていたら嫌ね。
「でも、リボン雑草さん。
此処って関係者以外立入禁止なのだけれどね」
そうなのよ。ちゃーんと、立ち入り禁止ですよって、そう告げたのだけれどね。往生際の悪いことたわ。
「……! ま、迷い込んだだけだしっ……! わたし、アマンナ、悪くないものっ」
「まあ、もうあーなってるし、どーでもいっか。
ジャクリーヌ、どーする?」
「そうねー……」
気づいてないのかしら。
アマンナ嬢の足は、もう銀皮の花にがっちりと喰い付かれてどうしようもないのに。
教える義理もないけれど、隣国の略奪のことも、この湖が軍事機密なことも、ちゃんと教えたのにねえ。勝手に来てしまうんだもの。
「そんなにウチの両親の馴れ初めをお気に召したのなら、湖を渡る方法を思いついたのかしら?」
「は?」
口を開けてポカンとしてるわ。
何がしたかったのかしら。目的がサッパリ分からないわね。
「……コーエン、貴方ってあの迷惑女とその姿で会ったことあるの?
まさか、ウチの両親の馴れ初めをなぞりたいとか……謎の持ちかけをされた?」
「何でだよ。
ジャクリーヌの傍で吠えたことしかねーだろ」
「吠え……って、アンタ、あの怖い犬!?」
あら、今頃気付いたのかしら。犬姿と髪も白いし、目も同じ色なのに。あ、湖上だと見えづらいかしら。
しかし、もうひとつ位異変に気づいて欲しいものね。
「何だテメエ。草に喰われて無きゃ噛み付くぞ」
「ひっ!」
「手段は思いつかないのね。
ねえ、アマンナさん。此処は隣国との国境だと言ったでしょう?
貴女が居るこの湖の上はどちらにとっても、鉄壁なの」
「え、何……。急になんなのよ」
「まあ、ジャクリーヌったら親切ね」
「よく見なさい。
その貴女が噛みつかれている『銀皮の花』はただの氷だと思うのかしら」
「え?」
あ、やっと足元を見たわ。本当に痛くなかったのかしら。凄く凄く頑丈なのね。此処で働かせたらいい線行くかもしれない。でも真面目に働きそうにないから、惜しくないかしら。
「ぎゃあっ! な、何よコレ!!」
噂通り足からの血を吸い取って、身体に入り込んでもなお、キラキラと透明に成長しているわね。時間をかけると中身ごと透けて大きくなってゆくのよね。
見た目だけなら本当に美しいのだけれど、一旦捕食目的で捕まるとねえ……。
「何言ってるの。それが貴女がご所望の『氷の精霊』の『銀皮の花』よ」
「……はぁっ!? う、ウソよ! 違う! 氷の精霊は、エーリクで……薄氷の湖で薄氷の花を見たら最推しと『ハッピーエンド』なのに!」
また、知らない単語だわ。王都で流行ってるのかしら。困ったわ、勉強不足ねえ。雪が溶けたら、私も少し王都へ出ようかしら。
と言うか、何故ウチのお父様が精霊なのよ。辺境伯が精霊やってたら普通におかしいでしょうに。どういうデマなのかしらね。
「あら、ねえジャクリーヌ。あの銀皮の花、亜種かしら。まさか幻覚作用もあるの?
終わった後にちょっと調べてみたいわね」
「助けるのはちょっと。船もないしねえ……」
談笑しているのが気に食わないみたいで、迷惑女が騒ぎ出したわ。
「な、な、な、何を呑気にしてるのよ! た、助けなさいよ!」
「無理よ。此処は『薄氷の湖』だもの。
この寒さでも薄い氷が名前通りに張るの。今、馬鹿正直に湖面を渡れば普通に氷が割れるわ」
あらまあ、顔色が真っ白ね。血の中にも氷の精霊の破片が入った頃かしら。そうよねー。
人の話を聞かないからこうなるのよねー。
「だって『銀皮の花』の伸ばした根の上を通って導かれたんでしょう?」
「は……」
「人ひとり通ったら、氷の精霊は貴女の中に手……あ、根っこかしら? 兎に角細かく散らばって行くわ。花を踏んだその傷から」
「う、ウソ……」
嘘しか言わないわね、この迷惑女。
まあ、いいか。
「うー寒。なあジャクリーヌ、帰ろうぜ」
「そうね……。もういい加減寒いわね」
「ちょ、どこ行くのよ! た、助けなさいよ!」
呆れた。あんなに話を聞かなかった上に迷惑掛け通しなのに……。
物見遊山で来たに決まっているのに、助けに来たと思っているのかしら。
「あ、リボン雑草さん。ご希望通り薄氷の湖を渡る方法をお試しすると良いんじゃないかしら?」
「え……いや、痛い! 痛い! 痛……!」
「あら、精霊の力が効いてきたみたいね、リビー」
「ちょ、待って! 置いて、い、かないでえええ!」
分かってるわ、無理よね。あんなに言ったのに無策で来たのだから。
それに、私達は物見遊山目的だから、助ける手段がないのだもの。
それに、迂闊に近付くと別の『銀皮の花』に宿られてしまうわ。
仮に近付けたとしても、隣国の射撃手が何処に控えているか分からないのだし。
「ジャクリーヌ、一応辺境伯領だから、完全形態の時に採取しに来ましょうね」
「その時は無害な薬草だから、船を用意しないとね」
「ええー? もう寒いんだからさー。ジャクリーヌは俺と家にいたら良いだろー」
まあ、助ける手段は無いでもないの。
囚われている足を撃って体と離せば、花とは離れられる。
でも、宿られた精霊の力で全身永遠に痛むのよね……。
薄氷の湖を見たいって言ってたし、銀皮の花は高価なのよね。
ああ良かったわ。散財された馬車代は賄えそう。
それにしても、コーエンがしがみついていると犬姿でも人の姿でも暖かいわ。
アマンナ嬢も、氷の精霊と巡り会えて良かったわね。叶って良かったのかしら、夢見がちな方だったもの。
万が一足を折り、精霊から逃れられても。
氷水か弾丸がその胸を撃ち抜くでしょうね。
あの湖は、冬季のみ、銀皮の花が咲く時のみ音がよく通るの。だから、離れていても会話が出来たのよ。何故かしらね。
でも離れた今は、雪が音を吸収してゆく。だから湖の声はもう何も聞こえない。
ある時は鉄壁の守り、ある時は有用な薬草、ある時は罠を張る捕食者。
その名も植物系氷の精霊!(長い)です。
名前はオーストラリアの植物ギンピから取りました。出会いたくない植物です。




