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巡り合うは薄氷の湖  作者: 宇和マチカ


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4/10

受け入れられるには善良が必要

お読み頂き有難う御座います。

 善良で美しくうら若き下級貴族の娘が、苦労の末美男の高位貴族に見初められ、生家よりも格上の貴族屋敷に屯留する。

 そして、婚約者の家族に愛されて幸せに暮らしましたとさ。


 昔からよくあるお伽噺ではあるけれど。

 受け入れるにも、受け入れられるにも才能が必要だと思ったわ。


 だってあの女は善良の欠片もないし美しくもないし、兄もこの辺りではよくある顔で高位貴族の素質も足りていないし。

 現実はそこはかとなーく薄汚いのよ。

 それにね。


 実の兄がそのような厄介者拾いをするだなんて、普通思いもよらないでしょう?


 はー、何から何まで腹立たしいわ。

 愛玩したいだけなら、戦略に長ける頼れる部下候補とか、いっそのこと愛くるしい仔猫でも拾ってくれば良かったのに。


 猫なら……前に本で見た短毛に短い尻尾の淡い茶色の仔猫とかどうかしらね。

 コロコロと小さい猫って、見てみたいわ。北国って色彩が少ないのよね……。猫もいるにはいるけれど、迫力有って大きいのよね……。


「ぐるるるる……」

「……仔猫も可愛がっても良いでしょうに」

「ガウッ、ぶふうううう!」


 コーエンに鼻を鳴らして怒られたわ。何でこう、考えを読むのかしら。別に浮気でも無いのに……。


「相変わらず、コーエン様はジャクリーヌにべったりねえ」

「そうなの……」

「ぶふっ、がうっ」

「そんなに複雑そうなお顔をして。仲睦まじくて結構なことよ」


 コーエンがスカートをフガフガ噛もうとするから、ワシワシ撫でておいたわ。

 本当に構われたがりよね……。


 でもまあ、コーエンが私の所有権を声高に吠えるのは何時ものことなのよ。

 それだけなら、気の置けない友人のリビーと何時ものように微笑んでいられたわ。

 今も使用人が庭や周辺を走り回っていなければね……。


「それにしても、忙しそうねえ」

「騒がしくて御免なさいね」


 そう、この喧騒が微笑んでいられない理由よ。

 何の騒ぎかって?

 あの女が薄氷の湖の湖探しとやらに抜け出したのよ。


 放置しとけってのよおおおお! 独りで凍れええええ!

 と、早朝聞いた時、即座に思ったわ。

 最悪なことに、視察に出られたお父様がおられないのがまた……酷い巡り合わせというか。


「ジャクリーヌも本当に大変ね……。

 ご招待を受けている家に迷惑を掛けるなんて……。

 今の季節に何故屋内を抜け出すのかしら。世を儚む御趣味なら、御自宅でやって欲しいものね」

「そうなのよ。

 愚兄が連れてきたあの女、学習能力がないのかしら」

「ジャクリーヌ!」

「きゃっ……。え、な……何!?」


 信じられないわ。

 妹とはいえ、妙齢の女の部屋に返事を待たず入り込むだなんて!!

 しかも、私だけではなく友人も居る前で……!

 なんて愚か極まりない振る舞いなの!?


「何……お兄様!?」

「相変わらず香水臭い! おい、何をしている! お前もアマンナを探せ!」


 く、臭い!? 乙女ふたりが語らうこの場で、言うに事欠いて、それ!?

 それに何で私が、自主雪中行軍しているアホを探しに行かねばならないのよ!

 そして、今、当に来客中なのよ! でもお客様居なくても行くもんですか!


 ……一応リビーが居るから、罵倒は飲み込んでおいたわ。命拾いしたわね。


「お怒りですわね。ノックも無しに踏み込まれた此方が怒りたいのですけれどね!

 お兄様はコチラにお出でのお客様が見えないの!?」

「あの女ではなく、アマンナと名前で呼べ!」


 迷惑女の名前なんてどうでもいいわ!

 しかも、ズカズカ入ってきた上、嫌そうにハンカチで鼻を覆うだなんて!

 そんなに部屋の香りが嫌なら、暖炉に顔を突っ込みなさいよ! 何も香らなくなるわよ!

 良識の無さに呆れ果てるわ!


 この歳まで、相応しい婚約者が見つからなかった訳よね。

 だから、良識ある範囲外からあの女を毟り取ってきた……いえ、連れてきた訳だわ。来なくて良いのに。


 それに、あの女、更に調べたけれど、やっぱりおかしな所だらけだったわ。でも、時間が足りなくて人格・人体改造精霊信仰だけは裏取り出来なかったわね。残念だわ。


「お兄様を気楽に操って散財させた女とでもお呼びしましょうか?」

「何だと!」

「ガウウッ」

「ひっ! よ、寄るなコーエン!」


 吠えられた程度で、本当にみっともないわね! 

 リビーももっと盛大に笑ってやってもいいのよ!


「少し調べましたけど、あの方の経歴はおかしいですわ。

 親御さんのご不幸は同情しますけれど。

 何故、母方の家に引き取られることを拒んだ女を当家に連れてきたのですか? 

 慈善事業ですか?」

「香水臭いお前や取り巻きとは違うんだ! アマンナは優しいその辺の草の香りで」


 質問に答えてないし、また言うに事欠いて、それ!? 

 失礼過ぎて、リビーも呆気にとられているじゃないの! 大体、その辺の草って何よ! せめて名前を覚えなさいよ!


「小辺境伯……。

 勝手に近寄られておいて、香水臭いだなんて暴言は、酷すぎます」

「何だ、貴様は! 誰だ!」


 誰だも何も無いわよ! ヴォイッシュ辺境伯家の遠縁で幼少期からよく会ってるのに、リビーを覚えてないの? 馬鹿相手に、こんなに丁寧に話して貰ってるのに!

 ……人の顔覚えるのも苦手なのよね、このバカ兄……。


「黙って!

 申し訳ありません、リビエール。

 ……お兄様、無駄口しか叩かないなら、早く出ていってください!」

「グルルルル……」


 頭に血が上り過ぎて、ウッカリ猟銃でも顔面に向けてしまいそうよ!

 いえ、結構本気で飾ってあるそちらに目を向けたら、バカ兄ったら即座に逃げて行ったわ。


「は、早く来いよ!」

「行 き ま せ ん!」

「ガアッ!」

「びょっ!? お、覚えてろ!」


 ふん、つい淑女らしからぬ目で睨んでしまったけれど効果有りね。ビビってるわ! 当然ね。私の射撃の腕には太刀打ちできないもの!

 そして再びコーエンの唸り声にも慄いたのね。小者だわ!


「……小辺境伯は、随分とお変わりないわね……」


 リビーも、バカ兄を幼い頃から知っているものね……。本当に申し訳なくて堪らないわ。


「本当に御免なさい。失礼には謹んでお詫びを」

「いえ、ジャクリーヌがお詫びしなくても良いのよ」

「そうも行かないわよ……」

「笑えたからいいのに。

 それなら、このお菓子を少しお持ち帰りしても?」

「勿論よ」


 リビーの優しさが身に染みるわね……。

 焼き菓子なんて幾らでも包んでお持ち帰りして欲しいわ。


 それにしても、リビーが帰ってからも腹立たしさが止まないわね……。あのバカ兄と迷惑女!

 私のお友達に随分な物言いもだけれど!!


 この辺境伯領では香水の産地でも有るから、男女問わず其々好きな香りを探求し、色々試して、選んで大好きな香りを纏っているのに。

 勿論、作法を無視して過剰に香水を纏っている不躾な方もおりますけれどね。そんな人ばかりでもないのに。


 勿論、香水よりも他の香りが好きだと言うのは否定しないわ。素晴らしい香りも多いですもの。

 でも、香水の香りを好きでいてはいけないの? 香水を特産とする家を馬鹿にしているのかしら?

 大体、香水にも野草を使うのに。その辺の草って何よ。馬鹿にして!

 特産品を何だと思っているのかしら。あのバカ兄!!


 はあ、バカ兄と迷惑女が雑草が好きなら好きで結構。でも、人様の好みを馬鹿にする傲慢さ、許せないわ。

 二度と香水事業に関わらせないようにしなきゃ。


「お嬢様……」

「どうしたの?」

「ウォン」

「別邸のお客様が見つかったようで……」


 ……今日は曇りとはいえ、何時も通りかなり寒いのに?

 朝から独りで道も分からずウロウロして雪に埋もれずに、よく生きていたわね。悪運が強いわあ……。


「……生身で? 生者として?」

「はい……」


 話をしてくれた使用人が当惑するのも当然で。

 何と、我が家の塀を登ろうとしていたのですって……。あの女は野盗か脱獄犯か何か?

 余所様の家の塀をよじ登るだなんて、どういうこと?

 そんなこと、平民の娘でもやらないわよね!?

壁を登れるスキルを持つフィジカルだけなら、辺境向きのアマンナ嬢です。

そして、リビーの小辺境伯呼びはわざとです。

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