鍵師を早く呼ぶべきだった
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華美な装束はある程度しか必要無いし、売っていない辺境伯領では、よく言えば質実剛健。悪く言えば質素で素っ気ないものばかりなのですわ。まあ、流行りとか殆ど意味が有りません。
情報として知ってはいますけれど、短い春と夏の間だけの衣服なんて、殆ど使えませんし。
防寒具も必要ない王都へ旅立った兄の荷物など向こうに送ってしまっていて、部屋には殆どありません。
ですから、厄介者二人を別邸へ放り込むのに都合が良かったとも言います。あのペラペラな服では、本邸に来るのも苦行だわ。
性格悪かろうが思うの、いい気味ね、と。
「雪が深いわね」
それに冬に華美にしても意味が無いの。
こんな大雪の屋内で着飾って踊り狂った所で、蓄えが尽きるだけですからね。
それにしても、別邸が煩いようね。中身が汚れない内に、早く帰らないかしら。晴れたらソリに乗せて即座に叩き出す、とお父様も怒髪天だものね。
でも、油断したわ。
「妹ちゃん、薄氷の湖に行きたいの!
ね、どこ? どこにあるの?」
ある曇った寒い朝。
あの女は、ズカズカやって来て此方の心臓を握り潰すような事をあっけらかんと言ったのよ。
鍵師と鍛冶師を呼んでおけば良かったわ。いえ、今からでも遅くないわね。
しかし、それよりも何と言ったの。この女。
何故、我が領地の守りの要、薄氷の湖のことを知っているの?
「誰がそれを教えましたか?」
私は感情を押し殺し、女を見つめました。
向けられたのはポカン、として間抜けな顔。直ぐに答えを貰えると信じてやまなかったみたい。
しかも兄に贈られた高級な毛皮をずり落として、踵で踏み潰して……腹立たしい限りだわ。
見張らせていたけれど、何処で手に入れたのやら……。
「だ、誰だったかしら。
でも、知ってるんだもの。ねえ、どこ?
ジャクラン様に連れて行ってもらいたいの」
不審すぎる振る舞いだわ。
この女、王都が放った間諜か何かなの?
有り得るわね……。
「兄をこの極寒に引っ張り出すのですか」
「……あの、気晴らしに……。
おかしいな。妹って、こんなに怖かったかしら」
怖くもなるに決まってるわ。
あの湖は、国の防衛にとても大事な地。
氷が分厚く積もっているか、いないかで事情が変わるのよ。
だって、固く踏みしめられれば湖を越えて、敵がやってくる。略奪をしに……。
恐ろしい話なのに。
湖に張る氷が厚いか薄いかなんて、重大な軍事機密なのに……。
物見遊山気分で行きたいですって? なんてイライラする女なのかしら。
「あのね、薄氷の花がキレイで……ぎゃっ!」
「ウォウウウウ! ガゥッ!」
人が呆れて黙っていたら、図々しくも近寄ってこようとしたわ。
そうしたら、コーエンが吠えたの。
部屋の中に置いてきたのに、本当に何時の間にか傍にいるわね。過保護が過ぎると思うけれど。
でも、あの女は近寄れないみたい。まあ、コーエンは怖いものね。大きいし。
「氷が見たければ、外で水でも被れば如何?
直ぐに凍りますよ」
「ちょ、ちょっと待って! 妹ちゃんにもいいお話だと思うの!」
聞きたくないわー。何がいいお話よ。
言い方が、詐欺師の口上この上ないわ!
「あのね、ジャクラン様ってちょっと残念でしょ?
精霊のお力で中身を変えられるかも」
何と……。
この女は詐欺師ではなく、憑依精霊信仰系の不審者だったとは。
王都で流行ってるって聞いたけれど……本当にいるのね。
ええと、いけ好かない近しい者の魂に精霊を憑依させ、人格と人体改造を尊ぶ新興宗教だったかしら。
精霊って、そんなものじゃないのに。
それに、どうやら大枚叩いた割に兄はこの女に愛されていないようで。まあ、分かってたわ。カモにされたのよね。
その上人格改造すら望まれているとは予想外だけれど、なんでもかんでもイカれておられるわね。
あの兄についてくる時点で、マトモな女ではないと思っていたけれど。
噂はネジ曲がって伝わることも有りますね。




