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第9話 ボルダリングでボケる

 流行りの陽キャ音楽などさっぱりわからん。

 と、俺たちが次にやって来たのはボルダリングである。


「陽キャはスポーツが好き。しかしわたしたち陰キャは伝統ある帰宅部。運動部は敵。滅ぼせ運動部」

「話の方向が変わってるぞ」


 これから部活に入って運動をするのはハードルが高いので、陽キャのスポーツであるボルダリングをしに来たというわけである。


「夜斗はボルダリングやったことあるの?」

「あるわけないだろ」

「教えてあげようか?」

「やったことあるのか?」


 陰キャなこいつが意外である。


「やったことあるかないか、どっちだと思う?」

「教えられるならあるんじゃないの?」


 そう答える俺をじーっと見上げ、


「不正解。わたしはボルダリングをやったことありません」

「なにこの無駄な会話」


 不毛な会話を終えた俺たちはボルダリングのジムへと入る。


「おお、これがボルダリングか」


 受付で料金を払って奥へ行くと、ボルダリングをするボコボコした壁があった。


「これをズルズルズコズコと登るんだね」

「どんなのぼり方したらそんな擬音が出るんだよ?」


 ズルズルズコズコかはともかく、これを楽しむことで陽キャに近づくことができるはず。


「こんにちは。ボルダリングをするのは初めてですか?」


 と、そこへインストラクターのお姉さんが声をかけてくる。


「は、はい」

「彼女さんのほうもですか?」


 彼女じゃないんだけど……。

 そう言おうとした俺へ情美はごにょごにょと耳打ちをしてくる。


 知り合いとは普通に話せる情美だが、知らない人とはまったく話せない。

 なので誰か知らない人に声をかけられると、俺にこうして耳打ちをして代わりに答えさせるのだ。


「初めてかと聞かれればそうとしか答えられない。しかし本当に初めてだろうか? わたしの記憶は本当に正しいのか? どう思う? だそうです」

「つ、つまり初めてでいいということですね?」

「ごにょごにょ」

「この時間軸ではそういうことでいいです、とのことです」

「ははは……」


 苦笑いをするインストラクターのお姉さん。


 心の中では「なんだこの女?」と思っているだろうな。間違い無く。


「それじゃあまず、わたしがお手本で登りますね。よく見ていてください」


 そう言ってお姉さんがボルダリングの壁を登って行く。


 でっぱりを掴んで登るだけだ。

 そんなに難しそうには見えなかった。


 やがてお姉さんは降りてくる。


「こんな感じで登ってください。なにか質問とかはありますか?」

「あーえっと……」

「ごにょごにょ」

「僕はお姉さんの身体に登りたいです。登っていいですか? ぐへへ。 なに言わせてんだこらっ!」

「ははは……」


 とりあえずやってみようということになり、まずは情美が登ることになった。


「ごにょごにょ」

「なにかご質問ですか?」

「あーえっと……」

「なんでもどうぞ」

「あ、はい。わたしおっぱいでかいんですけど、お姉さんさんと同じ登り方で大丈夫ですか? だそうです」

「大丈夫ですよ。胸に触れるほど密着しては登りませんので」

「ごにょごにょ」

「本当ですか? わたしFカップのデカチチなんてすけど、本当に大丈夫ですか? だそうです」

「だ、大丈夫なのでとりあえず登ってみてください」

「Fカップなんですけど、Aカップくらいのお姉さんと同じ登り方で本当に大丈夫ですか? あ、関係無いですけどお姉さんの身体をボルダリングの壁に例えたら、難易度高そうですね。だそうです」

「早く登れ!」


 ブチ切れたお姉さんに見守られながら、情美はボルダリングの壁へと近づく。

 そしてでっぱりを掴み、スルスルと難なく登って行った。


 馬鹿だけど昔から運動神経は良い。陰キャなのに喧嘩もやたら強いし。


 一番上まで登った情美は、スルスルと器用に降りて来る。しかしなぜか地面寸前で止まり、俺のほうへ手招きしてきた。


「なんだ? どうした?」


 まさかあそこまで来て降りられなくなったなんてことはあるまい。


 なんだろうと思いつつ、俺が情美の側へと行くと、こちらへ手を伸ばして来たので掴む。


「ファイトーっ!」

「いっぱーつっ! ってなにやらせとんねんっ!」


 掴んだ手を軽く引っ張ると、情美は地面へと着地した。


「ボケずには大地へは帰って来れないからね」

「芸人さんかお前は」


 ボケに巻き込みやがって。

 乗っかる俺も俺だけど。


「い、いかがでしたか? 初めてのボルダリングは?」

「ごにょごにょ」

「タウリン1000ミリグラム配合、だそうです」

「いや、聞いてねーよそんなこと」


 ということで今度は俺が登ることに。


「ちょっと待って夜斗」

「うん?」

「ただ登るだけじゃダメ。光属性を手に入れるには、陽キャっぽく登らないと」

「よ、陽キャっぽく登る?」

「そう。陽キャっぽく明るく登るの」


 陽キャっぽく明るく。

 確かにただ登るだけでは光属性を手に入れられるような気はしない。陽キャらしく明るく登る必要があるという情美の言葉には一理あった。


「けど明るく登るってどうすればいいんだ?」

「ボケる」

「えっ? ボ、ボケる?」

「陽キャは常に明るく誰かを笑わそうとする。ボルダリングもただ普通に登るなんてことはしない。必ずボケるはず」

「そ、そうなのか?」

「うん。無堂さんならボケてる」


 あの陽キャ姫と呼ばれる無堂さんもボルダリングでボケる。

 ならば俺もボケなければ光属性は得られない。


「よ、よーし。それじゃあボケるぞ。ボルダリングで俺はボケるぞ」

「つっこみは任せて」


 親指を立てる情美を尻目に、俺は出っ張りを掴む。


「なんでやねーんっ!」

「いやまだ出っ張り掴んだだけっ! 始まってないよっ!」

「ごめん。そういうボケかと思った」

「どういうボケっ? これでボケならボルダリング始まらないよっ!」

「なんでやねーん。始めたらええがなー」

「お前のせいで始めらんないのっ!」

「あのすいません、早く登ってもらえますか?」


 と、お姉さんに言われて俺はようやく登り始めた。


 しかしどうボケたらいいのか?

 さっぱりわからん。


 俺は助けを求めるように情美へと振り返る。と、


「うん?」


 どこからかスケッチブックを取り出し、文字を書いて俺へ見せて来る。


 もしかしてボケのアイディアを送ってくれているのか?


 そう思い、俺は情美の書く文字に注視する。


「えっと……ト、イ、レ、に、行、って、き、ま、す。勝手に行けっ!」


 あいつに期待した俺が馬鹿だった。

 ……しかし結局ボケは思いつかず、普通に登って普通に降りて来た。


「はあ……」

「い、いかがでしたか?」

「あーえっと……」

「ごにょごにょ」

「僕はユ〇ケルのほうが好きです」

「いや聞いてねーからそんなこと」


 そんなこんなでボルダリングは終えた。

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