第45話 射撃の天才
「ちっ、外したか。やっぱ人間挟むと狙いがズレるなぁ。なあ?」
「え、ええ。そうっすね……」
もうひとりの部下が引き気味に答える。
「お前、自分の仲間を……っ」
「仲間? 違うね。こいつらは駒だ。俺の目的を達するのに使う駒だよ。将棋と一緒だ。目的のためには駒を犠牲するだろ?」
「人間の命をなんだと思ってるんだお前はっ」
「俺以外はみんな駒だよ。組長のじじいぶっ殺して俺が組を乗っ取ってやろうと思ったのによぉ。そいつの親がじじいに組を解散させちまいやがった。クソムカつくぜ。俺は自分の目的を邪魔されんのが一番ムカつくんだ。じじいはムショから出て来たら殺す。解散させたそいつの親は、娘の苦しみを知らせてやってから殺してやるぜ。ひゃつひゃっひゃっ」
「ク、クズ野郎め……」
「聞き慣れてるぜそんな言葉。それよりもこれで五分。俺が死ぬかお前が死ぬか、いや五分じゃねーな。これでも俺は海外の射撃大会で優勝したこともあるんだ。どこで拾ったか知らねーけど、素人のガキにチャカの撃ち合いで負けることはねーぜ」
「……っ」
相手は銃の名手。
こっちは1回撃ったことがあるだけの素人だ。
完全に分が悪い。
しかし無堂さんを守るためにはやるだけのことをやるしかなかった。
「も、もういいよ夜斗君。あたしが犠牲になれば、夜斗君だけは助けてくれるかもしれないし……あっ」
暗い表情で俯く無堂さんの鼻をつまむ。
「二度とそんなことは言うな」
「け、けど……」
「男が女を置いて逃げるなんて、そんなみっともないこと……俺は絶対にできない」
「あ……」
俺の言葉を聞いてなにを思ったか、無堂さんは無言でこちらを見上げていた。
「格好良いじゃねーの。くくっ、けど漫画の読み過ぎだぜ。格好つけたってよー現実は惨めに殺されるだけだ。女を守るなんてできねーんだよ」
バァン!
男が銃撃をする。
それと同時に俺も銃の引き金を引いていた。
「……あん?」
しかしお互いのどこにも銃弾は当たっていなかった。
「なんで当たってねーんだ? 心臓を狙ったはずだぜ?」
「は、はずしたんじゃないっすか?」
「俺がこの距離ではずすかよ」
バァン!
さらに銃を撃つ。
俺もまったく同じタイミングで銃を撃った。
「……ああん?」
だが結果はさっきと同じ。
互いに無傷で立っていた。
「おいなんだ? なんで当たらねーんだ?」
バァン!
バァン!
バァン!
3発連続で銃を撃ってくる。
それに合わせて俺も同時に銃を撃つ。
「なんだこれ? おかしいだろ?」
「……」
「てめえがなんかしてやがるのか?」
バァン!
キン
お互い同時に放った銃撃の直後にかすかな金属音が響く。
「なんだ? なにしてやがる?」
バァン!
キン
「ま、まさか……いや」
バァン!
キン
バァン!
キン
「あ、あり得ねえっ! そんなことできるはずがねぇっ!」
「あ、兄貴、なんなんすか?」
「うるせえっ! あり得ねーんだよっ!」
バァン!
キン
バァン!
キン
「てめえ……っ」
「……」
「あ、兄貴?」
「あ、あの野郎、俺の撃った弾を……撃ち落としてやがるっ!」
「は? な、なに言ってんすか? そんなことできるはずないじゃないっすか?」
「じゃあなんで当たらねーんだ? 他に理由がねーだろ」
「い、いやでも……あり得ねえっすよ」
「わかってんだよそんなことっ! そのあり得ねえを……あの野郎はやってやがるんだ」
そう言って田久呂は俺を睨む。
俺は今、人生でもっとも集中している。
田久呂の視線、指の動き、呼吸。銃口の向きなど、一挙手一投足すべて見逃さず注視し、相手が発砲するのと同時に銃の引き金を引いて弾を撃ち落としていた。
なんで自分にこんなことができるのかはわからない。
ただ、自分にできることを精一杯にやっているだけだった。
「あ、兄貴、なんなんすかあいつ? まさか凄腕のヒットマンじゃ……」
「あいつは素人だ。雰囲気でわかる」
「し、素人って……」
「天才ってやつだろ。ちっ、気に入らねーな」
なにか話しているが言葉は右から左へ抜けていく。
とにかく田久呂の撃つ銃弾だけに俺は集中していた。
「これじゃあ同じことの繰り返しだな。じゃあ……」
「へ? あ、兄貴? うあっ!?」
田久呂が俺たちのほうへ向かって手下の背を押す。
手下はこちらのほうへたたらを踏み、
バァン!
カン!
「がっ!?」
田久呂の手から銃が弾き飛ぶ。
「な、なんだ? なにを……。っ!?」
俺の持っている銃は田久呂のほうを向いていない。
金属でできた机の脚に向けられていた。
「てめえまさか跳弾で……」
「……」
「ふざけやがって。……けどよ、撃つ才能はあってもてめえはやっぱ素人だ」
「えっ?」
「そいつの装弾数は12発だ。弾切れだぜ。おい捕まえろ」
「へ、へいっ!」
手下の男が俺を羽交い絞めにして捕まえる。
「夜斗君っ!」
「くっくっ。手こずらせやがって。手足撃ち抜いて海に沈めてやるよ」
「うう……」
これまでか。
そう諦めかけたとき、
「あっ」
不意に部屋の照明が消えて真っ暗となった。




