第40話 いつもふざけてる女
テントに入った俺たちは寝袋の準備をする。
「寝袋で寝るのって初めてだな。お前は何度かあるのか?」
「うん。新しくできるラーメン屋に一番乗りするために、寝袋で寝て夜から並んだこととかもあるよ」
「思ってた答えと違う……」
寝袋を敷いた俺はその中へと入る。
情美は寝袋へ入るのになにやら手間取っていた。
「これ中学生のときにかったやつだから、なんか胸がつかえちゃって」
「そ、そう」
デカい胸を窮屈そうに治め、情美は寝袋へ入った。
それを確認した俺はランプの明かりを消す。
「……」
「……ねえ夜斗」
「なに?」
「わたしさ」
「うん」
「界〇拳って名前なのに界〇様自身は使えないのってなんだよって思うんだよね」
「それ今、話すことなの?」
「なんか急に気になった」
「もう寝ろよ」
「あ、もうひとついい?」
「なに?」
「ランプ消す直前くらいに夜斗の寝袋にムカデが入った」
「うわおっ!? 早く言え! 早くっ!」
俺は慌てて寝袋から飛び出る。
「いや、界〇拳のほうが気になって」
「そっちはどうでもいいっ!」
急いでランプをつけた俺は寝袋を思い切り振ってムカデを出し、箸で摘まんで外へと投げた。
「バイバイムカ三郎」
「お前の寝袋にもムカデ放り込んでやろうか?」
「焼いて食べたことはある」
「たくまし過ぎてたまにお前が怖い……」
テントの周りに虫除けを多めに撒いた俺は、ふたたび寝袋へと入った。
やがて朝になって俺たちはキャンプを片付けて帰る。
いろいろあったけどまあ楽しかった。
また機会があれば誘ってほしいと思う。
「うん? あははっ! なんだお前それっ!」
「えっ?」
振り向いて俺を見た陽介がいきなり笑い出す。
それを聞いた他のみんなも俺を見て笑い出した。
「あははっ! なにそれ夜斗くーんっ! あははっ!」
「な、なに?」
「それ、顔と頭」
「顔と頭って……あっ!?」
スマホのカメラを使って自分の顔を見ると、ハゲヅラと鼻眼鏡をつけた姿がそこにあった。
「よかった。最後にウケが取れたね」
「お前かこのっ!」
背後で満足そうに頷く情美の額へ俺は軽く手刀を与えた。
「夜斗君と姫路さん仲良いねー。うらやましい」
「い、いやまあ仲は良いけど、無堂さんも友達はいっぱいいるでしょ?」
「うん。友達はいっぱいいるけど、なんて言うのかな? うーん……夜斗君と姫路さんみたいな関係の友達はいないっていうか」
「そうなの?」
陽キャ姫なんて呼ばれている無堂さんだ。
俺と情美みたいな関係の友達はたくさんいそうだけど……。
寂しそうな羨ましそうな、そんな表情で無堂さんは俺たちを見ていた。
……キャンプから帰った次の日、学校へ来ると、
「ねえ夜斗君、あたしのおでこにチョップしてよ」
「えっ? い、いやそんなことできないよ」
教室で突然、おでこにチョップしてくれと無堂さんに言われて俺は戸惑う。
「どうして? 姫路さんにはできるのに?」
「いやあいつはその……友達だし」
「あたしと夜斗君も友達じゃん?」
「と、友達?」
「そうだよ」
無堂さんから友達と言われて嬉しさが込み上がってくる。
遠くから見てただけの無堂さんと友達になれるとは。
いやまあ一緒にキャンプまで行って、こうして普通に話もしているんだし、とっくに友達には……。
「ほあああっ! トラップカード発動っ! 髪の毛を抜くっ!」
「いてーっ! なにすんだこの馬鹿女っ!」
うしろから髪の毛を何本か抜かれた俺は、振り返って情美の鼻を摘まんだ。
「ぬ、抜いた数だけ手札を捨てろ」
「お前の魂を引っこ抜いてやろうかっ!」
「それってマジックカード?」
「うるせえっ!」
鼻を強く摘まんでやると、情美は「ふぎー」と鳴いた。
「それそれっ! そういうのがいいのっ!」
「えっ?」
「あたしにもそういう感じで接してほしいのっ!」
「い、いや、無堂さんにこいつと同じ扱いはできないよ。こいつほら、アホなことばっかりやってるからさ」
「じゃああたしもっ! えーいっ!」
「いたーいっ!」
無堂さんにも髪を引っ込かれた。情美よりも多めに。
「ほら、あたしもやったよ? 鼻摘まんで」
そう言って無堂さんは鼻をこちらへ向けてくる。
「いやそれちょっと、やっぱり……」
「どうして? 姫路さんとおんなじことしたよあたし?」
「こいつとはほら、長い付き合いでなんというかその、気心が知れ合ってるから気軽に叩いたりできるんだよ。無堂さんとはまだ友達になってから日が浅いからさ」
「……そっか」
寂しそうな声で無堂さんは言う。
「い、いやでも、そんなにいいことばっかりじゃないよ。いっつもこいつのふざけた行動に付き合わされて結構、大変なんだから」
「ねえ夜斗」
「なに?」
「すでにわたしの魔法カードが発動してるから購買でパン買って来て」
「なにが発動したら俺がお前のパシリになるんだよ?」
「魔法カード陰キャ突撃隊。陰キャはわたしの言うことを聞く」
「お前のほうが陰キャだろ。この耳元ごにょごにょ女」
「あーそういうトラップカードですか。まさかそう来るとはね。わかりましたよ。わたしがパンを買って来ればいいんでしょ。買って来ますよ。ええ買って来ますとも」
「買って来なくていいから少し静かにしてて」
「あーそういう魔法カードですか。まさかそう来るとはね。わかりましたよ。静かにしますよ。静かにします。ええ静かにしますとも」
「ね、こいついっつもこういう感じでふざけてんの。大変でしょ?」
「ううん。なんかそういう関係って羨ましい」
「えっ? そ、そうなの?」
「うん。友達は他にもいるけど、夜斗君と姫路さんみたいな関係の友達はいないんだよね。みんな良い人だけど、あんまり深くは入って来ようとしないっていうか、ちょっとよそよそしいの。もっとこう叱りつけるくらいの勢いで心に入って来てほしいんだけどねあたしとしては」
「な、なるほど」
意外にMっけでもあるのだろうか?
なんとも言えんけど。
「ねえ今日一緒に帰らない? 途中まででいいからさ」
「うん。いいよ」
「わ、わたしも途中まで一緒に帰る」
「お前はいつも途中まで一緒に帰ってるだろ」
「あーそういう魔法カードですか。まさかそう来るとはね」
「それはもういいってっ」
ということで今日は途中まで3人で帰ることになった。




