第4話 見合い相手の正体
「まあその……こういうことなんで」
センター分けを元へ戻し、情美は言う。
「お、お前……」
「うん」
「額に肉って書いてあるぞ」
「えっ? あ、昨日書いたの消すの忘れてた」
「どういう理由があったら自分の額に肉って書くことになるんだ……?」
「額じゃなくて顔見て顔。ほれ」
ふたたびセンター分けに。
そこに見えたのは、昨日の見合いであった美少女さんの顔だった。
「えっ? き、昨日のあの人、お前だったのか?」
「うん」
あの清楚系美少女さんが髪の毛ボサボサ女の情美だったとは。
驚きである。
「てか、お前、そんなに美人だったのっ?」
「いや別に……普通だし」
「それで普通なら他の女はゴブリンかなんかだぞ……」
情美の容姿は間違い無く上位1%……いや、0.1%の美貌である。
「そんなことより昨日はわたしも驚いた。海野組長の息子と見合いしろって言われて行ったら夜斗がいるんだもの。もしかしたらってちょっと思ってたけど、海野君って海野組の若さんだったんだ」
「うん。てかお前、よく俺だってわかったな?」
「なにが?」
「いや、俺と陽介って見た目だけなら同じじゃん? 親でも気付かないくらいさ。なのにお前、俺だってわかってたのか? いつから」
「いつからって、見た瞬間からだけど?」
「ほ、本当か?」
外見だけで俺と陽介を見分けられる人間なんて、今までひとりもいなかったのに……。
「うん。あのわたし……夜斗のことはよく見てるから」
「けど違いなんて無いだろ? 俺と陽介の見た目って? どっか違うか?」
「ううん。一緒だと思う。夜斗の額には肉って書いてあること以外は」
「書いてねーよ。お前だそれ。じゃあなんでわかるんだ?」
「なんとなく」
「なんとなく……ね」
ひどく曖昧な答えでもやもやさせられた。
「あ、そうだ。わたしFカップ」
「なにが?」
「胸のサイズ」
「ぶっ」
いきなり胸のサイズを教えられて俺は驚く。
「な、なんだよ急に?」
「だって昨日、聞いてきたじゃん? 胸のサイズ教えろや。ぐえっへっへって」
「そんな下衆野郎な聞きかたしてないです……。いやまあ聞いたけど、なんで答えが今なんだよ?」
「あのときはお父さんも海野組長もいたし」
「俺には教えていいのか?」
「いいよ」
ほんのり頬を染めながら情美はそう答えた。
Fカップ……。
なんとなくわかっていたが、でかい。
女の子って意外に胸のサイズを簡単に教えてくれるものなのか?
情美以外の女の子と交流が無いからわからん。
「胸のサイズ教えるためにここへ連れて来たのか?」
「違う」
「じゃあ……」
「助けてもらったのに、ちゃんとお礼言えてなかったから。夜斗が助けてくれなかったらたぶんわたしもお父さんも殺されてた。ありがとう」
「ああうん……いやまあ、夢中であんまり覚えてないけど……」
お礼を言われて強く実感する。
俺は人の命を……情美を救ったのだと。
「助けてもらったのはこれで2回目だね」
「2回目?」
「1回目はわたしがまだ一羽の鶴だったときでした。罠にかかったわたしはあなたに助けられ、無事に帰ることができたそうな」
「昔話が始まっちゃったよなんか」
「最初は小学校のときの遠足。迷子になったわたしを助けてくれた」
「あれは別に……俺が捜して見つけなくても先生がそのうち見つけてたよ」
「けど捜して見つけてくれたのは夜斗。あのとき本当に怖くて寂しかったから、夜斗が来てくれて本当に嬉しかった」
「う、うん」
前髪に隠れた表情が柔らかく笑顔になる。
俺が思っていた以上に、あのときの情美は嬉しかったようだ。
「まだあのときのお礼もできてないのに、また助けてもらっちゃった」
「お礼はあのとき言ってただろ? ありがとうって」
「言葉だけじゃ足りない。今回のは本当にそう。命まで助けてもらった。形としてちゃんとお礼がしたい」
「俺たちは友達だなんだからお礼なんて言葉だけで十分だよ」
「それじゃあダメ」
と、情美は真剣な声音で言う。
「わたしは極道の娘。受けた恩はきっちり形で返さなきゃ気が済まないの」
「そ、そう……なのか?」
「うん」
重く頷く情美を前に、俺はなにも言えなくなる。
俺も親戚がヤクザなのでわからなくはない。極道の世界における貸し借りは、堅気の世界で考えるものよりも重いものであると。
情美はヤクザじゃないけど、極道の精神は父親から受け継いでいるらしかった。
「その……わたし、夜斗のためならなんでもするから。消費税をゼロにして給付金も配って国民のために身を粉にして働いてもいいから」
「選挙前の政治家? いやなんでもって……」
「エ、エッチなことでも……いい」
「エ、エッチなことって……」
エッチなこととはエッチなことで、エッチなことだろう。
「い、いい、いやっ! なに言ってんだよっ! お前は友達だっ。エッチなことしたいなんて考えないよっ」
「……そっか」
俺の言葉に、情美はなぜか力無い声で答えた。
「俺はほらその……好きな人いるし」
「ああ、駅前で変なビラ配りながらダチョウのモノマネしてる田村さんね」
「誰やねんそれ」
「無堂さん……だよね?」
「うん」
以前に聞かれて話したことがある。
からかってくると思ったが、そのときの情美は「そう」と答えただけだったのを覚えていた。
「……じゃあわたしが」
「えっ?」
「わたしが……わたしが……」
なにやら情美はすごく言い辛そうに、そして苦しそうに言葉を吐く。
「な、なんだよ?」
「うう……その、その……」
「うん」
「う、うう……」
「えっ? な、泣いてるのか?」
「うう……ほっほふぇえももっふえごえごおおん」
「な、泣いて、えっ? なに? なにそれ? どっから声だしてんの?」
「うう、わ、わたしが……その……その恋を手伝って夜斗と無堂さんを……こ、こ、恋人同士に……してあげる」
そう絞り出すように情美は言った。