第39話 心が曖昧
「大丈夫か?」
「えっ? あ……」
こちらを振り返った情美は慌てた様子で涙を拭く。
「木から落っこちて足をくじいたのか?」
「あ、その……へ、平気だ。あばらを2、3本持っていかれただけだぜ」
「そら大怪我だよ。足押さえてるのにあばらはないだろ」
「うう……大丈夫。痛いけどたいしたことはなさそう」
「そうか? ほら、肩貸すから」
「うん」
肩を貸して情美を立たせる。
「木の上で逆立ちなんて無理するからだぞ」
「幽霊と言ったら木の上で逆立ちだし」
「そんなアクロバティックな幽霊聞いたことね―よ」
「本物の幽霊なら木の上でサーカスしてた」
「楽しませてどうする。それよりお前、なんで泣いてたんだ?」
「あ、その……目にゴミが家族そろってお邪魔して来て」
「そこは目にゴミが入ったでいいだろ。なんで家族連れで目にお邪魔してくるんだよ? 本当にお邪魔だわ」
「あ、足をくじいて痛かったの」
「嘘吐け。木の上で逆立ちしてたときから泣いてただろ」
「過去に攻撃を食らって落ちる前から痛みが出てたの」
「お前なに? スタ〇ド使いかなんかと戦ってるの? 言い訳に無理があり過ぎるぞ」
「こ、怖がらせようと思って……」
「他のみんなのときは笑って怖がらせようとしてたんだろ? なんで俺と無堂さんのときは泣いてたんだよ?」
「……」
「……俺が無堂さんと手を繋いでいたのが嫌だったのか?」
「そんなこと聞かないでよ」
「あれはお前、無堂さんが怖がった繋いできたんだよ。別に深い意味は無い。ペアが俺じゃなくても、繋いでたよ。たぶん」
「聞いてないし。無堂さんが夜斗に握撃をかまそうとしたなんて聞いてないし」
「なんで俺、無堂さんからそんな重い一撃を食らわなきゃならないんだよ? 俺のほうが一緒にいて怖くなるわそんなんだったら」
「いやらしい顔してたくせに」
「そんなこと……いや、無いとも言えないけど」
「わたしの食べたラーメンがうらやましくて」
「ラーメン食べたのをうらやんでいやらしい顔をするって、俺どんな性癖だよ?」
「夜斗は無堂さんのことが好きなんでしょ?」
「それはまあ……」
「けどわたしにもやさしい」
「それはそうだろ」
「……夜斗は曖昧なの。アイさんとマイさんっていう人名じゃなくて、はっきりしないって意味の」
「いや、わかってるよ。誰? アイさんとマイさんって? はっきりしないってなんだよ?」
「そういうのわかってくれないから……」
「言ってくれなきゃわかんないだろ?」
「女の子は男の子にそういうの察してほしいって言うか……いや、心を読めとまでは言わないけどね」
「当たり前だよ。心が読めてたまるか。察してくれって……いやその、お前さ、もしかして俺のこと……」
「ちょ、ちょっと待ってっ」
俺の言葉を遮って情美は声を上げる。
「それ、さ、もっと夜斗の心をはっきりさせてから聞いてほしいんだよね。だってさ、それ聞いてもしわたしがうんって言ったら、夜斗どうするの? 夜斗は無堂さんのことが好きなんでしょ? わたしになんて答えるの?」
「それは……」
俺のことが好きなのか?
そう聞いて情美が肯定したら、俺はどう答えたらいい?
俺は情美に対して好意的な気持ちは持っている。けど、それは友情なのか愛情なのか、はっきりしていなかった。
「夜斗の曖昧な心をはっきりさせてから聞いて。そしたらわたし……その、ちゃんとと答えたいって……」
「夜斗くーんっ!」
「夜斗ーっ姫路ーっ」
「あっ」
声を聞いて振り返ると、こちらへ駆けて来る無堂さんと陽介の姿があった。
「おい大丈夫か?」
「ちょっと遅かったから心配になっちゃって……。あ、姫路さんどうしたの? 怪我したの?」
「ごにょごにょ」
「天狗の面をつけた知らないおっさんに判断が遅いって足を蹴られた」
「えーっ!」
「いや、変な嘘吐くなっ! 木から落っこちて足をくじいたんだって」
「木から? あ、じゃあもしかしてさっき木の上にいたおばけって、姫路さんだったの?」
「ごにょごにょ」
「判断が遅いっ! って、うるさいわっ。みんなを脅かそうって木の上で逆立ちして落っこちたんだ。たいしたことないみたいだから、冷やせば大丈夫だと思う」
「そっか。それじゃあ早く戻って冷やさないとね」
俺たちはみんなところへ戻り、情美は足を冷やすために川へと連れて行った。
「氷があればよかったんだけど」
「いいよ。たいしたことないからこれで大丈夫」
川の流れに素足を浸しながら情美は言う。
「……」
「……」
川の流れる音と風の音。
その2つだけが俺たちの耳へ囁いていた。
「今ここでオナラしたらウケそう」
「自然の声に耳を傾けて心安らいでた俺の気持ちがぶち壊しだよ」
「オナラも自然の音だし」
「屁と一緒にするな。お前も少しはこの大自然の音に心を委ねて、精神を清らかにしろ」
「オナラは我慢せずに出したほうが身体にも心にも良いと思う」
「身体には良いかもしれんけど、心は関係無いだろ」
「オナラでウケが取れたら嬉しいじゃん」
「女が屁を聞かれたら普通は心が傷つくんだよ」
「夜斗になら聞かれても……いいよ」
「いやそんなことちょっと恥ずかし気に言われても反応に困るんだけど……」
「そこは男なら全力で嗅ぐぜって言わないと」
「それ言われて喜ぶ女がいるとしたらお前だけだよ……」
「いや別に嬉しくない。キモいって思う」
「ぶっていい?」
……それから十分に足を冷やさせ、俺は情美に肩を貸してキャンプへ戻った。
すでに夜遅く、少し雨も降って来たのでもう寝ようということになって俺はテントへと入る。
「そういえばお前、どこで寝るんだ?」
情美が持って来たのは寝袋だけでテントは無い。
「その辺に寝袋転がして寝るよ」
「雨降って来たし、俺のテント入れよ」
「エッチなことする気だ」
「するわけないだろ」
「じゃあ顎を撫でながらよーしよしよしってするつもりだ」
「猫か。いいから入れよ。雨も少し強くなってきたし」
「うん……」
ほんのり頬を赤らめながら、情美は寝袋を持って俺のテントへと入った。




