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第34話 怪しいバイト

 ……情美のお父さんから紹介された短期のバイトで、なぜか俺は情美と共にワゴン車で山奥まで連れて来られていた。


「お前これ、本当に安全なバイトなんだろうな?」

「危険は無いってお父さんは言ってた」

「だってこんな山奥でどんなバイトするんだよ? なんか聞いてもはぐらかされてはっきり教えてもらえないし」


 なんか土日の2日間、泊りでやるバイトとは聞いたけど。


「わかんない。なんか長期でやってるバイトの人が急用で2日だけ休むことになって、それで緊急で補充のバイトが必要になったってのは聞いた。まあとにかく指示通り動けばいいってお父さんは言ってたよ」

「指示通りって……」


 一体なにを指示されるのか怖くてしかたない。


「まあいいじゃん。時給5000円ももらえるんだし」

「高給だからむしろ怖いんだよ……」


 高校生のバイトで時給5000円って、絶対にまともなバイトじゃないだろう。せめて警察沙汰にならないことを祈るだけである。


 それからしばらくしてワゴン車は止まり、俺たちは車から降りる。


「それじゃあ俺について来てください」


 スタッフというべきか従業員というべきか、なんかよくわからないチンピラ風の男に出迎えられ、俺たちはついて行く。

 やがてやって来たのは横にも縦にも広く長く伸びている金網の前であった。


「あの高台に上って、ここを誰か通ったら俺のスマホへ連絡してください」

「高台? あっ」


 よく目を凝らして見ると、木々に囲まれた暗がりの中に高台があった。


 なんでこんなところにあんな高台が?

 このやたら背の高い金網の目的も気になるけど……。


「じゃあお願いします。トイレに行きたくなったりしたときも連絡してください。休憩のときはこちらから連絡しますので。あ、これ暗視グラスです。暗くなってきたらこれを使ってください。寝るときは高台に寝袋がありますので」

「あ、はい」

「ああそれと、もしもあの金網を超えて行きそうな人間がいたら、高台にあるケースを開けてそれでなんとかしてください。まあミスってもこっちでなんとかするんで、それはできたらで構いません」


 そう言って男は踵を返す。


「えっ? 仕事ってそれだけなんですか?」

「はい。お願いします」


 男は元来た道を戻って行き、残された俺はポカンと立ち尽くす。


「楽そうでよかったね」

「いやいやいやっ! なにこの仕事っ! 怪し過ぎないっ!?」


 あの隠れるように建っている高台へ上って、人が通ったら連絡する。

 それだけで時給5000円とはあんまりにも怪しい。


「いーじゃん別に。お金もらえるんなら」

「お前これ、絶対に合法なんだろうな? あとで捕まったりしないだろうな?」

「大丈夫だよ。うまいことやってるから捕まらないって」

「いややっぱり違法なんじゃねーかっ!」

「グレーだよグレー。違法じゃないから。たぶん」

「たぶんってなんだよっ! やべーよっ! 犯罪の片棒を担がされてるかもしれねーのかよっ! どうしよう? 今からでもやめたほうが……」

「あ、誰か来たよ」

「えっ? わっ」


 情美は俺の手を引いて物影に隠れる。そのすぐあとに中年くらいの男性が目の前をダッシュで横切って金網を登り始めた。


「なにしてんだあれ?」

「ともかく連絡しないと」

「うん」


 俺は指示された通り、スマホでさっきの人に連絡する。

 と、3分もしないうちに別の男たちが3人ほど来て、抵抗する中年男性を金網から引きずり降ろして無理やり連れて行った。


「良い仕事したね」

「いやなんの仕事これっ! 絶対にまともな仕事じゃないだろっ!」

「まああれだよ、たぶんカ〇ジの地下労働施設みたいなもんだから大丈夫」

「ど違法じゃねーかっ! 大丈夫じゃねーよっ!」

「借金返せなくなるのが悪いんだよ」

「いやまあ、それはそうかもだけどさ……」

「大丈夫大丈夫。捕まったりはしないから。ほら高台に上ろう」

「あ、うん」


 流されるまま、俺は情美と一緒に高台へ上った。


 ……それから人が来るたび連絡をして、男たちがその人を連れて行くということが繰り返された。


「バクバクモグモグ」


 隣では情美がどっかにある事務所から弁当をもらって来て食べていた。


「なんでこっちにばっかり逃げて来るんだろ?」

「たぶん他にも同じような監視台がいくつかあると思うよ。人里に出やすいとこに監視を置いてるんじゃないかな?」

「なるほど。ここを通る人ってなにやらされてるんだろう?」

「普通の人ならやらないような仕事。3Cの仕事だね」

「3C? 3Kじゃなくて?」

「超きつい超汚い超危険」

「激ヤバってことじゃねーかっ! まあでも借金が返せなくなってやらされてるんだし自業自得でもあるか……。けど逃げるほどなのか? いくらキツイって言っても、いつかは終わるんだし、それまでがんばればいいのに」

「終わる? 終わるかなぁ?」

「えっ? そりゃいつかは終わるだろ?」

「飲食代、家賃と、給料からいろいろ引かれるからね。家賃はボロいタコ部屋で月10万とかパン1個で2000円とか、そういう感じで」

「いやもう奴隷労働だろそれ……」

「多重債務者の末路ってやつだね」


 世の中の闇を知ってしまい、なんだか身体が震えた。


 そして夜になり、俺は高台の上から暗視レンズで周囲を見ていた。


「まさかこんな怪しいバイトをやらされることになるなんて……」


 まあ人間関係とかはほぼ無いので、陰キャな俺にはピッタリだが。


「そろそろ交替してくれよ」

「ちょっと待って。今、マ〇カーいいとこだから」

「こんななんにもない山奥でも通信対戦できるとか謎過ぎるだろ……」


 しかたないなと思いつつ、俺は監視を続ける。


「……うん? なんだよ?」


 高台から周囲を見下ろす俺を、情美がじっと見ていた。


「あ、いやその……」


 自分の唇へ触れながら情美は俺から視線を逸らす。


「お、お前まだあのときのこと……」

「い、いや、気にしてるとかじゃないのっ。なんかその、忘れられなくて……」

「気にしてるじゃん。本当に悪かったよ。謝ることしかできないけど……」

「嫌だったとかじゃないのっ。それは本当っ」

「そ、そうか……うん」

「……ねえ夜斗」

「うん?」


 立ち上がった情美が俺へと近づく。

 そして触れそうな距離で俺を見上げてきた。


「わ、わたし……その」

「情美……」


 情美の唇へ視線が集中する。

 俺の唇は自然とそこへ近づいて行き……。


「あっ」


 静かな森の中に僅かな物音が。

 俺は急いで暗視レンズで周囲を探ると、そこに人の姿が写った。

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