第33話 夜斗が好きな女の子
「えっ? キャンプ?」
遊園地へ行った日から2日後。
学校へ来ると陽介からキャンプに誘われた。
「うん。キャンプに行くんだけど、お前も来るかなって」
「行くのってお前と日出さん?」
「いや、天陽は虫がダメだからパスだって。行くのは前にカラオケ行った面子と同じ」
「じゃあ無堂さんもか」
「てか無堂の提案。あいつアウトドア好きだから」
確かにキャンプとか好きそうではある。
「姫路も誘ってさ、お前も来いよ」
「情美もか」
遊園地へ言って以来、妙に機嫌が良いような気がする。
俺とキスをしてしまうなんていうトラブルがあったのに……。
「お前もう姫路に告白しろよ」
「い、いやなんでそうなるんだよ」
「だって遊園地でキスしてたじゃん」
「あれはだからトラブルだって言っただろ」
「じゃあ嫌だったのか?」
「いや別に嫌ではなかったけど……」
「普通、好きでもない奴とキスしたら嫌だろ? それも初めてだったのにさ」
「それはまあ……」
「姫路だって嫌がってなかっただろ?」
「うん」
むしろなんか嬉しそうだった。
「率直に聞くけどさ、お前、姫路と恋人同士になるのは嫌なのか?」
「えっ? そ、れは……」
嫌ではない。
情美と一緒にいるのは楽しいし、恋人同士になっても楽しいと思う。
「嫌じゃないなら付き合ったらいいじゃん」
「いや、付き合えって、情美がどう思ってるかっていうのもあるだろ?」
「そんなの側にいるお前ならわかるだろ?」
「それは……でも」
情美も俺と恋人同士になるのは嫌じゃないかもしれない。けど……。
「ずっと友達だったんだ。その関係を崩したくないというか……」
「まあその気持ちはわかんなくねーよ。けど友達同士のままじゃ、きっと後悔することになると思うぜ」
「そ、そうかな?」
「まああとはお前次第だよ。無堂が好きなのもいいけど、本当に好きな女を見誤るんじゃねーぞ」
「う、うん……」
本当に好きな女。
俺が好きな女の子って……。
「ねえ夜斗、メスシリンダーのダーと猪木のダーどっちが好き?」
トイレから戻って来た情美の問いを聞いて俺の思考は途切れる。
「その2択でメスシリンダーのほうを選ぶ人に会ってみたいよ」
「たぶん理系だよ。理系はメスシリンダーをこよなく愛してるから」
「なんで理系ってだけで実験道具をこよなく愛するんだよ?」
「それはあんた、理系に聞いてくださいよ。わたし理系じゃないもん。なにメスシリンダーをこよなく愛するって。ぶははっ」
「いやお前が言ったんだろっ! 理系に謝れっ! 理系に変なイメージつけてごめんなさいって謝れっ!」
「大変申し訳ございませんでした」
「わあっ! めっちゃ丁寧っ!」
「てかメスシリンダーってなに?」
「知らんのかいっ!」
俺のツッコミに情美はまたぶははと笑う。
俺、本当にこいつと恋人同士になりたいと思ってるのか?
なんか自分の気持ちがまったくわからなくなってきた。
「キャンプはどうするんだよ?」
「あ、そうだった。陽介と無堂さんたちがキャンプに行くみたいなんだけど、情美も一緒に行くか?」
「無堂さんも? そう……」
「うん? どうした?」
「ん、別になんでもないよ」
しかし情美の表情は一瞬だけ暗くなった気がした。
「キャンプは陽キャの趣味。光属性を得るためには必要かもね。……夜斗が無堂さんと仲良くなるために」
「う、うん」
さっきまでのとぼけた様子とは違い、情美の顔は暗く真剣なものとなる。
情美は無堂さんの話になると暗くなる。
それってもしかして……。いや、それは自意識過剰かな……。陰キャな情美は、陽キャな姫那さんのことが苦手なだけかも。
「けど夜斗はキャンプ行けるの?」
「暇だし行けるけど?」
「そうじゃなくて、夜斗ってキャンプの道具なにも持ってないでしょ? 道具を買うお金はあるのってこと」
「あ……」
そういえばそんなに金の余裕は無いんだった。
「まあまだ2週間くらい先だから、短期のバイトでもしてみたらどうだ?」
「バイトか……」
小遣いは期待できないし、キャンプに行くならそれしかないか。
「けど陰キャの俺にバイトはきついなぁ」
バイトに行けば、学校以外の人間関係が発生する。
まあしかし、大人になればいつかは働くのだ。予行演習とでも考えて経験しておくのも悪くはないか。
「バイトだったらわたしがお父さんに頼んで紹介してもらってもいいよ」
「えっ? お前のお父さんにって……」
「お父さん、顔が広いからいろんな短期の高給な仕事をすぐに紹介してくれると思うよ」
「なんかその……ヤバい仕事じゃないだろうな? 闇バイトとか」
「そんなの夜斗に紹介するはずないでしょ。夜斗はお父さんの命を救った恩人なんだし、安全な普通のバイトを紹介してくれるよ」
「そ、そうかな……」
それならと、俺はバイトの紹介をお願いすることにした。
「テントは2つ用意して男女分かれて使う予定だけどさ、えーっと、姫路お前、他の女子と同じテントで一晩過ごせるか?」
「無理」
陽介の問いに情美は即答する。
「けど寝床は自分で用意するから大丈夫」
「そうか? うーん……」
考える様子を見せた陽介は、なにを思ったか俺の肩を抱いて情美に背を向けた。
「お前、自分用にテントを持って来てくれるか?」
「えっ? どうしてだ?」
「仲間同士で行って、姫路だけひとりで寝かせたらハブってるみたいでちょっとかわいそうだろ? だから悪いけどお前も別のテントにひとりで寝てくれるか? 他のみんなには理由をうまく言っておくからさ」
「う、うん。わかった」
確かに他のみんなが一緒のテントで寝てるのに、情美だけひとりぼっちは気の毒か。さすが陽キャの陽介は気配りもできる。
「まあお前ら2人でひとつのテントを使ってもいいけどな」
「ば、馬鹿言うなよ」
いくら相手が情美でも、男女が同じテントで一晩を過ごすのはマズイだろう。
「ねえなんの話してるの?」
「うん? うん。まあちょっと……キャンプのことで男同士の話」
「ああうん。そうだね。一晩でも必要だもんねそういうの。大丈夫。わたし男子のそういうところにちゃんと理解があるから」
「えっ? い、いやお前、なんか勘違いして……」
「やっぱり男子なんだし、1日1回は月に向かって吠えないとね」
「オオカミか」




