第32話 初めての……
待っているといよいよパレードが始まり、俺たちはそれを眺める。
「人がいっぱいで吐きそう、んがんが」
「パレード見ながら食べるラー油を口に放り込む奴なんて、過去現在未来に渡ってもお前くらいだろうな」
隣で瓶の中身を口に放り込んでるからとても恥ずかしい。
「パレードって派手でなんか幻想的だね」
「そうだな」
「フィニッシュ決める隙も無い」
「絶対にさっきみたいなことはするなよ」
「そのフリはちょっと厳しい」
「フリじゃねーからっ!」
こいつなら本当になんかしそうで怖い。
「陽ちゃん、やっぱりパレードは感動するね。なんかすごい気持ちが昂っちゃって、もうわたし肩の関節がはずれちゃいそうだもん」
「どういう昂りかただよ」
「陽ちゃん」
「うん? ん……」
日出さんが陽介の唇へ軽くキスをした。
こんな大勢がいる場所で大胆だなと、ちょっと驚いた。
「ん?」
情美はそれを恥ずかしそうに見て、それから慌てた様子で俯いた。
「情美?」
「えっ? あ、うん……」
情美は顔を上げて俺の目をじっと見つめる。
俺もその目を見返した。
「夜斗……」
「な、情美?」
なんだこの感じ?
情美のことがなんだかすごく女の子に見える。
「キスって、どんな味がするのかな?」
「そ、そんなの俺が知るわけないだろ」
「山〇家のラーメンみたいな味かな?」
「臭そう」
「か、仮のデートだし、練習でしてみたりとか……」
「馬鹿お前、初めてを練習で消費するなよ」
「そ、そっか……。そうだね」
なぜか残念そうに情美はふたたび俯く。
「あ、じゃあお互いの頬にしてみるとか……。お前がいいならだけど」
「う、うん。いいよ」
「えっと、じゃあお前から……」
俺は横を向いて頬を向ける。
「チェストーっ!」
「わおっ!? なにする気だっ!?」
「だ、だから頬にキスだけど」
「掛け声がおかしいっ!」
「じゃあ黙ってする」
「うん」
「じゃ、じゃあ……ちゅ」
「……っ」
情美の柔らかい唇がそっと頬へ触れた瞬間、全身に電気が走ったように俺の身体は震えた。
なんていうか、言葉にはできない感覚だ。
しかし決して悪いものでは無く、俺は胸を高鳴らせて硬直していた。
「ど、どう?」
「わ、悪くない」
「そっか。じゃ、じゃあ次はわたしがされる番だね」
と、情美がこちらへ頬を向けてくる。
俺は緊張しつつ、その頬へと自分の唇を近づけた。
「わぁいっ!」
「あっ」
そのとき駆けて来た子供が情美の脚へぶつかる。
そのほんのわずかな衝撃で情美の顔はこちらを向き、
ちゅっ
2つの唇が重なり合った。
「んっ!?」
「んうっ!?」
見開いた目が見つめ合う。
そして慌てて離れた。
「ご、ごめんつ!」
俺はすぐに謝る。
情美は自分の唇に手を当てながら、無言で立っていた。
「悪い……。悪かったよ。本当にごめん。俺は……」
「夜斗……」
「えっ?」
俺の名を呟いた情美は怒りでも悲しみでもない、ただただ戸惑っているという様子の表情を見せていた。
「ごめんわたし、夜斗の初めてを……」
「いやいやっ! 謝るのは俺のほうだってっ! 俺、お前の初めてを、さ。謝って済むことじゃないんだけど……」
「いいのっ! いいのわたしは大丈夫っ! なんとも思ってないからっ!」
「えっ? な、なんとも思ってないのか?」
それはそれでなんか……。
「あ、う……その、なんとも思ってないってことは……ないよ。すごく胸がドキッとしたし、今だってドキドキしててその……うう……」
情美は両手で顔を覆って屈んでしまう。
傷ついているという感じではない。
怒っているという様子でもない。
一体、情美はどういう感情になっているのか、俺は判断に困った。
「な、夜斗はどうなの?」
「お、俺はって……」
「なんとも思わなかったの?」
「思わないわけないだろっ。ドキドキしたし……なんか心地良かったというか……い、いやごめん。変なこと言って……」
「ううん。あの、その……なんか嬉しい」
「う、嬉しいってお前……」
「だって……」
唇へ触れながら、情美は頬を染めて上目遣いで俺を見つめてくる。
「わたしの初めて……夜斗なんだね」
「そ、そうなっちゃったな。ごめん……」
「ふふっ」
謝る俺を前に、情美はなぜか嬉しそうに笑う。
「わたしの初めては夜斗。夜斗なんだ」
「な、なんだか嬉しそうだな?」
「そうかな? じゃあ夜斗は……どうなの? 初めてがわたしでさ」
「そ、それは……」
悪いという気持ちは無い。
嬉しいかと問われれば、そうだと答えるのが正しいようにも思う。
けどそう答えるというのは、すごく重要な意味になるような気がして、俺はなにも言えなくなってしまった。
「嫌……じゃないよね?」
「う、うん」
「よかった」
そう言って微笑んだ情美を前に俺の心臓はふたたに高鳴る。
なんだこの気持ち?
俺、もしかして情美のこと……。
「ねえ、初めてしたキスの味ってどうだった?」
「えっ? えーっと」
「なんかくだものの味とか聞くよね? いちごとかレモンとか」
「あー……」
「なんだった?」
「……ニンニク」
むっちゃニンニクであった。




