表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/47

第32話 初めての……

 待っているといよいよパレードが始まり、俺たちはそれを眺める。


「人がいっぱいで吐きそう、んがんが」

「パレード見ながら食べるラー油を口に放り込む奴なんて、過去現在未来に渡ってもお前くらいだろうな」


 隣で瓶の中身を口に放り込んでるからとても恥ずかしい。


「パレードって派手でなんか幻想的だね」

「そうだな」

「フィニッシュ決める隙も無い」

「絶対にさっきみたいなことはするなよ」

「そのフリはちょっと厳しい」

「フリじゃねーからっ!」


 こいつなら本当になんかしそうで怖い。


「陽ちゃん、やっぱりパレードは感動するね。なんかすごい気持ちが昂っちゃって、もうわたし肩の関節がはずれちゃいそうだもん」

「どういう昂りかただよ」

「陽ちゃん」

「うん? ん……」


 日出さんが陽介の唇へ軽くキスをした。

 こんな大勢がいる場所で大胆だなと、ちょっと驚いた。


「ん?」


 情美はそれを恥ずかしそうに見て、それから慌てた様子で俯いた。


「情美?」

「えっ? あ、うん……」


 情美は顔を上げて俺の目をじっと見つめる。

 俺もその目を見返した。


「夜斗……」

「な、情美?」


 なんだこの感じ?

 情美のことがなんだかすごく女の子に見える。


「キスって、どんな味がするのかな?」

「そ、そんなの俺が知るわけないだろ」

「山〇家のラーメンみたいな味かな?」

「臭そう」

「か、仮のデートだし、練習でしてみたりとか……」

「馬鹿お前、初めてを練習で消費するなよ」

「そ、そっか……。そうだね」


 なぜか残念そうに情美はふたたび俯く。


「あ、じゃあお互いの頬にしてみるとか……。お前がいいならだけど」

「う、うん。いいよ」

「えっと、じゃあお前から……」


 俺は横を向いて頬を向ける。


「チェストーっ!」

「わおっ!? なにする気だっ!?」

「だ、だから頬にキスだけど」

「掛け声がおかしいっ!」

「じゃあ黙ってする」

「うん」

「じゃ、じゃあ……ちゅ」

「……っ」


 情美の柔らかい唇がそっと頬へ触れた瞬間、全身に電気が走ったように俺の身体は震えた。


 なんていうか、言葉にはできない感覚だ。

 しかし決して悪いものでは無く、俺は胸を高鳴らせて硬直していた。


「ど、どう?」

「わ、悪くない」

「そっか。じゃ、じゃあ次はわたしがされる番だね」


 と、情美がこちらへ頬を向けてくる。

 俺は緊張しつつ、その頬へと自分の唇を近づけた。


「わぁいっ!」

「あっ」


 そのとき駆けて来た子供が情美の脚へぶつかる。

 そのほんのわずかな衝撃で情美の顔はこちらを向き、


 ちゅっ


 2つの唇が重なり合った。


「んっ!?」

「んうっ!?」


 見開いた目が見つめ合う。

 そして慌てて離れた。


「ご、ごめんつ!」


 俺はすぐに謝る。

 情美は自分の唇に手を当てながら、無言で立っていた。


「悪い……。悪かったよ。本当にごめん。俺は……」

「夜斗……」

「えっ?」


 俺の名を呟いた情美は怒りでも悲しみでもない、ただただ戸惑っているという様子の表情を見せていた。


「ごめんわたし、夜斗の初めてを……」

「いやいやっ! 謝るのは俺のほうだってっ! 俺、お前の初めてを、さ。謝って済むことじゃないんだけど……」

「いいのっ! いいのわたしは大丈夫っ! なんとも思ってないからっ!」

「えっ? な、なんとも思ってないのか?」


 それはそれでなんか……。


「あ、う……その、なんとも思ってないってことは……ないよ。すごく胸がドキッとしたし、今だってドキドキしててその……うう……」


 情美は両手で顔を覆って屈んでしまう。


 傷ついているという感じではない。

 怒っているという様子でもない。


 一体、情美はどういう感情になっているのか、俺は判断に困った。


「な、夜斗はどうなの?」

「お、俺はって……」

「なんとも思わなかったの?」

「思わないわけないだろっ。ドキドキしたし……なんか心地良かったというか……い、いやごめん。変なこと言って……」

「ううん。あの、その……なんか嬉しい」

「う、嬉しいってお前……」

「だって……」


 唇へ触れながら、情美は頬を染めて上目遣いで俺を見つめてくる。


「わたしの初めて……夜斗なんだね」

「そ、そうなっちゃったな。ごめん……」

「ふふっ」


 謝る俺を前に、情美はなぜか嬉しそうに笑う。


「わたしの初めては夜斗。夜斗なんだ」

「な、なんだか嬉しそうだな?」

「そうかな? じゃあ夜斗は……どうなの? 初めてがわたしでさ」

「そ、それは……」


 悪いという気持ちは無い。

 嬉しいかと問われれば、そうだと答えるのが正しいようにも思う。

 けどそう答えるというのは、すごく重要な意味になるような気がして、俺はなにも言えなくなってしまった。


「嫌……じゃないよね?」

「う、うん」

「よかった」


 そう言って微笑んだ情美を前に俺の心臓はふたたに高鳴る。


 なんだこの気持ち?

 俺、もしかして情美のこと……。


「ねえ、初めてしたキスの味ってどうだった?」

「えっ? えーっと」

「なんかくだものの味とか聞くよね? いちごとかレモンとか」

「あー……」

「なんだった?」

「……ニンニク」


 むっちゃニンニクであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ