第29話 恋人繋ぎに緊張
恋人繋ぎをしたまま俺たちは陽介たちのうしろを歩く。
情美と一緒に歩くなんていつものことだ。
しかしこうやって手を繋ぐだけでこんなに緊張してしまうとは。
想像できなかった事態に、俺は困惑しつつ歩き続けた。
「な、夜斗の手って思ったより大きいね」
「そ、そうか? 普通だと思うけど」
「ドラ〇もんくらいかと思ってた」
「大きさ以前に指すらねーじゃねーか」
「さすがに失くすのは小指だけにしたいよね」
「1本も失くしたくねーよ。ヤクザじゃねんだから」
「全部失くすとかどんだけやらかしてんだよってね。ぷくくー」
「いや、笑えねーってっ!」
まあ情美のほうはいつも通りなので、緊張は少しやわらいだ。
だが、情美の手は少し汗ばんでる気がした。
「お前、緊張してるのか?」
「し、してないけど?」
「だってなんか手の平、すげー汗かいてる」
「そ、そんなことないシーサーペントっ」
「ボケのキレも悪いような……」
「わ、悪くないモンゴルっ!」
やっぱキレ悪いな……。
いつもの情美なら『キレてますよ。わたしのボケのキレを悪くしたらたいしたもんだ』とか、わけのわからんモノマネで返しをしてきそうなのに……。
やっぱり情美も緊張してるのかなぁと思いつつ、俺は手を握り続けた。
「じゃあまずは船に乗る海賊のやつ行こうぜ」
「陽ちゃん、あそこで泳ぐの好きだもんね」
「迷惑客かっ! 泳がねーよっ! 夜斗と姫路もそこでいいだろ?」
「うん」
「オッケー牧場」
ということで俺たちは海賊がテーマの船に乗るアトラクションへ向かった。
ボートみたいな船に2人並んで乗る。
陽介と日出さん。そのうしろに俺と情美が座った。
「昔、お父さんと一緒に乗ったことあるんだよねこれ」
「ああ、俺も昔に親と乗ったよ」
「アトラクション終わって出たとき、海賊になるってお父さんが言い出して、なに馬鹿なこと言ってんだっておかあさんにひっぱたかれてた」
「いつもなら嘘吐くなって言うところだけど、あのお父さんなら言いそうだな……」
「今でもたまに海へ行ってホオジロザメしばいてる」
「嘘か本当か判断しづらい話やめろ」
そんな話をしているうちにボートがゆっくりと動き出す。
「このアトラクションってどこかでジェットコースターみたいにガクンって落ちてスピード出るとこあったよね? 光の速さくらい」
「乗ってる俺たちまで光となって消えるわ。なんだ怖いのか?」
「べ、別に」
そう言いつつ、情美は視線を泳がす。
怖いものなんて無いと思ってたけど、意外とジェットコースターみたいのはダメだったりするのかな?
「怖かったら夜斗に抱きついたらどうだ? そのほうが恋人同士っぽいだろ?」
「こ、恋人同士じゃねーって」
「仮だよ仮。光属性が手に入るかもしんねーぞ?」
「わたしはもう陽ちゃんのこと大好きだから、抱きつくだけじゃ足りないよ。もうぎゅーって首まで絞めちゃうから」
「殺す気か」
「じゃあわたしは夜斗の首を三角締めで絞める」
「張り合うな。てかもう抱きつくんじゃなくて絞め落としにきてんじゃねーか」
「一緒一緒」
「なわけあるか。正拳突きと政権与党くらい違うわ」
「おもしろくない」
「すみません」
ダメ出しを食らった俺はちょっと落ち込みつつ、ボートの周囲を眺めていた。
「懐かしい」
「そうだな」
子供のころに親と見たアトラクションの光景に懐かしさを感じる。
自分もいつかは結婚して、子供と一緒にこの光景を眺めるのだろうか?
そんな風に考えつつ、なんとなく情美のほうを見る。
「なに?」
「えっ? あ、いや、なんでもないよ。また一緒に2人で来ような」
「うん」
少し恥ずかしそうな様子で情美は頷いた。
「そろそろガクンってなってスピード出るところじゃないか?」
「ほんと? ここから入れる保険ある?」
「ありません。入ってどうする気だ。てかお前、怖くないんだろ?」
「う、うん」
「その……怖かったらもっと強く手、握っていいぞ」
「えっ? あ……う、こ、怖くないもん」
そう言いつつ、情美は俺の手を少し強く握った。
やがて真っ暗い中、不意にボートがガクンとなってジェットコースターのようにスピードが速くなる。と、
「きゃっ!?」
「わっ!?」
スピードを感じた瞬間、情美が俺へと抱きついてくる。
びっくりしつつも、俺は情美の身体を支えて、より強く手を握った。
ボートはすぐにもとの緩やかスピードとなる。
しかし情美は離れず、目を瞑ってギュッと俺へ抱きついていた。
「も、もう大丈夫だよ。終わったから」
「えっ? あっ」
情美はサッと俺から離れて俯く。
その表情はただただ恥ずかしそうで、かわいらしく思えた。




