第26話 自分の心が難しい情美
「いや、どう考えてもこのおばあさんが打てるとは思えないんだけど……」
「打つのは夜斗だよ」
「お、俺? 無理無理っ。あんな球、打てないってっ」
「大丈夫。よねさんの降霊術でプロ選手を夜斗の身体に降霊してもらうから」
「えっ? いや降霊って……マジなのか?」
「マジ」
そんなことできるとは思えないけど……。
「じゃあよねさんお願いします」
「それじゃやってみるかのう」
いつの間にか目覚めたおばあさんが、数珠を持って俺へ近づく。
まさか本当に降霊なんてできるとは思えないけど……。
「うんたらかんたらむにゃむにゃ……ぐう……」
「おばあさん眠ってない?」
「眠ることで霊と繋がるんじゃない? 知らんけど」
「知らんのかいっ」
「むにゃむにゃ……はわーっ!」
「はがっ!?」
不意に数珠で背中をはたかれる。
瞬間、なにかが身体の中へ入って来るような感覚に襲われた。
そして俺はピンチヒッターとして左のバッターボックスへと入る。
バットを縦に前へと構え、足を振り子のように振ってボールを打ち返した。
打ったボールはホームランとなり、チームはサヨナラ勝ち。
俺はベースを回ってホームへと帰って来た。
「おーすげぇじゃねぇか。元プロから打つたぁたいしたもんだぜい」
「降霊がうまくいったみたい」
「誰を降霊させたんだ?」
「さあ? あの、夜斗の中にいるのは誰ですか?」
「ほぼイキかけた」
「あれ? 生きてる人だ?」
よくわからんけど、試合には勝った。
試合を終えた俺たちは帰路へとつく。
なんだかはっきり覚えていないが、いつの間にか試合は終わっていた。
「うーん……どうやって勝ったんだか覚えてない」
「覚えてないほうがいいよ。まさか霊に憑依された夜斗があんなことをするなんて……。あれはドン引きだった」
「えっ? いや俺なにしたの? ちょっと怖いんだけど」
「まあパンツは脱がなかったからそれはセーフだね」
「俺、裸になったのっ? なにが俺に憑依してたの一体っ!?」
「伝説を作ることで有名な裸がユニフォームのあの人かな」
「その人は生きてるからっ!」
「まあおもしろかったからいいんじゃない? 伝説になったよ」
「よくないわっ!」
「まあそれはジョークだから安心して。とにかく勝ったからいいじゃん」
「それはまあ……」
俺は覚えてないけど……。
「けど、お前が元気そうでよかったよ」
「えっ?」
「なんかカラオケに行った日は暗かったからさ。あのままだったらどうしようって心配だったんだよ」
「あ、う、うん……」
「もう大丈夫なのか?」
「……」
情美は答えない。
またあのときと同じく、暗い表情となった。
「ごめん。嫌なこと思い出させちゃったか?」
「ううん。そういうわけじゃなくて……難しいの」
「難しいって?」
「自分の心がいろいろと、ね」
「心って……」
どういうことだろう? やっぱりなにか悩みが?
これだけを聞いても俺にはわからなかった。
「夜斗はさ、無堂さんと少し仲良くなったんだし、わたしと遊ぶの少し控えたら?」
「どうして?」
「夜斗は……無堂さんと付き合うのが目的なんでしょ? わたしとばっかり遊んでたら、無堂さんが勘違いするかもよ?」
「勘違いって……」
「……わたしと夜斗が付き合ってるのかもって」
「それは前に違うって否定したし、俺とお前は友達だろ? 無堂さんと付き合いたいからって、お前と遊べなくなるなんて嫌だよ俺は」
「無堂さんと付き合ったあともわたしと2人で遊ぶつもり?」
「そのつもりだけど?」
「……夜斗は子供だね」
「否定はしないけど、お前に言われたくないぞ……」
自分は確かにまだ子供だと思う。
しかしいっつもふざけている情美に言われると複雑だった。
「普通さ、恋人がいるのに別の異性と2人きりで遊べるわけないじゃん」
「そ、それはわからなくもないけど、俺とお前はそういう異性とか関係無く仲良くできる友達だろ? 無堂さんだってわかってくれるよ」
「わたしが嫌なの」
「えっ? ど、どうして?」
「そんなの……辛すぎるし」
「辛すぎるって……?」
「夜斗は知らないかもしれないけど、わたしも女の子なんだよ?」
「それは知ってるよ」
「ううん。知らない。夜斗はわたしが女の子だってこと……知らない」
「そ、そんなわけないだろ? なに言ってるんだ?」
「知らないから、わたしは辛いの」
「どういうことだよ?」
「……知らない」
それから何度聞いても、情美は俺の問いに答えることは無かった。




