第20話 俺と情美の思い
「とと……っ」
うしろへふらついて歩いた俺がベッドを背にして倒れ、情美を抱える形となった。
身体はギュッと密着しており、大きな胸の感触が俺の胸板あたりに……。
「ご、ごめんつ!」
慌てて離れようとする。
しかしそれをさせまいと、情美の腕が俺の身体へ抱きついた。
「な、情美?」
「……なにも言わないで。なにも聞かないで。お願い。しばらくこのままで」
「……」
そう言われた俺は口をつぐむ。
情美もなにも言わず、ただ黙って俺へ抱きついていた。
柔らかくて心地良い。
情美の身体から香る良い匂いを感じて頭が蕩けそうだった。
なんか……変な感じだ。
胸の鼓動がドキドキして止まらない。
情美のことはただの友達だと思っているのにどうして……?
それからどれくらい時間が経っただろう?
たぶん5分も経っていないだろうが、ずいぶんと長く感じた。
「すう……」
「情美?」
どうやら眠ってしまったらしい。
「……どうしようかな?」
起こさないようにベッドへ寝かせ、俺は隣の部屋へ。
そんなことを考えていると、
「……夜斗」
「情美? 起きてるのか?」
「ううん……すう」
どうやら寝言のようだ。
「嫌だ……」
「えっ?」
「夜斗……わたし……嫌だ」
「嫌だって……」
「嫌だよ……夜斗……わたし……わたし……夜斗……」
眠っている情美の目尻から涙が伝い落ちる。
「情美……」
一体なにが嫌なのか?
眠っている情美の口からそれが語られることはなかった。
次の日、目覚めた俺が洗面所で顔を洗って歯を磨こうとしていたところ、
「あら? 夜斗君おはよう」
「あ、おはようございます」
そこへ情美のお母さんが現れた。
「よく眠れた?」
「ええ、うちのより良いベッドを使わせてもらって」
「あ、いいえ、そういうことじゃなくて……こういうことよ」
と、情美のお母さんは立てた右手の親指を、左手で作った指の輪に通す。
「ハッスルして眠れなかったんじゃないかと思って」
「いやいやっ! だから俺と情美はそんなんじゃないですってっ!」
「ふふふ、そんな恥ずかしがらなくてもおばさんわかってるから。ああでも若いんだし、ゴム1個じゃ足りなかったかもね。けど大丈夫。そう簡単にはできないから。あ、お父さんにも報告しなきゃ。お赤飯も炊かないとね」
「待って待って大事になっちゃうっ! 本当になんにもしてないんですっ!」
「みよちゃんに誓って?」
「みよちゃんはもうやめてっ!」
それからなんとか誤解を解いて俺は情美の部屋へと向かう。
うちの母さんといい、情美のお母さんといい、友達同士だって言ってるのに、どうしてそういう関係に発展すると思ってるんだ?
まあ仲は良いけど。
しかし俺たちは友達とは言え男女だ。
そういう関係になると思われてもそれはしかたない。
「そういう関係か……」
もし情美と男女の関係になるとしたら……。
情美と一緒にいるのは楽しい。
ずっとだって一緒にいれる。
俺は情美という人間が好きなんだ。だから今までずっと友達であり続けてきた。これからもずっと一緒にいたい。
けどいつか俺に恋人ができたり、情美にも恋人ができればもう一緒にはいられない。そんなの……。
情美に恋人が。
それを考えた瞬間、心がギュッと締め付けられるような感覚に襲われる。
なんだこの感情?
俺、情美のことをどう思って……。
近過ぎるからわからない。
自分の感情が、俺はわからなかった。
「情美……」
やがて俺は情美の部屋へとつく。
それから扉を叩く。
「情美? まだ寝てるのか?」
返事は無い。
悪いかなと思いつつ、そっと扉を開けて中を覗く。
そこに見えたのはベッドの上で後転みたいな体勢になっていびきをかいている情美の姿だった。
「いやどんな寝相っ!?」
そうはならんやろみたいな体勢で寝ている情美を見て、思わずつっこみを入れてしまう。
なんてみっともない体勢で寝てるんだ……。
女とは思えん。
起こしたほうがいいのかな?
そう迷っていると、
「う、ううーん……」
情美が薄っすらと目を開く。
「……ご、ごめんなさい。それセダンじゃなくて、ゴボウなんです。うん? あ、なんだ夢だったのか」
「いや、どんな夢見てんのっ!?」
「セダンがゴボウになって大統領が歯ブラシをパシらさられる夢」
「説明されたらますます意味わからんっ!」
「わたしいつの間にか寝ちゃってたんだね」
「あ、うん」
それまで俺にずっと抱きつき、寝言を言いながら泣いていた。
あれはただ夢を見ていただけなのか? それとも……。
「お前、昨日さ……」
「そのことはなにも言わない、聞かないでって言ったでしょ?」
「いやあの……」
「なんでもないから」
そう言ってベッドから降りた情美は部屋を出て行った。
「情美……」
俺と情美は10年も友達を続けている。
なんだってわかるつもりでいた。けど今はわからない。
情美の考えていること。
そして俺自身の心も……。




