第2話 見合いに来た黒髪清楚な美少女
まだ日が昇らない日曜日の早朝。
海野家の屋敷へ来た俺は裏口から入って、庭の影で陽介と入れ替わる。
「じゃああとは頼んだぞ?」
「ああ」
「できれば向こうから断ってくるようにやってくれたら助かる。やってくれたらソフトをもう1本、追加報酬でつけるからさ」
「やれたらやってみるよ」
そう言う俺へ手を振り、陽介は裏口から外へ出て行った。
「さて、今から俺は陽介だ。バレないように気を付けなきゃな」
陰キャの俺が陽キャな陽介の振りをするのは大変そうだ。
なにか言われたら具合が悪いとでも言っておくか。
そう考えながら、俺は陽介の部屋へと向かった。
それから数時間ほど部屋でゴロゴロしたりスマホを見ていると、
「おい陽介」
部屋へ大柄なおっさんが入って来る。
陽介の父で海野組組長、海野日五郎だ。
「そろそろ見合いに行く時間だぞ。準備しろ」
「あ、ああうん」
「うん? なんかいつもより元気ねーな?」
「ちょ、ちょっと具合が悪くてさ」
「そうなのか? 見合いは大丈夫なんだろうな?」
「だ、大丈夫」
「じゃあさっさと準備しとけよ」
「わかったよ」
叔父さんが部屋を出て行き、俺はホッと一息吐く。
とりあえずはバレなかったけど、あんまりしゃべるとボロが出るかもしれないな。
具合が悪いってことにして、あんまりしゃべらないようにしよう。
俺は陽介の用意したスーツに着替え、叔父さんと一緒に車の後部座席に座って出掛ける。陽介と違って叔父さんはあんまりしゃべらない人なので、ほぼ黙ったまま目的地へ向かうことができた。
「ついたぞ陽介」
「あ、うん」
やって来たのは高級そうな日本料亭だ。
組の若い衆を入り口辺りに待たせ、俺たちは料亭の中へと入った。
見合い相手ってどんな人なんだろう?
身代わりの俺には関係無いのであまり気にしてなかったけど、いざ会うとなったら気になってきた。
ヤクザの娘だし、不良みたいな感じなんだろうか?
そんなことを考えていると、やがて案内の仲居さんが足を止めた。
「お相手の方が到着されました」
「おう、へぇってもらいな」
「はい」
ドスの利いた声に返事をした仲居さんが障子を開く。
中に見えたのは叔父さんに負けず劣らずなガタイのおっさんと、黒髪清楚な雰囲気の綺麗な女性だった。
綺麗な人だ。
女性を目にした俺はほぼ無意識にそう思う。
前髪はセンター分けに、うしろは綺麗に伸びた長い黒髪。
美人女優のような切れ長の美しい目。
まるで美という字を擬人化したような美しい女性がそこにいた。
部屋の中へ通された俺は座布団へと正座する。
女性は俺と同い年くらいだろうか? おとなしく俯き加減に座っている姿に、清楚さを感じた。
「よお姫路の兄弟。今日はよろしく頼むぜ」
叔父さんが相手の組長にあいさつをする。
姫路って情美と同じ苗字だな。
まあ無関係だろうけど。
「ああ、よろしく頼むぜい海野の兄弟。ほら情美、あいさつしろい」
情美? いやまさか……。
目の前に座っている女性は情美と似ても似つかない。
……いや、あいつはいつも前髪で顔を隠しているので、あんまりはっきりと見たことはないんだけど。
「う、うん。あ、いえ、はい」
返事をして顔を上げた女性が俺を見る。と、
ズガアアアン!!
「ええっ!?」
女性はテーブルへ勢い良く額を打ち付けた。
「ど、どうしたんですか?」
「い、いえ、額を鍛える修業をしたくなっただけですから」
「今しなくてもいいんじゃないですかっ? 大丈夫ですかっ? なんかものすごい音がしましたけどもっ?」
「大丈夫です。前頭葉は鍛えてますから」
「前頭葉を鍛えてるってなにっ? 前頭葉って鍛えられるのっ? 初めて聞いたよそんなのっ」
美少女だけど変わった人だな。
こういう変なところも情美っぽいような……。
「あ、えっと、な、情美です。今日はよろしくお願いします」
「あ、はい。よ、よろしくお願いします」
なんか声も似ているような……。
けどまさかなぁ。
あいつの家には行ったこと無いから親がヤクザかどうかなんてわからないけど、まさかこの美少女があの情美だなんてことは無いだろう。
たぶん同姓同名だ。
俺はそう結論付けた。
「この見合いがまとまれば俺ら仁情一家と海野組はますます結束が強くなるなぁ兄弟」
「ああ。まあ見合いは本人たち次第だからな。結果はともかく、これからも仲良くやっていこうや兄弟」
「そうだな。まあまずは一献だ」
「おう」
と、叔父さんたちは酒を酌み交わして飲み始めてしまう。
俺と美少女さんは無言で向かい合っていた。
美少女さんは俯いたままでしゃべりそうもない。
そういえば向こうから断るようにやってくれとか陽介が言ってたか。
どうすれば向こうから断ってくれるだろう?
そんなことを考えていると、
「なんだ陽介? ずいぶん静かだな?」
「えっ? あ、ちょっと具合が……」
「ああ、そうだったな。けどなんか聞いてみたらどうだ? それくらいなら大丈夫だろ?」
「あ、うん」
聞けと言われても、うーん……。
俺は美少女さんをじっと見る。
断るようにやる。
つまり嫌われればいいんだ。
どうせ陽介のせいになるんだし、ゲームのためだと俺は意を決することにした。
「む、胸のサイズはいくつですか?」
場が静まる。
言った。
これはだいぶ嫌われただろうと、俺は妙な達成感を得る。
「ドムド〇バーガーのビッグ〇ムとバーガー〇ングのアボカド〇ッパーを足して2で割ったくらいの大きさです」
「わかりづらっ! なにその例えわかりづらっ! せめてマッ〇にしてよっ! なんでドムド〇バーガーやねんっ!」
「まあドムド◯バーガーは食べたこと無いんですけどね」
「無いんかいっ!」
「なに聞いてんだバカ」
「あいた」
叔父さんに頭をはたかれる。
「すまねぇな。まだガキなんだこいつ」
「ははっ、正直でいいじゃねぇか」
相手の組長は俺を見て楽しそうに笑う。
美少女のほうは顔を真っ赤にしたまま俯いていた。
まあこれでサブクエストは達成かな?
そんな心地だった。
「おう海野のボウズ、おめえ、チャカは持ったことあんのか?」
「チャ、チャカ?」
なにチャカって? 外国人の名前かな?
「いや、こいつにはまだ持たせたことはないんだよ」
「ほお」
と、仁情一家の組長は懐から黒光りするなにかを取り出す。
それはもうFPSではお馴染みの銃。リボルバー式ではなく、オートマチック式のハンドガンであった。
「こいつがチャカだ。ほれ、持ってみな」
「えっ? いやあの……」
「なんだ? こえーのか? ヤクザの息子だろ?」
「い、いえ、怖いなんてことは……」
疑われても困る。
しかたないと思いつつ、俺は銃を受け取った。
……ずっしりと重い感覚。
想像よりも重量があり、グリップを握ると妙に手へ馴染んだ。
エアガンでは感じられない不気味な重さと手触りに息を飲む。
これが本物の銃。
恐らく二度と味わえないだろう感覚に、俺は感動のようなものを覚えていた。
「どうだ? 初めて持ったチャカの感触は?」
「は、はい。なんて言うか緊張して……」
「失礼いたします」
そのとき障子を開いて仲居さんが部屋へ入って来る。
俺は咄嗟に銃を懐へ隠した。
「料理をお持ち致しました」
お盆を持った仲居さんがテーブルへ近づく。
「うん? おめえ、女にしちゃでけぇな」
仁情一家の組長が不審そうな目を仲居さんへ向けた。瞬間、
「っ! 死ねや姫路ーっ!!」
お盆の下から仲居さんが銃を出し、仁情一家の組長へ向かって突き付けた。