第17話 デカい風呂へ入る
……わからないところを教え合ったり、ネットで調べながら勉強を進める。なんだかんだでテストは大丈夫な気もしてきた。
「英語が難しい」
「お前、英語も苦手だもんな」
「大谷翔平から三球で三振取るより苦手」
「それ得意な奴いる? とにかくわからないところは教えてやるからがんばろう」
「うん。夜斗は英語得意だもんね」
「まあお前よりはな」
「大谷翔平の家から冷蔵庫盗むより得意」
「大谷翔平の家にわざわざ入って冷蔵庫盗むってなんだよ? もっとあるだろなんか。いや、そもそも盗みに入っちゃダメだけどね」
「じゃあ洗濯機とかエアコンを盗む?」
「なんで生活家電ばっかり? 嫌がらせか」
「大谷翔平なら冷蔵庫と洗濯機の二刀流も可能。がんばればエアコンもできる」
「できるかっ! なにもんだよ大谷翔平っ! 家電サイボーグかっ!」
「メジャーでホームラン50本も打てるのに、エアコンも冷蔵庫もできんのか? 思っていたよりもたいしたことないね」
「エアコンや冷蔵庫にホームラン50本打てるかっ!」
「ポテンシャルはあると思う」
「ねーよっ! なにをどうしたらエアコンや冷蔵庫がホームラン打てんだよっ! はあ……そんなことり英語の勉強ちゃんとしろよ。赤点取ったら追試だぞ?」
「うん。がんばる。あ、ここわかんないんだけど……」
「どれ?」
と、俺たちは真面目に勉強を続けた。
コンコン
それからしばらくして部屋の扉をノックする音が。
「お風呂入っちゃいなさい」
情美のお母さんが扉越しにそう言った。
「風呂入れって」
「先に入っていいよ。あ、違った。先にシャワー浴びて来いよ」
「なんの間違いそれ? じゃあ俺が先に入るわ。あ、風呂ってどこにあるの?」
「台所の引き出しを入って地面へ抜けたら、そこから梯子を上って屋上にある回転扉を通った先」
「忍者屋敷かここはっ!」
「じゃあ案内してあげる」
ということで、俺は着替えを持って風呂場まで情美に案内してもらった。
「ここ」
「おお」
扉を開けて中に入ると、まるで温泉旅館や銭湯のような脱衣所があった。
「お、お前んち、こんなに風呂がでかいの?」
「組の若い人たちも入るから、大きいほうがいいんだって」
「へー」
まさかこんなデカい風呂に入れるとは。
ヤクザって儲かるんだなとぼんやり思う。
「じゃあわたしは部屋に戻るから」
「うん。ありがとな」
「あ、サメに気を付けてね」
「なんで風呂にサメおんねん」
「サメじゃなくて風呂場の精霊鮫島さん」
「誰やねん? どう気を付けるのそれ?」
なんて馬鹿なやり取りを終えた俺は脱衣所で服を脱いで浴室へと行く。
「おお」
思った通りものすごく広く大きい。
壁側はすべてガラス張りで庭の景色が見え、本当に温泉旅館のようだった。
「こんな風呂に毎日入れるなんて羨ましいな」
俺はまず身体を洗い、それから湯船へと入った。
「はあ……極楽だぁ」
勉強の疲れが湯船に溶け出て行くようである。
「けど、さっきの情美、やっぱり心配だな」
急に仁義とか、無堂さんがどうとか言い出してたし、俺も無関係じゃないのかも。けど理由は言いたく無さそうだったし……。
悩みがあるならなんとか解決に協力したい。
なんか俺にできることは……。
そんなことを考えながら湯船に浸かっていると、
ガララ
脱衣所と浴室を隔てる扉を開いてガタイの良い人たちが入って来る。
「おお、お嬢の彼氏じゃねーか」
「いや、相方だろ?」
組の若い人たちであった。
「ど、どうも」
組の若い人たちも身体を洗ってから湯船へ入って来る。
なぜか俺を囲んで。
「はははっ。裸の付き合いってやつだ」
「そうですね……。ははは……」
正直、めっちゃ怖い。
全員バリバリに入れ墨が入ってるし……。
「おやっさんとお嬢を鉄砲玉から救ったにしちゃあ弱々しいな」
「こいつはヒットマンの才能があるっておやっさんが言ってたぜ。殴り合いじゃなくて、チャカを持たせるとすげーんだぜきっと」
「おお、組に優秀なヒットマンがいれば百人力だな。期待してるぜ」
「ははは……」
なぜかヒットマンとして期待されてしまっている。
そんな期待をされてもすげー困るのだが。
ガララ
と、そこへまたしても人が入って来る。
若い人たちよりもひと際、大きなガタイのおっさんだった。
「お、夜斗じゃねーか。おめえも入ってやがったんだな」
「は、はい」
情美のお父さんだ。
若い人たちよりもすごい入れ墨が入っており、見ただけで身がすくみ上がった。
「おやっさんっ! お背中流させてくださいっ!」
「いや、俺がっ!」
「俺がっ!」
洗い場のイスに座ったお父さんへ若い人たちが殺到して、背中を流させてくれと懇願する。あんな、ある意味で立派な背中を流すのは緊張しそうだ。
「いや、今日は夜斗に流してもらうぜ」
「えっ? お、俺ですか?」
「なんだ? 嫌か?」
「い、いえ嫌なんてとんでもないですっ! ぜひ流させてくださいっ!」
嫌なんて言える雰囲気ではなく、俺は慌てて湯船から出て洗い場へ行く。そして見ただけで気を失いそうなほど立派な竜の入れ墨が入った、背中を前にした。




