第16話 情美の様子が変?
「この問題はこの公式を使って解くんじゃね?」
「わたしテニスは軟式派だから」
「テニスの硬式軟式の話じゃねーよ。てか、お前テニスなんてやったことないだろ」
「いやあるよ」
「えっ? そうなのか?」
「あ、ごめん。よく考えたらあれテニスじゃなくてカポエラだったわ」
「ブラジルの格闘技っ! テニスと全然違うじゃんっ! どこをどう間違えたっ!」
「蹴りが似てる」
「蹴るな蹴るなっ! テニスで蹴るなっ! てか勉強に集中しろっ! お前、特に数学苦手なんだからさっ」
「数学がカポエラになればいいのに」
「なるかっ!」
「カポエラじゃなくてカポエイラだったかも」
「どっちでもいいわっ!」
なんて感じで勉強は順調に捗り、やがて夜になって夕食へと呼ばれた。
「わ、わぁ……」
部屋にある大きなテーブルには豪華な食事が並べられていて圧倒される。
「さあどうぞ召し上がって」
「おう、どんどん食え。がははっ」
「は、はい。ではいただきます」
情美のお父さんとお母さんに勧められた俺は、ご飯の盛られた茶碗を持って食事を始める。
情美は俺よりも早く食べ始めており、すでにおかわりまでしていた。
「ムシャムシャ、いつもより豪華だね。ムシャムシャホノルル」
「最後のなにそれ? 咀嚼音なのそれ?」
「そりゃ未来の息子になる夜斗君が来てるんだからね。みっともない料理は出せないよ」
「み、未来の息子って、だから俺たちはそんなんじゃないんですって。なあ情美?」
「ボスニアヘルツェゴビナ」
「それ咀嚼音なの? なんなのその音? 怖」
「おめえらそういう関係だったのか? むうう……本来なら俺の娘に手ぇ出しやがってと怒鳴りつけてやるところだがよぉ。命を助けられちまった手前、そうは言えねぇ。よぉしわかった。おめえらの関係を認めてやるぜい。ただし、情美を泣かせるようなことをしやがったらただじゃおかねぇからな」
「いやあの、ですから……」
「お父さん」
不意に情美が声を発して箸と茶碗を置く。
「わたしと夜斗は……そういう関係じゃないの。勘違いしないで」
「うん? そうなのか? じゃあおめえ、こいつ……夜斗と結婚とかしたくねぇのか?」
「……」
「どうなんだ?」
「……そんなこと、聞かないでよっ!」
声を上げて立ち上がった情美は、そのまま部屋を出て行ってしまう。
「情美……」
どうしたんだ一体?
あんな風に怒る情美なんて初めて見た。
「ほら夜斗君、追いかけて」
「えっ?」
「いいから早く」
「は、はい」
情美のお母さんに言われるがまま、俺は出て行った情美のあとを追った。
「情美」
外廊下で立ち尽くしている情美へと声をかける。
「どうしたんだよ急に?」
「……なんでもない」
「なんでもないことないだろ? なんか気に入らないことでもあったのか? 友達なんだし、俺でよかったら相談に乗るからさ」
「なんでもないってっ!」
声を荒げられ、俺はかける言葉を失う。
いつもは穏やかに接してくれるのに、本当にどうしたんだろうと心配になった。
「……ごめん。本当になんでもないから。大丈夫。わたしはいつも通りだよ」
「う、うん」
もうなにも聞かないでほしい。
そんな雰囲気を察した俺は口をつぐむ。
「大丈夫。仁義は必ず守る。夜斗を絶対に無堂さんと恋人同士にしてあげるから」
「えっ? なんで今その話を……」
ひとりごとのように呟いた情美は、俺の問いには答えずそのまま部屋のほうへ歩いて行った。
ここに立ち尽くしていてもしかたない。
情美を放って食事に戻るわけにもいかず、俺も部屋へとついて行った。
部屋へ戻り、勉強の続きをする。
情美はさっきまでと同じく、テーブルへ向かってシャーペンを走らせていた。
「なんかわからないとことかあるか?」
「うーん……相手が柔道で来た場合、カポエラでどう戦うのか難しい」
「だから数学はカポエラにならないってのっ! 遊んでないで勉強しろっ!」
「あ、ごめん。カポエイラだったわ」
「どっちでもいいってのっ!」
なんかいつも通りのやり取りができて少し安心する。
情美の様子はやっぱり気になるし心配ではあるけど……。




