第15話 情美に女の子を感じてドキドキ
「か、母ちゃん、いきなり蹴り飛ばすことぁねーだろ? いてて……」
「あんたが馬鹿なこと言ってるからだよっ! ごめんね夜斗君。あの馬鹿にはあとでわたしがきつく言っとくから」
「い、いえ……」
この人は情美のお母さんの美幸さんだ。
学校の授業参観や運動会で会ったことがある。
「中学校の体育祭以来だったよね? このあいだは情美とうちのを助けてもらったみたいで、お礼をしたいってずっと思ってたの」
「いや、あのときはほとんど無意識だったので、お礼だなんて……」
「お母さんもういいでしょ? わたしたち勉強をするんだから」
「ああ、そうだったね。あとでおやつ持って行くから」
「うん。じゃあ行こ」
「あ、うん」
と、俺は情美について部屋へと向かった。
「そういえばお父さんは小学校の運動会とかで見かけなかったな」
「あんな明らかにヤクザなおっさんが来たら子供泣くでしょ」
「ま、まあ……」
顔が怖いおっさんというだけで無く、明らかに堅気じゃない雰囲気を纏っているのでその通りだと思う。
「家がヤクザだってバレるのも嫌だし、お父さん馬鹿だから運動会でなにしでかすかわからないし」
「ああ、お前、お父さんに似たんだな」
「えっ? あんな贔屓の野球チームが負けただけでテレビに銃をぶっ放して、お母さんに飛び膝蹴り食らうようなアホなおっさんに似てるとか嫌なんだけど」
「お前んち、賑やかで楽しそうだな……」
羨ましくは無いが。
それから少し歩き、情美の部屋へと案内される。
「こ、ここが情美の……部屋?」
なにも無い。
窓も無く、薄暗くて不気味な部屋だった。
「いや、ここはチョメチョメする部屋」
「チョメチョメっ!? なにチョメチョメってっ!?」
「チョメチョメってのはね……」
「いやごめん言わないでっ! てかこんなところに連れて来るなっ!」
「普通の家には無いヤクザアトラクションをお楽しみいただこうと思って。あ、でもごめん。今日はやってなかったわ。今度はやってる日に呼ぶね」
「呼ばないでっ!」
ヤクザの闇を垣間見てしまった俺は、げっそりした心地でその部屋を離れて情美へとついて行った。
「ここが情美の部屋か」
「そう」
意外に普通だ。
なんというか、普通に女の子らしい部屋で少しドキドキした。
考えてみれば女の子の部屋へ入るなんて初めてだ。
一緒にいるときはあんまり意識しないけど、こういう女の子らしいところを見ると情美も女の子なんだなと実感できて、なんとももやもやした気持ちになった。
「まあ座って」
「う、うん」
俺が座ると情美はその前へテーブルを持って来る。
「じゃあどっちが腕相撲強いか決着つけようか」
「違う違う勉強に来たの。遊んでる暇ないの俺たち」
「そうだった。じゃあ勉強しよっか」
ということでさっそく教科書とノートを開いて勉強を始めた。
「……」
「……」
お互い向かい合って勉強をする。
この部屋に入ってからなんだか情美のことを妙に女の子だと意識してしまう。普段は意識しない女の子らしい良い香りも気になった。
「うん? どうかした?」
「えっ? な、なにが?」
「なんかわたしのことチラチラ気にしてるから、わたしの背後にいる背後霊のみよちゃんが見えてるのかと思って」
「こわいこわい。お前のうしろに背後霊いるの? もうお前のうしろ見れねーよ。いやてか、べ、別に見てないし。気のせいだろ」
「そう?」
きょとんと小首を傾げた情美は、ふたたび勉強へと戻る。
「ねえ夜斗、わたしね、夜斗にずっと聞きたかったことあるの」
「えっ? な、なんだよ?」
「夜斗ってさ、昔からあんまり目立つ行動はしたがらなかったというか、クラスで面倒なことが起こっても先生や他の生徒に任せて自分はなにもしないってタイプだったじゃん? クラスで異世界転移したときも不遇ジョブをもらって、ひとりでコツコツやって世界最強になってたくらいだしさ」
「そんなわくわくどきどきするような俺つえー人生送ってねーよ」
「わたしは魔王だったけどね。夜斗とは死闘を繰り広げたけど、今は友達」
「なんか壮大な過去を持ってることになっちゃってるよ。普通の友達だよ俺たち。あーえっと、なんだっけ? ああ、まあ陰キャだし目立つのは嫌だよ」
なんかしたら目立ってからかわれたりするかもしれない。それが嫌で、今も昔もクラスで注目されるような行動は避けている。
「なのにさ、わたしが遠足で迷子になったときは捜しに来てくれたじゃん? まだ仲良くもなかったのにさ。目立つの嫌がる夜斗が、友達でもなかったわたしを、どうしてあのとき捜しに来てくれたのかなって」
「どうしてって……」
俺はあのとき自分がなにを考えていたのか思い出す。
「あのときお前が迷子になってさ、けどクラスの誰も気にしてなかった。たぶん誰も気づいてすらいなかったんだ。迷子になってるあの子はすごく怖い思いをしているだろうに、みんなそれに気付かないで楽しそうにしてる。それがすごく嫌だったんだ。だから俺、お前を捜そうと思って……」
「そうだったんだ」
「あと、お前は覚えてないかもけど、小1のとき席が隣になってさ。鉛筆忘れた俺にお前が貸してくれたんだよ。そんときからお前には少し親しみを感じてたからってのもあったと思う」
「あ、うん。それわたし覚えてるよ。夜斗のほうが忘れてるかと思ってた。昨日、駅前でお尻だして踊ってたことも忘れてたくらいだし」
「出してないです。踊ってないです。捏造やめてください。うんまあ、覚えていてくれてたんだな」
「うん。だって……夜斗と初めて話した大切な思い出だもの」
「う、うん」
微笑みつつほんのり頬を赤くする情美を見て、胸がドクンと高鳴る。
なんだろうこの気持ち?
こんな気持ち、今まで情美に持ったことなんて……。
「入るよー」
と、そこへお盆を持った情美のお母さんが部屋へと入って来る。
「はいおやつとお茶。どう? テスト勉強は捗ってる?」
「まあまあ」
「そう? お前はスポーツ得意なのに、勉強はできないからねぇ。わからないところとかあったら、夜斗君に聞きなさいね」
「いや、俺もそんなに変わらないんで……」
「そんな謙遜しないで。情美にくらべたら夜斗君のほうがずっと勉強はできるから。それじゃ、邪魔になるからおばさんは行くね」
「あ、はい。おやつとお茶ありがとうございます」
「ううん。あ、それとこれも渡しておくね。はい、コンドーム」
「ってあんたもかいっ! うちのおかんと一緒っ! 俺たちそういう関係じゃないですからっ!」
「おばさんわかってるから、隠さなくても大丈夫。じゃあこれここに置いとくから。仲良くね」
「いや、あの……」
俺が何か言う前に情美のお母さんは部屋を出て行ってしまった。
「夜斗これ……」
「お、お前のお母さんなに言ってんだろうな? 変な勘違いしてさ」
「うん。夜斗のはこんなデカくないもんね」
「いや、そういうことじゃねーよっ! てか見たことあるみたいに言うなっ!」
「鉛筆くらい?」
「そんな鋭くないわっ! そ、それよりも勉強だっ! 勉強っ! このままじゃ赤点だぞっ!」
「うん。がんばろ」
「お、おう」
微笑む表情にまたドキッとさせられた俺は、慌ててノートへと顔を逸らした。




