絶品なケーキ
「グループからハブられる?」
「自分だけが流行に乗っていなかったら、見栄えの悪い映えない写真を撮っていたら、ノリの悪いつまらない女の子扱いされるんです・・・・・・」
震えて細々とした声になる七夏実。
「そうなれば仲の良かった友達も私から自然と離れて、私が話しかけてもいままでの関係は何もなかったように、まるで他人かのように扱われるんです」
震えながら言葉を紡ぐ七夏実。
内容と言い方からして、昔七夏実が経験したことなのだと肌で実感する。
「本咲七夏実という仲の良い女の子として見られていたはずなのに、いつのまにかクラスにいる女の子の一人として見られる。それは本当に辛い。それだけは・・・・・・もう味わいたくない」
七夏実が苦しそうな表情で打ち明けてくれた。
でもそれを知れば知るだけ、なぜ流行に乗っていないだけで、良い写真を撮れないだけで、グループからハブられるかがわからない。
俺自身がグループに属していないからかもしれないけど、それにしても理由が理解出来ない。
「流行に乗って見映えが良い写真を撮らなければ、グループからハブられるのか?」
七夏実は生徒会長で知名度もあるだろう。
ハブるハブられるではなく、むしろ周りに人が集まってきそうに思えるけど。
「流行に乗ってないっていうことは話題に、トレンドに乗れていないってことなので。そうなれば、つまらなくてセンスのないダメな奴扱いをされます」
本当にそうなのかと思う自分がいる。
けれど七夏実、妹の言っていることを兄なら信じてあげたい。
聞けば聞くほどトレンドって言葉は呪いのようにしか思えないな。
流行を知らなければ乗らなければ、そいつは大勢からハブられるなんて、一種の呪いだ。
噂もトレンドと一緒なのかもな。
「良い写真。映える写真が撮れてないというのも、女の子としては失格なのです。可愛く見映えの良いものを撮れない・・・・・・つまり一緒にいる価値もないし面白くもない、そういうことなんです」
「そんなこと俺はないと思う。第三者の目線だから言えることなのかもしれないけど」
実際の当人や当事者にしかわからないこともある。
というかわからないことの方が多い。
我関せず。
俺がこれを第一にしているのは、相手にしか、その人にしかわからない、理解出来ない価値観や考えがあって、それを安易に否定することも肯定することも出来ない。
だったら初めから関わらない方がましだ、そういうオモイからきている。
七夏実の話を全部聞いても、俺にはわからない話のことが多い。
たかだか流行一つ、写真一枚にここまで踊らされなければいけないのが、全く理解出来ない。
ただ理解できないけど恐ろしい凶器だとはわかる。
噂と一緒でとてつもない効力を持つ人の風潮だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺のした質問でお通夜のような空気になってしまった。
どうしたものか考えていたら、コツコツとリズムの良い足音が聞こえてきた。
そこには白姫さんがいた。
「はいこれ!」
白姫さんに差し出されたのは二つのケーキ。
「え、なにこれ? 追加注文してないよ」
「私からのプレゼント。二人で食べて。ていうか、二人ともまだ食べてないの!? 早く食べな〜〜」
白姫さんはまたニコニコと微笑みながら言葉だけを残して、厨房の方に消えていった。
「白姫さんなんでケーキをプレゼントしてくれたんだ?」
白姫さんの目に光るものが俺になにかあったのか。
「さぁ、わからないです。でも、優しいです」
俺からすると裏がありそうで、妙な所で恩を作らせたくないんだがな・・・・・・・・・。
けど空気を変えてくれたのはありがたい。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どうした」
「ケーキ家族にも買っていかないですか」
白姫さんが来たことで上手く切り替えが出来たのか、七夏実がテンション高く提案してくる。
「ならこのケーキをお持ち帰りにするのは?」
「これは白姫さんから貰った物だから、ここで食べなきゃダメですよ!!」
七夏実が俺の目の前に顔を出し、圧を強くして言ってくる。
「それに二つだけじゃ足りないです」
「まぁそれはそうだな」
七夏実から見て、姉と姉と母親分。
三つは必要だ。
「ケーキは鮮度が命だから、いま出された物はいま食べなきゃです。お土産用のは、また別で買った方がいいと思います!!」
鮮度が命だとすれば、お土産用で買っていくのも良くないのではないかと思うが・・・・・・そっか、単純に七夏実が白姫さんから貰ったケーキを食べたいのか。
「だけど俺は一個で充分だよ。もう一個追加で食べるとなると・・・・・・いろいろときつい所がある」
「私が二つ共食べるから大丈夫です。スイーツの力です!」
「わんぱくだな」
俺がツッコミを入れると、エヘヘ〜〜と呑気そうに笑う七夏実。
二個も食べると太るぞと言わなくて正解だったな。
年頃の妹にそんなことを言ったら縁を切られかねない。
「それじゃあ色々と話があって逸れたけど、ケーキを食べましょう。鮮度が命ですので!!」
写真の話があって逸れはしたが、ケーキは食べるものだ。
七夏実がフォークを手に取り、目の前にあるショートケーキに差し込む。
ケーキのスポンジ部分とショートケーキには必須の苺、その上にかかっている生クリームを上手い具合に一口サイズにとり、口に運んだ。
「うん〜〜美味しいです〜〜!!」
頬が溶けそうなくらい幸せそうな表情をする七夏実。
「俺も食べてみよう」
ケーキは久しぶりに食べるな。
目の前にあるチョコレートケーキ、スポンジは黒色で、その上に乗っているクリームやソースは黒茶色。
おそらくこの二つにもチョコが使われているのだろう。
ソースとクリームは輝き光沢を出している。
チョコで出来た真珠のようだ。
チョコレートケーキというだけあって、果物など別の食材は使われていない。
チョコの味だけで勝負をしにきているのか。
これは楽しみだ。
フォークで一口サイズにしてすくい口に運ぶ。
「うん。うん。うん。これは・・・・・・めちゃくちゃ美味いな」
「ですです!!」
噛んだ瞬間口一杯にチョコの風味と香りが広がり、チョコの甘い味で充満した。
だがくどくなくてそれどころかスッキリとしていた。
存在感が強い、チョコ独特の口に入れたあとの少し痺れるような辛さはなく、むしろとろけるような優しく控えめの甘さがあった。
甘さの中にコクと少しの苦味がある。
芳醇なカカオの個性が良いアクセントになり、チョコの甘さと上手く調和出来ているな。
「これは凄い・・・・・・完璧なチョコレートケーキだ」
出来立てということもあり温かさが伝わってくるのも質を上げている。
「うんうん! 本当に絶品の味。けど本当に凄いのは・・・・・・フワフワのスポンジ! 柔らかくて口溶けがいい。何個でも食べたくなる、中毒性がある美味しさをしています」
ほっぺたが緩んで落ちそうになっている七夏実。
「確かにスポンジも絶品だ」
ここまで美味しくて完璧なケーキは初めて食べた。
流石は人気店だな。
その後もケーキを食べ進める。
あまりの美味しさからあっという間に俺は食べ終わった。
七夏実は、合わせて三つあるため、黙々と食べながらも、食べ終えるのには時間がかかっていた。
「食べ終わった。もっと食べたい〜〜」
「本当にわんぱくだな!? ケーキを三つも食べたのに」
「でも食べたいと思えてしまいます。ここのケーキはそれくらい美味しいです〜〜」
お腹はいっぱいになっても何個も食べたいと思えるようなケーキ。
ケーキとして食べ物としては最高の褒め言葉だな。
今度ケーキを家で作ってみるのもありか。
目の前にいる嬉しそうな七夏実を見ているとそう思った。
「あとはお土産!!」
「そうだな」
席から立ち上がり、白姫さんが待つ会計へと向かう。