伝統行事
噂を流した犯人との遺恨もなくなり、清々しい気持ちになれた次の日。
いつものように学校に行くと、朝の時間がやってくる。
だけど、今日はいつもと違うみたいだ。
先生がなにかを持って部屋に入ってくる。
「今日は皆に天上磨学園の伝統行事を紹介する」
教壇の上に乗せる。
薄いオレンジの色をした小さい植木鉢がある。
「なんですかそれ?」
クラスメイトの一人が質問する。
「これか? 正しくこれが伝統行事だ」
何を言っているのか理解できず静まる教室。
「植木鉢で花を育てる。お前たちに行ってもらうことだ」
内容は理解できたが、行う意味がわからず教室は更に静まり返る。
「育てることについてだが、ペアで行ってもらう。この行事はそこに意味がある。誰かと協力すること、人と共になにかを育む経験を得るためにこの行事はあるんだ」
一人ではなく、誰かとなにかを行う。
そこに重きを置いているのはわかったが、だからといって行事で花を育てるというのは、なかなかに納得はできない。
「どれくらいの期間育てるんですか?」
クラスメイトが聞く。
「もちろん一から全てだ。種を植え、苗木を育て、花咲かす。全てを行ってもらうぞ。そのために植木鉢を持ってきているんだ」
教室が騒がしくなる。
花を一から育てるのは、簡単ではない。
時間も手間もかかる、あっさり枯れることもあるから、気を張らないといけない。
花だって生き物、ペットや子どものように、育てるのは大変だ。
ベランダで幾つかの植物を育てているからこそわかる。
「これ以上質問はないな? なら、ペアを決めるためのくじ引きをこれから行う」
えーという声、だりぃーという声がこだまする。
育てる物の中で一番楽ではあるが、毎日水を与えるのは面倒くさい。
習慣にして、毎日行うことに慣れたなら楽だが、そうなるまでは地味で退屈かもしれない。
だけど、そんな作業に楽しさがあるから、花は育てられる。
芽が出てきたときの喜び、どんどん成長していく高揚感、花が咲いたときの達成感、素晴らしく気分のいいことだ。
花を愛でれる男はかっこいいしな。
あとは人と違って花は裏切らない。
その場に止まり、離れることもなければ、突き放すこともない。
俺はサッカーをやめてからひたすらに花を育てている・・・・・・。
「ねぇー本咲。ペアになれたらいいね」
目の前に座る白姫さんが後ろを振り向き声をかけてくる。
「そんなに俺と一緒に花を育てたいんだ白姫さん。ある種のプロポーズかな、照れちゃうよ」
「ふ〜ん昨日の仕返しかな〜。けど私と花を育てることを嫌がらないんだね」
挑発するように片目を上げ、意地悪い目で見てくる。
「キミはすぐそうやって」
「どしたの?」
「白姫波音羽という女の子の魅力をたっぷり感じてるよ」
「褒めてくれてるんだよね、嬉しい」
本気で思っているのかわからない、いやそこは重要ではないか。
「早く引きにこい」
先生の一言で立ち上がり嫌々ながらもくじを引きに行くクラスメイトたち。
「波音羽行こ〜」
「おけおけ! 行こ!」
白姫さんの友だちが呼びにくる。
そこには駒下さんもいて、俺の方に手を振ってきた。
軽くだが俺も返した。
白姫さんが先に行くのを見送り、周りを見渡す。
まだくじを引いていない人を確認すると、一人席に座る女の子がいた。
「笹野内さん」
俺の席から反対の廊下側の後ろが彼女の席だ。
教壇の周りに集まるクラスメイトを緑色の瞳でじーっと眺めている。
紅の髪を背中の後ろで結び、肩から垂らしている。
横から見る姿は絵になる美しさを醸し出している。
いつも横にいる天上くんはいないんだ。
教室内を探して見ると、前の方でクラスメイトの女の子に囲まれていた。
天上くんとペアになりたい〜と懇願されている。
言ってなれるものでもないだろ。
くじ引きだから運だぞ。
天上くんなら気にせず女の子から離れて笹野内さんの近くに向かいそうなものだが、そんなこともないのか。
それとも喧嘩でもしているのだろうか。
真相はわからない。
考えなくとも笹野内さんに聞くことが早いとは思うけど、二人の仲を詮索するのもおかしな話か。
「・・・・・・聞いてみよう」
生徒会に二人で入ったんだ、ここで聞かないでどうする。
立ち上がり笹野内さんの元へと向かう。
「のんびりティータイム?」
「あら、紅茶を淹れてくれるのでしょうか?」
「腕前は保証できないけどいいなら」
「本咲くんが私のために淹れてくれたなら、どんな飲み物でも美味しいですよ」
ニコッと微笑みを向けてくる。
「それは嬉しい言葉だ・・・・・・笹野内さん天上くんとなにかあったの?」
「話を変えるのが早いですね、本題はそちらでしたか」
ふふふと笑う笹野内さん。
笑いながらも視線は変えない天上くんではなく、くじを引く生徒たちを見ている。
「特別関係が変わるなにかがあったわけではありませんよ。ただ、きっと彼にも変化が起きたのは確かです。私や本咲くんに生徒会という変化が起きたように、彼にも大きな出来事があった」
「知ってるの?」
「いえ。ですが推測はできます。最近あった大きなことは自ずと限られてきますから」
視線を俺の方に向けてくる。
「まさか・・・・・・俺?」
「はい。あなたが私と生徒会に入ったことを快く思っていないんですよ」