恐れないこと
「———あんた達、とりあえず頭を上げて」
「えっ、その・・・・・・」
謝罪中の噂を流した二人の女の子が戸惑っている。
噂を流された優華も白姫さんがこれから何をするのか予想できなくて、様子を伺っている。
「・・・・・・本当に申し訳ないって思ってる?」
二人に近づいた白姫さんが、顔を覗くように下から見る。
「はい! お、思ってます! ねぇ? そ、そうだよね?」
一人が隣にいる女の子に同意を求める。
意見の同意をすぐに求めるのは、一人だと逃げ出したくなるくらい、白姫さんの鬼気迫る表情が怖いのだろう。
「うん! わ、私も思っています!!」
前のめりに強く言葉を返す。
「そっか。なら、許す!」
頬を緩め一歩下がる白姫さん。
「えっ? そ、そんな簡単にいいんですか?」
あまりの許しの早さに唖然とする噂を流した二人。
対応は優華と白姫さんに任せてはいるが、こんなにも早く許すとは俺も思わなかったから、少し面を食らっている。
だけど、白姫さんらしいといえばらしいのかもしれない。
「謝ってくれたしね。もちろん怒ってはいたよ。でも、もうおしまい。二度と噂は流さないでね」
明るく呟く白姫さん。
「え、えーっと、はい」
「あ、だけどまってまって。黒妃さんにもちゃんと許してもらってね。そうじゃなきゃ私もこの件は終わったと思わないから」
優華の方を振り向く。
「黒妃さん、申し訳ないです」
「わ、私もいいよ。もう、噂は無くなったし。どこかの誰かさんが無くしてくれたみたいだし・・・・・・」
こっちを向くな、こっちを。
四人から一気に視線を受ける。
「そだね。どっかの男の子がかっこよく、ヒーローみたいに助けてくれたもんね〜」
ニマニマと笑いながら見てくる白姫さん。
「二人ともからかうのはやめろよ。いや、確かに俺が見事に助けたけどさ、それはそれ。ヒーローってのは多くを語らないもんだぜ」
「めっちゃ語ってるじゃん」
白姫さんに今度は冷めた目で見られる。
「ともかく、白姫さんと優華が二人のこと許すならこの話は終わりです。騒動は収まったんですから」
「わかりました。あの、ほんとにいろいろとごめんなさい」
改めて謝る二人。
「二度とこんなことしないって約束できる?」
白姫さんが確認をする。
「はい。絶対にもうしません!!」
食い気味に宣言する。
「なら、一件落着。だ、け、ど・・・・・・そもそもなんで悪質な噂を広めたのか聞いてもいい?」
「あ、その。言いづらいんですけど・・・・・・嫉妬です」
動機は嫉妬か。
人を苦しめる、消すことはできない、どうしようもない感情。
無意識のうちに他者を強く認識して、自身の価値と比べ、相手が上だろうが下だろうが、抱いてしまう膨れ上がってくるオモイ。
他者に認められたい、好きになられたい、必要とされたい、なのに自分が望む先には別の誰かがいる。
悔しさ、悲しさ、辛さ、いろんなものが襲ってくる。
どんな人だって一度は経験したことがあるもの。
だけど、マイナスだけではない。
嫉妬はプラスの力にできれば良い糧になる。
そうするのがとてつもなく難しいのだがな。
どんなに強くなろうと、地位が上がろうと、多くの人に評価されようと、上には上がいて、尽きることはない。
生きている者だけではなく、この世にはもういない死者すら嫉妬の対象だからだ。
相手は無限大、生きている限りずっとついてくる。
プラスにした方がいいことはわかっていても、人間はそう上手くできていない。
だから、如何にしてプラスにするのか。
これは捉え方、意識の問題であり、意思や覚悟、勇気、そういった力が必要になる。
噂を流した二人も、邪な介入があっとはいえ、意識さえ違かったら流すこともできた。
これからは・・・・・・。
「嫉妬に飲み込まれないよう気をつけてください。それは、押さえ込もうとしても例外なく迫ってきますから」
「ですね・・・・・・」
苦しそうに呟く。
「それでも今のあなた方なら乗り越えられますよ」
「どうして言い切れるんですか?」
「一度大きな失敗をした。でも、前を向いているからです」
目を開いて二人が見てくる。
「結局、大きな経験をしなければ人間なかなか成長できないんですよ。小さな積み重ねってのは出来ていても認知するのが大変なんで。ドカンと、それこそ立ち直れないくらいの衝撃があれば、より強く、乗り越えていけます。まぁ、だから、大事なのは・・・・・・」
今回の件で俺が学んだことだ。
「恐れないこと。傷ついたってまた立ち上がればいいのだから」
白姫さんの方を一瞬見ると、驚きながらも頬を染めて嬉しそうにしていた。
「あ、あ、ありがとうございます! なんだか、これから前を向いていけそうです!」
噂を流した二人は輝く目をしている。
「今一度すいませんでした。これからは安易に人が傷つくことはしません!」
「決意表明だな」
最後に一度頭を下げて後ろを向く二人。
迷いはなくなった、二人はこれから前を向いていけるだろう。
人のことを少し学べた。
生徒会に入って、こんなふうにいろんな人と関わっていけば、俺は、俺のことを知っていけるのかもな。
俺自身も彼女たちから勇気を貰った。
「本咲強助くん」
歩みを始めた二人が振り返ってくる。
「ありがとうございます。その、本咲くんは、結構、か、かっこいいと思いますよ!」
うん?
ど、どういうことだ!?
顔を赤らめ走って逃げていく。
「え、ちょ、ちょっと・・・・・・」
校舎の角を曲がりもう見えなくなっていた。
「かっこいいこと言うじゃん〜。あの子たち本咲に惚れちゃったかもよ〜ほれほれ〜」
「うるさいな」
「かっこいい自覚持ってるんじゃないの? すごい照れてるけど?」
「自覚あっても他者から反応をもらうのは、恥ずかしくもなるだろ」
「ふ〜ん、本咲の新しい可愛い所み〜っけ」
「なっ・・・・・・ほんとにやめてくれ!」
かっこよく決めきれない、けれど心は前へ上へと向いている。